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隠し事

「あ、消えたっすよ」

 言えば皆が目配せしながら、改めて今回の事後処理の話し合いに入る。

 ゼインさんが書いた、ほぼ完璧な筋書通りに進む、結末に向けての話し合いに。


「……ったくあの女は頭がいいのか悪いのか、ものすごく悪いのか救いようが無いほど悪いのか……」

「はは、ギリアムが盗聴に気づかないわけないのにねぇ」

「皆さま芝居が上手でいらっしゃいますね」

「トラヴィスは師匠相手だとド下手くそじゃの」


 姉さんには申し訳ないが、リオネルさんの机の上に紙が一枚乗った時から気づいてた。

 微かにカサッと乗った時から気づいてた。

 でもこうなる事を見越して、あえて誰も防音結界を張らずにいた。

 ……姉さん相手に結界が意味ないことも分かってたし。

 ゼインさんの言う『聞かせれば逆に諦める』か『聞かせれば役に立つ知恵を出す』話を繰り広げ、姉さんにはしばらく大人しくしておいてもらったのだ。



「続けるぞ。ショーン、卵は見つかったな?」

「はい!想定通りグリオゲン公国から北に1000キロに位置する岩礁域で確認出来てます!」

「ギリアム、行くか?」

「当然す」


 そう、実は竜の卵は見つかっている。

 というか……討伐前からだいたいの巣穴の位置は割り出してあった。例の円卓会議の前には。

 重ね重ね姉さんには申し訳ないが、ゼインさんは人を〝駒〟として動かすのに最も効果の高い方法を知り尽くしている。

 何を聞かせ、何を隠し、何をやらせるのか。

 描いた絵図を完成させるために、恐ろしく正確な計算をしてみせる。

 こうして皆を集めてはいても、お互いが全ての情報を共有しているわけじゃないだろう。

 特に、俺には聞かされなかった話がたくさんあるはずだ。

 


 今回の件、そんな正確無比なゼインさんが、俺のために滅多にないレベルで頭ボサボサになりながら悩んでくれてた事は分かっていた。

 でも何か悩まれ方に違和感があったというか、上手く表現できないモヤモヤがあったというか、とにかく俺は大丈夫なんだという気持ちが伝えられずにいた。

 

 そんな時に久々に一緒に城で暮らすようになったショーンが言った。

『ギリアムさん、僕ってゼインさんと違って心が冷たいんですかね』と。

 突然の質問に何と答えようか悩んだ。

 確かにショーンは天使のような顔の割に、情緒面が絶妙に残念な大人に育ってしまった。可愛いが。

 冷たいかと言われれば冷たくはない。しかし何というか、ゼインさん以上に物事の見極めが早い所は少ししんぱ……

 とにかく、俺はこう答えた。

『時と場合による』と。


 ショーンの思考回路は面白かった。

 生まれは人間なのに、生粋の魔法使いの元で育った絶妙な情緒が炸裂していた。

『僕、チンパンジーとかゴリラが絶滅しかけてるのに、けっこう他人事なんですよね。そっかぁ……という感想以外に出て来なくて』

『は?』

『生命の多様性には神秘を感じますけど、もはや自分が本当に人間と同種なのか悩ましい昨今、チンパンジーまで遡るとなると……』

『あー……あ?』

『だってゼインさんはギリアムさんと竜の事で髪の毛ボサボサになるまで悩んでるでしょ?だから僕の場合チンパンジーなのかなって』

 この辺りでとりあえず一度ショーンとチンパンジーの顔を脳内で重ねた。

 パーツの配置はまあまあ似ていた。

 

『ショーンはチンパンジーより子猫に似てると思うが、そういう意味じゃないんだろ?』

『子猫……いえ、仰りたい事は何となく分かりますが、猫じゃなくてチンパンジーは人間と共通の祖先を持つじゃないですか。あ、分かった!ゼインさんにとってはチンパンジーも人間も魔法使いもみんな同じなんだ!優しい!!』

 それは絶対に違う、と思いながら俺はハッとした。

 自分の中には確かに竜の血が流れてる。

 でも『お前は竜なのか?』と聞かれれば、それは違う。

 チンパンジーとショーン以上に、何もかもが違う。

 滅びゆく種に哀愁は感じても、それで自分の人生が何か変わるわけじゃない。

 そう違うんだ。俺には竜に縁があった先祖がいただけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 だから俺はゼインさんに言った。ショーンのセリフをほぼ丸パクリして。

