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変化

 リオネルの部屋に壁抜け魔法で突撃してみれば、まるでそこはサラスワでの王様の葬式みたいな雰囲気だった。

 だが、無視だ。


 床の上で車座になる魔法使いどもを飛び越え、お目当ての人物の目の前にしゃがみ込む。

「ギリアム!魔法の修行するわよ!基礎から徹底的にやるから着いてらっしゃい!!」

 立ち上がって親指をクイッとするが、ギリアムはポカンとしたまま動こうとしない。

「あー……姉さん、修行はありがたいんすけど、何でこのタイミングで……」

 ギリアムがボケている。

「なんでぇ……?あんた竜の卵探しに行くんでしょ!魔法使わずにどうやって海の中で息すんのよ!」

「なるほ……いや、何て言えばいいっすかね……」

 何も言う必要などない。

 とにかくギリアムは魔力を鍛えて鍛えて鍛え抜かなければならない。


「……ディアナ、とりあえず座れ」

 ゼインが溜息をつきながら言う。

 従いたくなかったが、私は6人の中心にドカッと座り込んだ。

「「…………………。」」

 言われた通りにしたのに、みんなが黙って顔を伏せる。

「……なーによ」

 まさか本当に葬式でもしてたってわけ?

 ぐるりとみんなを見回せば、またまたゼインが口を開く。

「あー……いや、いい。ギリアムに関することなのだろう?ぜひ聞かせて欲しい」

「そうでしょうよ!よーく聞いてちょうだい。とんでもない事実が出て来たの!」


 言いながら私は自室からカリーナが訳してくれた紙束を取り寄せる。

 今誰か手で持って来いって言った?

 私が重たいもの持ち歩くわけないでしょ!


「カリーナが訳したシエラの人生の前半部分なんだけど、彼女、竜だったの」

 紙束をペシペシ叩きながら言えば、みんながポカンとしたあと、一気に騒ぎ出した。

「はあっ!?」「シエラ・ザードが!?」「黒衣の魔女ですよね!?」「シェラザードの始祖の魔女ですね?」「フラメシュの師匠じゃな?」

 膝立ちになって私の周囲にグイグイ近づいてくる。

 そして目の前でギリアムが静かに言った。

「姉さん……どういうことっすか?」


 私は神妙な顔をして紙束をめくる。

「……回顧録には興味深いことが書かれてる。シエラは菓子が食べたかった……と」

「「は?」」

 ニールとギリアムの声が揃う。

「だーかーら、『……幼き頃、私が空から見ていた人間は面白いものを食べていた。果実を干し、羊の乳を搾って変な塊を作ったかと思えば、小麦を練って揚げるという技術を……』って、とにかくシエラはお菓子が食べたかったから、人型になった。実に魔女らしい!魔女の素質十分な子どもだったのよ!素晴らしい……!」

 感激に打ち震えながらそう述べれば、右肩口あたりから冷ややかな台詞が聞こえる。

「……始祖の魔女は全員アホなのか……?」

 そこに誰と誰と誰を入れた。



「ディアナさん、竜は種族を自由に変化させることができたんですか?」

 左肩口からショーンが顔を覗かせる。

 何やらとても真剣な顔をしている。

「……ははあ、さすが勉強熱心なショーンね。まあ、そこが分かんなきゃこの話は進まないわね。全員座りなさい」

 促せば皆がギリアムを中心に半円形になる。

 そしてまたもや皆が真剣な顔をしている。

 ……魔法学校の試験前の授業のようだ。


「遠い遠い大昔、世界には力を持つ種族がたくさんいた。それぞれがのびのび仲良く暮らしてた……と思うでしょ?」

 ショーンがこくりと頷く。

「たいてい殺し合いしてたわけ」

「!!」

「まだ形の出来上がっていない世界を手に入れるために、他種族を根絶やしにしながら覇権争いしてたわけね」

 大昔あるあるである。


「とにかく、そうやって何万年もの間、竜とか精霊とかあとなんだっけ、あー……神とかいう者たちがドンパチやってる中で、いつの間にか世界の覇権を手に入れたのは、信じがたい生き物たちだった」

 大地が生んだ弱き者……とか何とか呼ばれて、眼中にすら入ってなかった生き物……。

「……人間なんすね」

「正解」

 寒かろうが暑かろうが山だろうが海辺だろうが、どこまでもどこまでも広がっていった人間の暮らす世界……。


「ま、そんなこんなでみんな人間に興味深々になってね、それぞれの種族が人型を真似て、人間の繁栄の秘訣を知ろうとしたわけよ。なんだけどさ、思いのほか人間暮らしが楽しくて、元に戻る方法を忘れる者が出て来んのよ。いつの時代もおバカさんがいるわよね」

