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謝罪

 壁にもたれかかり、ひたすら銀色の魔女の後頭部を見ていた。

 意外と寝相のいい双子を観察する、ディアナの後ろ姿を見ていた。

 その立ち姿が少しだけ哀しげに見えるのは、自分がディアナに負わせた業に心当たりがあるからだろう。


 昨日の夜もそうだった。

 竜の討伐が済んだあと、皆とりあえずグラーニン夫妻の用意した食事を胃袋に詰め込み、泥のように眠った。

 それぞれが色々な想いを抱え竜を送ったと思う。厳かな葬送の儀式だったと思う。

 だが精神への影響は侮れない。

 誰かが悪夢を見るかもしれないと、私は一人城を回っていたのだ。


 ディアナはぼんやりと中庭に立っていた。

 月を見上げていた。

 体からは星屑が波打っているかのような存在感のある魔力を放出しているのに、なぜか今にも消えてしまいそうだった。

 声をかけようかと思ったところで、僅かな振動を感じた。

 双子の魔力だと頭によぎった一瞬で、ディアナはそのまま転移してしまった。



「……そろそろ大丈夫。出ましょ」

 振り返ってそう告げる声に頷き返し、私はディアナの後に続く。

 廊下を並んで歩きながら、私はディアナ流の子育てのノウハウを聞いていた。

「さっきのが魔力の流し方。赤ん坊相手なら抱っこしてからやるんだけど、さすがに双子相手にそれもどうかと思うしね」

「当たり前だ」

「ショーンの時はどうやってたの?」

「感覚的に似たようなことをやっていた。もう少し力技で抑え込んでいたが。歌は歌っていない」

「あはは!あんたそもそも歌い方とか知ってんの?ほれ、ラ〜ラ〜ラ〜」

「一生歌わずに死ぬつもりだ」

「え、じゃあ絶対歌わせる。永遠に使える弱味握ろっと」


 何でも、溢れ出ようとする魔力を体内に留まらせるため、子守唄に(しゅ)を込めながら赤子の体を撫でるらしい。

 撫でる…というか、心臓付近に偏って行き場を無くした魔力を全身に巡らせる……だ。

 別に今さら赤子の魔力暴走についての知識は必要としていない。

 だがこうして双子の魔力の観察をディアナに願い出たのは、成人した肉体から新しく生み出される魔力の姿が、ギリアムの今後の助けになるかと思ったからだ。

 あと、少しだけ二人で話す時間が欲しかった。



「……ディアナ、昼間は悪かった」

 とりあえず謝罪の言葉を口にする。

「昼間?何かあったっけ」

 顔を見るにつけ、本気で何も覚えていない感じが伝わって来る。

「……声を荒げた件に関する謝罪だ」

「荒げた……っけ?いつもと同じじゃなかった?」

「…………ならば、いつもの態度に対する謝罪ということにしろ」

「謝罪が上から目線すぎて逆に新鮮なんだけど」

 そうだろうな。

 自分でもそう思う。

 謝らなければならない事柄は他にあるのだが、どう切り出せばいいのか分からない。


「何か気色悪いわね。あんた……体大丈夫なの?」

 背後で歩みが止まったのを感じ、ディアナの方を振り返る。

「体……は別に…」

 言いながら、ディアナの瞳に浮かぶ、怒りのような悲しみのような、ゆらゆらと揺れる何かに、心臓がチリッとする。

「……お互い様かもしれないけど、あんたのああいう姿は二度と見たくない。……この件に関しては譲れないから」

 そう言い切って隣を通り過ぎたディアナの背を視線だけが追う。

 今までとは違う。

 今までに受けた叱責とは違う。

 何か大きな失望を抱かせたのだと悟る。


「ディア……」

「着いて来ないで」

 追いかけようと一歩踏み出した足がピタリと止まる。

「……修行の時間は終わり。あんたもいい加減ちゃんと寝なさい」

 そう言い残してディアナは転移した。

 後に残された私の心臓は、突然病でも得たのかというほど、激しい痛みに襲われていた。




 廊下に立ち尽くすことしばらく、胸に感じた痛みの正体に思いを巡らせる。

 巡らせながら、だんだんと理不尽さにやるせなくなって来る。

 ……どの口が私の行動を責めるのだ。

 解呪のあても無いまま呪いに突っ込んで行って、全身剥け身になったのはどこのどいつだ。

 あの時私が感じた恐怖など、きっとあの女には分からない。

 自分の命を軽く扱う思考、そしてあいつの中には後ろ髪を引かれる存在が誰もいないのだと思い知らされる絶望、どれもこれも………そう言えば私が一方的に抱いた感情だった。

 そう、一方的に……。


 

