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男か女

 隣で眠るいつもの青白い顔に、少しだけ朱が差しているのに気づく。

 その頬にかかる黒髪を払えば、そこには青年姿のゼイン。

 きっとこの数週間、いや、私と出会ってからのほとんどの期間、この男はまともに眠るということをしていなかったのだろう。

 眉間の皺が消え、無防備に熟睡する姿は新鮮で可愛かった。

 

 様々な策を巡らせ、多くの人を動かし、そして自分よりも大先輩の魔法使いをこき使った手管には、素直に賛辞を送るべきなのだろう。

 そして言葉を語らずともいつの間にか人を絡め取る力は、魔人特有の能力……

「……とか言ってる場合じゃない」

 

 自分の呟きで意識がカッと覚醒する。

 いや、いやいやいやいやいや、何がどうなってこうなった?

 目の前でスヤスヤ眠る若い男を刮目して眺める。

 そろそろ目玉が乾きそうだが、まばたきを忘れて凝視する。

「…………やってしまった」

 多分、おそらく、ほぼ確実に。

 体に巻きついていた腕を引き剥がし、ガバッと起き上がる。

 そして両手を見つめてワナワナ震える。

「で……でし……弟子に手を………」

 かける……よりもマズいことをやらかした気がする。


 もう一度横目を滑らせ、右下のゼインをチラッと見る。

 はだけたシャツから覗く、意外なことにそこそこいい筋肉をしている胸元をチラッと見る。

 カッチリキッチリのスーツの下にあんなものを……とか考えている場合ではない。

 こういう時は囚われ人の……なわけあるか!まずは隠蔽工作だ!

 やらかしてしまった事実は跡形も無く抹消する。それこそが魔女というものだ。

 

 ゼインの額に手を当て、そこそこ難しい呪文を唱える。

「……深淵に沈みし()の記憶よ、我が手に来たれ。黄金に輝く逢魔時(おうまがとき)より……」

「やめろ」

 ハシッと手首を掴まれ肩がピャッと跳ねる。

 髪を掻き上げながら、ゆらぁとゼインが起き上がる。

 そしてあまりお目にかかれない、ぼんやりとした金色の瞳と目が合う。

「……ディアナ?……体は大丈夫なのか」


 この台詞で、私は地獄への扉が全開になりつつあることを確信した。



 老化現象なのかどうか、直近の出来事からどんどん消えて行く記憶を必死に巻き戻す。

 そもそも事の発端は、急に重なった唇だった。

 訳が分からず眉根を寄せていると、ゼインがめちゃくちゃ怖い顔で怒り出したのだ。

『……私の師を(おとし)める発言は何人たりとも許さん』

 とか何とか言って、超激怒していた。

『吐くなら吐くがいい。その呪い、全て無効化してやる』とかも言っていた。

 本気で意味が分からない上に顔が怖すぎて、どこの大魔人だという話だった。

 だけど言いたい事がどんどん溢れて来て、私はこの数千年歩んで来た魔女としての人生を涙ながらに語った。


 魔女であるためにやって来た努力、でもどれだけ努力しても人由来の魔女にはなれなくて、魔法はどんどん強くなっていったけど、そこにはやっぱり卑怯な生まれに対する後ろめたさがあって、弟子を育てることでその後ろめたさを隠して来たのだ……とかいうことを完璧な語彙力を駆使して言ったと思う。

 師匠が(ことわり)から外れた力を使ったら、誰もその背を追いかけて来なくなる。

 魔法以外の強い力を見せれば、何のために努力するのか迷わせる。

 だから申し訳ない、今までの弟子に申し訳ない、もう魔女をやめる……とか何とか言った。

 ここまでの記憶は間違いない。

 

「本当に大丈夫なんだな?」


 ハッと再び金色の瞳に視線を戻す。

「だ……大丈夫!何も問題なしっっ!!」

 言いながら指先を鳴らしてゼインのシャツのボタンを留め、目に毒な筋肉を隠す。

「ならいい。今回はかなり加減したから痛みは残らないと思うが、違和感があれば……」

 痛み……に違和感……

「ゼイン!!ちょーっとだけ、ほんとにちょっとだけ!記憶、消しとこう、ね?」

 ソロソロとゼインに腕を伸ばせば、眉が顰められる。

「意味が分からないが、そうなった場合そこにある〝時計〟が記録した中身を確認する事になる」


 私はすでに開ききった地獄への扉から、悪魔を呼び出していた。

 



 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

 手に持った包丁でクルクルと果物の皮を剥きながら溜息をつく。

 どーすんのよ、マジでどーすんのよ?

 そりゃ長い人生1回や2回のヤラカシはまぁ……いやいやいや、相手がゼインってヤバくない?部下に手ぇ出したらばいしょーとか請求されるんじゃなかった?

 金で解決……いや、禁断魔法の術式で手を打ってもらう……ていうか何でああなった……?