『いつも通りやりましょう』って。

 まあ、何かが吹っ切れたゼインさんはマジでいつも通りだった。



「ゼインさぁ、よく分かったよね。竜の巣穴が陸地にあるって。動物嫌いじゃなかった?」

 ニールさんがタブレットを動かしながら言う。

「竜の卵に関する文献を読んだ。どれもこれもに〝硬い殻〟の卵だと書いてあったからな。水中で孵化を待つ卵は硬い殻など持たない」

 ……ほら、ゼインさんらしい。

「仰る通りですね。しかし体の色から竜の生態を推察されたことには驚きました」

 トラヴィスが感心したように言う。

「赤い体を持つ海中生物は、おおよそ水深1000メートルあたりまでを生息域としている。ガーディアンの社員ならば、ここまでの情報でピンと来なければならない」

 いや、実にゼインさんらしい。


「……ワシ、社員じゃないからピンと来んのじゃが」

 リオネルさんのうらめしげな声に、ショーンが応える。

「リオネルさん、海の中……そうですね、水深200メートルから1000メートル辺りには、各国の潜水艦がウヨウヨしてるんですよ」

「せんすいかん…とな」

「ええ。簡単に言えば海中を進む船でございます。ゼイン様は潜水艦が竜の被害に遭わなかったことと、後ろ脚が退化してなかったことから推察されたのです。『あの竜は本来、陸生だったんじゃないか』と」

「ほほう……なるほど。体が重いから海で過ごすようになったっちゅーことか」

「過ごすだけだ。肺呼吸なのだから火を吹く想定もしておくべきだった。つまらぬ苦戦をした」

 ほーら、ものすごくゼインさんらしい。



 とにかく、竜の討伐は全ての下準備が整ってから行われた。ここまで全てがゼインさんの手の平の上だったわけだ。

 なぜ姉さんにこの事を隠すのか……なのだが、早い話、姉さんに拗ねられたら困るからだ。

 一応ゼインさんの師匠である姉さんが、実は一番〝駒〟として働かされたなんて知られる訳にはいかない。

 そう、ゼインさんが書いた筋書きが完結するまでは。

 ……ガーディアンの裏稼業、対人間工作が済むまでは。


「竜の誘導は完璧だった。この星で人間が手を出せない海はあのエリア以外に無い。後の始末は海底火山と保険会社への報告だ」

 ニールさんがニヤッとする。

「新しい〝魔のトライアングル〟の発見だね」

 皆が頷き、これからが本番だな、と思った時だった。

「のうギリアム、おぬし……本当のところ、体調はどうなんじゃ?」

 マイペースなリオネルさんだ。

 そして他のみんなもいっせいに俺を見る。

 ……心配かけてたか。まあそれはそうだ。

 言うべきか、言わずにおくべきか………。

「魔法、使えんようになったんと違うか?」

 ──────!!


 リオネルさんの言葉に、その場の全員が凍りついた。

「リ……リオネル、今の発言、ど……どういう……」

 ゼインさんの震える声に変な汗が出る。

「いやの、ワシ昨日の竜との戦いをずっと観察しとったんじゃ。アヤツ、ワシの魔法陣を破ったじゃろ?アレな、書き換えられたんじゃ。歪な重力を(なら)しおった。じゃが問題はそこじゃない。…あの竜は人語を理解しとった」

「「!!」」

 リオネルさんの言葉にゼインさんとトラヴィスが反応する。

「魔法陣は、様々な属性陣を複数個繋ぎ合わせて効果を生み出すという、とんでもなく高度な魔法技術なんじゃ。その魔法陣を見破れる生き物が、一つの属性しか現さない呪文の術式を破れぬはずがない。まぁ師匠とトラヴィス……あとオマケで変態魔女の魔法がえげつな過ぎて無効化出来んかったという推測も立つがの、おそらく、竜の世界には詠唱魔法そのものが存在せん」

 

 いっそう凍り付いた部屋の中で、俺は一人、やっぱりな…と思った。

 薄々気づいていた。

 シェラザードから帰ったあたりから、その兆候はあったんだ。

 そう、相性が悪い。

 姉さんのピアスの実験のために石を切った時には、端末に溜まった、おそらくは竜の力で風の刃が出せていた。なのに今は小さな火球さえ出せなくなっている。

 竜の血の濃度の高まりとともに、魔法が失われていく。


 伏せていた顔を上げれば、小刻みに揺れるゼインさんの瞳と目が合う。

 俺はあえて笑顔を作る。

「さすがリオネルさんすね。実はそうなんすよ。まぁ元々詠唱魔法は得意じゃなかったし、俺は魔法陣を極める道を……」

 と言いかけたところで、耳に風切り音が届く。

 ……何かが来る。

 この感じ、誰も突っ込むことの出来ない、我こそがこの世のルールだと言わんばかりに建物内を一直線に飛んで来る魔力の塊…………。



「……ギィィィィィリアムーーーーー!!」

 

 当然、姉さんだった。


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