 肩を竦めながら言えば、全員が私を横目で見る。

 しら〜っとした目で見ている。

「あー!あんたたち、今の話私の経験談だと思ってるでしょ!違うからね!私の上の上〜の世代の話だし!!」

 ゼインが真顔で言い放つ。

「それは別にどうでもいい。彼らが先日トラヴィスが語った〝竜人〟のような存在の始まりだろうと想像はつく」

 ゼインがギリアムを見つめる。

「……人型になったシエラ・ザードは、どうやって魔女になったのだ」

 ……なるほど。この雰囲気の原因が分かった。


「ちょっとこれ見てちょうだい」

 パンッと床にカリーナの翻訳文を置く。

 それをこういう時の一番乗りのショーンが読む。

「ええと……『菓子を食べると魔力が体に溜まっていった。なのにその魔力を放出することは出来なかった。あまり良くないことだ分かっていながらも、手を止めることは出来なかった』……ですって」

 ショーンが読み上げた文章を、皆が頭の中で噛み砕いているような雰囲気がする。

「……かいつまんだ話、シエラ・ザードは魔法が使えなかった…という事でしょうか」

 トラヴィスがやはり真剣な顔で指を口元にあてる。

 ゼインが何かを考えたあと、ゆっくりと首を横に振る。

「……彼女はロマン・フラメシュという稀代の魔法使いを弟子に持っていた。魔法が使えない師匠に師事しながら到達できるようなレベルではない」

 ゼインの言葉にリオネルが頷く。


「そういうこと。ここから先は推測だけど、シエラは人型になったことで、〝声〟を手に入れたんだと思うの。あー…違う、竜も仲間同士では声を……」

 なんと言えばいいのか、そう、お互いの考えをやり取りできる、ええと……

「──ディアナちゃん!!」

 突然ニールが抱き付いてくる。

「は、はっ!?」

 わけがわからず両手をあげていると、目の前が暗くなる。

「ディアナ!」「ディアナ様!!」「ディアナさん大好き!!」「ワシの方が好きじゃ!!」

 皆が叫びながらどんどん私に引っ付いてくる。

「ちょ、ちょっと何なのよ!私、筋力が……!」


 重たい男どもの隙間から目をこらせば、ギリアムの顔が見たことないほど真剣なものになっている。

「……姉さん、シエラ・ザードは……人の言葉を手に入れたんすね。人の言葉が話せれば、魔法が……」

 男どもを宙に浮かべ、ギリアムの隣へと移動する。

「……詠唱魔法はね、人が手に入れた力なの。言葉が持つ力……言霊に魔力を乗せて操ったのが始まり」

 ふよふよ浮いていた魔法使いどもが、床に下りてくる。

「ディアナ、ギリアムは修行をすればこのままの状態でも詠唱が可能になるのか?」

 言いながらゼインがギリアムの側にしゃがむ。

「……それはダメ」

「え…?」

 ギリアムが呟く。

「………あのね、シエラは私より若かったの。ギリギリ……うん、まあ、ギリギリ」

 さっきはどうでもいいと言ったくせに、男どもが引きつった顔で騒ぎ出す。

「竜であるはずの彼女が、私より早く死んだ。……つまりね、最後まで大地から得られる魔力を魔法に変換することは出来なかったんだと思うの。いくら人間の真似をしても、肉体の構成要素までは変えられない。彼女は、初代だった」

「………生命力で魔法を使っていたのですね」

 トラヴィスの言葉に頷く。

 

 そっとギリアムの両手を取る。

「……ギリアム、私はあんたをみすみす早死にさせるつもりは無い。……前に言ったじゃない?一緒に魔力の真髄を探して欲しいって。まずはあんたの中の魔力の真髄を探すところからやってみない?」

 そう言うと、ギリアムがグッと手を握り返して来た。

「……俺の両親は人間だ。そして竜の血より魔力の方が先に顕現した。シエラ・ザードとは違う。喋るのは苦手だけど、俺には言葉がある。……呪文を唱える声がある」



 普通に話すギリアムがいい男すぎてドギマギしていると、リオネルがポンッと膝を叩いた。

「よし、方向性は決まったの。例の件は社員一同でやるがええ。ワシは守り石の効果付与の作業に入る」

 リオネルの言葉に全員がハッとする。

「反対属性の融合……竜の血の抑制と魔力の増幅でバランス取るんがええと思うが、ギリアム、どうじゃ?」

 リオネルの問いにギリアムが強く頷く。

「俺……シエラ・ザードとは反対の魔法使いになります。竜の力を、自分の魔力で使いこなせる魔法使いに」

 

 むさ苦しい男どもに揉みくちゃにされるギリアムを見ながら思った。

 遥か昔の生き物たちも、きっとこうして自らを変化させていったのだろうと。

 そしてギリアムも新しい変化を起こそうとしている。

 

 人間の祖先が他の種族を押し退けて世界で繁栄した理由、それは人生の短さ、つまり生き物としての新陳代謝の早さだ。

 私のかつての同族はそれを嫌がった。

『今』がずっと続くこと、それがこそが『永遠』なのだと信じ、この世界から消えてしまった。

 

 長い『今』を生き続ける私は、そのどちらにもなれずにここにいる。

 私以外に起きる、変化を見つめながら。

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