 

 次の果物を手に取って、再びクルクルと皮を剥く。

 なーんか良いこと言われたのよ。

 大魔女の凍り付いた心を溶かすような良いことを。

 たしか……


『ディアナ、誰が何と言おうとお前は紛う事なき大魔女だ。例えどんなルーツを持っていても、何も変わらないと言ったのはお前だろう』

 あー、言った言った。それは言った。

『お前がルーツを理由に自らを縛るのなら、私やギリアムはどうなるのだ。お前こそが私たちの力を明らかにしておいて、最後は本物の魔法使いじゃないと突き放すのか?』

 ……そう、この台詞は心臓にグサッて刺さった。

『世界中の魔法使いが大魔女ディアナ・アーデンを待っている。お前は全ての魔法使いの希望そのものだ。そして私はその弟子である事を誇りに思っている。私は永遠にお前の弟子でいい』

 泣かすわ……とか思ったわけよ。

 どんだけ崇拝してんのよ…とか思ったわけよ。

『だが大魔女をやるのもそれなりにストレスが溜まるのだろう?そういう時にはいい発散方法がある』



「………これだーーー!!」

 カッと目を見開き、ようやく合致した記憶のピースを脳内で固める。

 思い出してみれば全部ゼインのせいだった。

 固めた記憶ごと水に流そうと頭の中に滝を思い描いた瞬間のこと。


「……もう何もツッコまないわ。アンタの脅威的な怪我の回復スピードも見て見ないふりするし、一般常識が完全に欠如してるのに包丁が使える事にも目をつぶるわ。ただねぇ………集中しなさいっっ!!」

 どこかで聞いた事のある怒声に意識を取り戻せば、目の前には大量の梨が積まれている。

 ご丁寧に皮を剥かれた丸ごとの梨が大量に……?


「まあまあホリちゃん、おかげで助かったじゃない。まさか本物の梨を手に取れる日が来るなんてねぇ……」

「そうだよ。私らみたいな年寄り以外に包丁使える子なんて貴重だよ」

「待って、待ってマダムたち。そもそもこんな事になったのがこの子のせいでしょうが!」

 ホリーダが大量に積まれた梨入りの箱と私を交互に指差して吠えている。

「ったく……。どこの世間知らずかと思ってたら、まさか社長の女だったとはね!」

「ブッッッ!!」



 そう言えばいつの間に修行に来たのか、私は今給食着を来て見知らぬ台を囲んで座っている。

 左手には包丁、右手には梨。

「…アンタの執事……みたいなサーマン氏から届いたのよ。御礼の品だって」

 ホリーダが溜息つきながら言う。

「センター長が大喜びしてね、今日の配送分に乗せろって無茶言い出したわけ。なのに自動皮剥き機壊れてて!慌てて給食センター中から人集めたのよ。『果物の皮剥ける人集合』って」

「へぇ〜……」

 トラヴィスは果物屋もしていたのか。

「……たった4人」

「へ?」

「たったの4人しかいなかったの!包丁持った事ある人間が4人しかいなかったの!!」

「へぇ〜……えっっっ!?」

「この国終わってるわ。アタシ来る場所間違えた」

 ………ん?


 トホホな顔で器用に皮を剥くホリーダを、私より遥かに若いが何となくオバチャンと呼ばれる姿をしている女たちが柔らかな表情で見ている。

「ホリちゃんが来てもう何年?最初は一言も話せなかったのに、今や私らより難しい言葉喋っちゃって」

「なーに言ってんのよ。マダムたちが手取り足取りしてくれたおかげでしょう?ま、ちょっと変わり者扱いされてるけど感謝してるわ」

 んー……ん?

「もうすぐ永住権取れるんだってね。早く認められて良かったじゃないの。この国は移民に厳しいからねぇ……」

「そーなのよ。ようやく本業に専念できるわ」

 ────!


 空気みたいなものが流れているのだろうが、とりあえず無視してホリーダに尋ねる。

「えーと、あの、ホリーダって……移民……?」

 聞いた瞬間にホリーダが冷ややかな視線を浴びせて来る。

「そうねぇ?名札にも書いてある通り、アタシの名前は『ホリ・タイガ』って言うのよねぇ?……どう考えても外国人でしょうが!!」

「!?」

 ホリ……タイガ……?

「まさか……まさかホリーダ、名前タイガ…だったりする……?男の子……だったり……そ、そんなはずないと思うけど、ねぇ?」

 震える声で尋ねれば、オバチャンたちから爆笑が起きた。

「あっはっはっはっは!!こーんないい男捕まえて何言ってんのよ!!」

「あはははは!アーデンちゃん箱入りどころじゃないわねぇ!男の子と喋ったことないの!?」

「「あっはっはっはっは!!」」

「────!!」


 信じられないという顔でホリーダを見れば、ものすごく冷たい風を吹かせながらこう言った。

「……なんかムカつくから、残り500個アンタ一人でやって」

「!!」


 ディアナ・アーデン、御歳(おんとし)きゅうせ……なわけなくて永遠の美少女。

 もしかしたら魔女としてどうのこうの言っている場合ではないのかもしれない。

 

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