ギリアム再始動
「……はい、これで良し!美魔女復活だね!」
「ありがど。ズビッ」
ニールの前で泣くなどという大恥を晒した私は、何だかんだで物凄く上達していた彼の魔法で足首を綺麗に治してもらった。
「ディアナちゃん、夕方までここにいてくれる?僕も仕事終わったら一緒に城に行くから」
「……おけ」
ニコッと微笑んで仕事に取り掛かったニールの背中をチラッと見て、何で彼らはこんなに一生懸命に働くんだろうと思った。
60階の窓から外を見れば、太陽が全力を出している。夕方までは4〜5時間といったところだろうか。
となると……暇である。
「……ツッコんでもいい?」
もはや隠しもせずガンガン思念を読んで来るニールが顔を上げずに言う。
「遠慮するでない、若人よ」
両腕を組み、少しは遠慮しろという雰囲気をだだ漏れにして応える。
「……あのねぇ、ディアナちゃんもガーディアンの社員なわけ」
「ほうほう」
「このフロア見て何か思うこと無いのかなー……?」
顔を上げてニールがニコッと微笑む。
「フロア……何か汚いわね」
「そうだよ!!」
ガタンッとニールが立ち上がる。
「いつから仕事サボってんの!?夜勤はどうしたのさ!!」
夜勤……?
はて、それは免除されてなかったか?
そういう話があったような……一度も無かったような気がする。
「ディアナちゃん……?君は知ってるのかな?この会社の人事は僕が統括してるって」
「……というと?」
ニールが笑ってない目で微笑む。
「そろそろ職務怠慢で減俸」
「!!」
げんぼう……の意味は分からなかったが、何か恐ろしいことが起きそうな気がしたので、とりあえず私は掃除に取り掛かった。
本気で汚い。
清浄魔法などチョチョイのチョイだろうに、なぜこんなに汚れるのか。
「あ、ギリアムのデスク回り念入りにやってあげて」
……ギリアム。
「え、なんで?」
「明日から復職するから」
「ふくしょく……」
「ダメに決まってんでしょ!?ギリアムまだ動けるような状態じゃないでしょうが!!」
「分かってるよ、そんなこと。ギリアムが希望してるんだから仕方ないでしょ!それにアイツがやるべき仕事なんだよ」
「はあっ!?」
夕方、〝復職〟の意味を知った私は、ギャイギャイ言いながらニールと城へ転移した。
何でみんなこんなに仕事をしたがるのか意味が分からない。修行でもあるまいし!
「とーにーかーく!魔力で体が満たされるまではダ…」
「ディアナ様ーー!!」
「ブッ!!」
転移して早々、真っ白な顔をしたアレクシアが抱きついて来る。
「朝のお勤めを果たせずに申し訳ございませんでしたわ!私としたことが『今日のディアナ様』を見逃すなんて!!ゆるふわ後れ毛の日でしたのに……!」
よかった。通常運転の変態だ。
「あー……こっちこそごめん。ひと声かければ良かったわね」
抱き締め返しながらアレクシアの全身の魔力の状態を確認する。
……こちらは通常通りではなく、闇属性が強くなっている。
「クラーレットさん、こんばんは。いい匂いがしてますね。夕食の準備中かな?」
私の後ろからヒョコッと顔を出したニールに、アレクシアがギリッと奥歯を噛む。
「そなたの分は無い」
「えー?ざんね〜ん。お土産持って来たのに」
土産など何も持っていなかったはずのニールが、小洒落た菓子箱をアレクシアの目の前に突き出す。
「こ……れは……生意気にも予約させておいて受け取りまで一年も待たせるという偉そうな人間が作る飾り菓子……!」
引っ付いていたアレクシアがパッと離れ、ワナワナと菓子箱に手を伸ばす。
「し、仕方がない!青ムシ、そなたの心意気に免じて一席設けてやろう」
言いながら菓子箱を引ったくってアレクシアが消えた。
「………あんた、アレどうしたの?」
「社長宛に腐るほど届く贈答品。腐る前の有効活用」
「………………。」
そういうことを聞きたいんじゃない。
取り寄せ魔法を無詠唱で使わなかったか聞いたんだ。
とりあえずギリアムの復職を阻止すべく、ニールより先に会いに行こうと城の中の魔力を探る。
すると、いた。リオネルの部屋に。
ギリアムだけじゃなくて、ゼイン、ショーン、トラヴィスまでも。
……これはあやしい。実にあやしい。
仕事のフリしてここにいるなど、あやしい以外にない。
「あら!私ったらいつまで給食着のままなのかしらぁ?女の着替えって時間かかるのよね〜。ニール先にギリアムのところ行っといて〜」
「え、着替えなんか指先一つでしょ……ってあれ?ディアナちゃん?」
大急ぎで部屋に戻った私は、いつぞやゼインの真似をした時に使った盗聴魔法の準備にかかった。
ふんっだ。ディアナ様を出し抜こうったってそうはいかないわよーっだ!