 頭に一つの疑念が浮かんだ瞬間、バッと廊下から転移する。

「入るぞ」

 入った後に言えば、ディアナがへの字眉で私を見ていた。

「あんたの情緒どうなってんの!?あの流れで何がどうなって部屋に突撃して来るわけ!?」

 ワーワーうるさい声を無視し、ズンズンとディアナの真正面に向かう。

「な……なによ」

「怖かったのか?」

 ディアナの顔が呆ける。

「……は?」

「怖かったのか、と聞いている」

 何のことか悟ったらしい、無駄に整った顔が歪む。

 そしてそのまま顔を伏せた。


「………悪かった」

 言いながら小刻みに震える体を抱き締める。

「……悪かった。竜に喰われる姿を見せて悪かった。何も言わずに立ち去って悪かった」

 ディアナが拳を握り込む。

「……お前が苦しむような力を使わせて……悪かった」

 そう口にした時、ディアナの体が硬直した。

 私が真っ先に伝えなければならなかったのは、この言葉だった。



「……見てたのね」

「………ああ」

 少し瞳に昏さを宿したディアナとソファに並び座る。

「……どう思った?」

「どう……」

 ……とも思わなかった。

 ディアナなら何か凄い魔法を使うだろうと思っていたし、使わせるのが作戦の内だったのだから。

 だがディアナが使ったのは魔法では無かった。

 そう、サラスワの月夜、スナイデル王の霊を空へと送った時のような……。

 あの時は私に見せたのに、なぜ今回はこんなに落ち込んでいるのか、ようやく答えが自分の中に降りて来た。


 言葉の続きを紡ぐ。

「………プランXを見せずに済んだな、と思った」

 ディアナの眉間に皺が寄る。

「X?見せずにって……誰によ」

 ずっと仮面を被っていた相手……いい父親であろうと、必死に仮面を被っていた相手に……だ。


 ぼんやりと視線を宙にやりながら、自分が想定していた最悪のパターンへと思いを巡らす。

「……竜の討伐に想定よりも苦戦した場合、もしくは魔力勝負が劣勢に置かれた場合、兵器を投入するつもりだった」

「────!!」

 目を見開くディアナの反応に、当然の事だと思いながら続ける。

「この事を知っているのは私とリオネルだけだ。…二人で隠れて準備した。私がこの世界で覇権を取るために開発した……人間を殺すために作った兵器だ」

 口を開けたまま固まってしまったディアナから目を逸らす。

「………ショーンを引き取ってからは一度も使っていない。絶対に見せたくなかった。人間を殺す兵器を作る手で育てられたなど……絶対に知られたくなかった」

 抑止力として持っているだけで、どうにかして使わずに済まそうと、必死に努力して来た。


 ……だから私はディアナを利用した。

 正攻法では勝てないとトラヴィスからも散々言われていた。少人数で何とかなるほど古代竜との戦いは甘くないと。

 だから彼の計算の中にも『ディアナに本気を出させる』が入っていた。

 だけど私の計算の中には、『あわよくばディアナにとどめを刺させる』が入っていたのだ。

 こんなに傷付けるとは思いもせずに。

「……事実から逃げて、お前に甘えたんだ。……誰かが怪我をすれば、お前は目の色を変えるだろうと……」

 誰かでは無く、最初から自分が怪我をするつもりだった。髭を切るために。

 ……そう、作戦通り、淡々とやったのだ。

 

 立ち上がり、ディアナの正面に回る。

 そして頭を下げた。

「申し訳なかった。……本当は分かっていた。ショーンは馬鹿じゃない。私がどうやって人間の世界での地位を築いたのか、きちんと事実を理解していると分かっていた。……お前が魔女であろうと努力して来た人生を……蔑ろにした」

 私の努力とディアナの努力はきっと違う。

 私は使わなかっただけで、いつでも壊して塵にする事が出来る兵器を側に置いて来た。

 常に人間より一歩だけ早く改良して、ずっと側に置いて来た。

 ディアナは……切り離す事が出来ない己の力を遠ざけて来たのだ。

 しつこいほど自分の事を『魔女だ』と自称して、己に言い聞かせて来たのだ。

 


 ディアナが私の頬に手を触れる。

「……私ね、魔女として生きようって決めた時、誓いを一つ立てたの」

「誓い……」

 呟きながら顔を上げれば、少しだけ寂しそうな銀色の瞳と目が合う。

「……魔法陣に起こせない(ことば)は残さない。…それが、人の世界に紛れたせめてものケジメだと思ったから」

 ケジメ……。

「……私の第5の属性……分かっちゃったんでしょ?」

 右頬に触れる手を掴み、私は頷いた。

 生と死を司る力……。

 そう、月が地上の生命にもたらす力……。


「たくさんたくさん研究した。私の中にある(ことば)は、どこまでが人の世界と交じるのか、どこからが理を外れるものなのか、ほんとに長い間研究した」

 ディアナが私を見つめる。

「……私、大魔女になった」

 私は頷く。

「たくさんの命が旅立つのを見送って、時に魂の魔力を預かって、大切に思ってた相手の寿命も決して伸ばさなかったし、どんなに憎たらしい相手でも、絶対に寿命を奪ったりしなかった」

 

 ディアナが視線を落とす。

「……あんたの言う通り、怖かったの。竜が怖かったんじゃなくて、あんたのことが、誓い…より、大事になっちゃって……」

 脳天に上級魔法の【青天霹靂】が直撃したのかと思った。

「……でも、あんたには大魔女の私以外必要ないでしょ?…みんなだってそう。私が魔女だから、力の強い魔女だから望んでくれてたの。弟子になりたいって……」

 


 私は、自らに向けて呪詛を吐く、ディアナの口を塞いだ。

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