お届け魔法の要領で、盗聴用の魔法陣が描かれた紙をリオネルの部屋に忍ばせる。
そしてソファにドカッと座り、ローテーブルの上に片割れの魔法陣を描いた紙を載せた。
『……ギリアム、無理する必要は無いんだぞ?急がずとも数十年は時間がある』
『……そっすね。でもなるべく早く見つけたいんすよ』
『潜水調査船は用意出来ると思うんですけど、ソナーがちゃんと物体だと認識できるのかどうかは未知数ですよね。闇雲に探すには海は広すぎますよ』
ふぅむ?
ギリアムは何かを探したくて、そなぁが未知数で海は広い……。
なんのこっちゃ。
『確かに広くて深いよねー…。あ、ゼイン、潜水艇に魔力感知システム搭載したら?いや、でも別のデッカいヤツ見つけちゃうかも……』
『……魔力感知……海中の魔法生物の分布図を作るのも面白いかもしれん』
『ゼインよ、仕事を増やすでない。それじゃのうても人手不足なんじゃろうが』
『……だな』
海中魔法生物……?
とりあえず、ゼインが誰の前でもマイペースだということは確信した。
『……皆さま、こういう策はいかがでしょう』
『僕さんせー』『あざーっす』『さすがトラヴィスさん!』『それでええ』『……聞くだけ聞け』
『ふふ。まずは卵の形を頭に浮かべ……』
───卵!!
そっか、ギリアム……古代竜の卵を探したいんだ。
昨日彼はどんな気持ちで竜を見送ったのだろう。
竜の言葉が聞こえたりしたんだろうか。
……卵に………還っただろうか。
ソファから立ち上がり、盗聴魔法の陣を消す。
ここから先は小難しい話が始まる気がするから聞いても時間の無駄だ。
指先を鳴らし、着ていた給食着を脱ぐ。
脱いだ服を宙に浮かべ、清浄魔法をかけピカピカにしてからローテーブルの上に置く。
クリーニングに出したあとの給食着のローテーションとかいうものが面倒くさいからこうせざるを得ない。
ギリアムが卵を探したいというのなら、それを尊重しなければならないだろう。
それが竜を殺した責任ってもんだ。
だとすれば今私にしてやれることは、シエラの回顧録を読み解くこと。
机に目をやると、そこには書物が積んである。
タタタと近づき机の上に目を落とせば、そこには一枚の紙が……。
「……カリーナ?」
文末に記された綺麗な署名は、間違いなくカリーナのものだ。
『ディアナ様
お仕事お疲れ様でございます。
直接ご挨拶出来ずに申し訳ございませんが、私とマカールはオスロニアに戻ることとなりました。
ご依頼を受けていた翻訳のうち、取り急ぎシエラ様が魔女になられる前段階までを仕上げさせて頂きました。ご確認下さい。 カリーナ・グラーニン』
シエラが魔女になる前……魔女になる……。
そこまで考えてハッとする。
古の魔女と呼ばれる人物に多く見られる共通点。
永い時を生き、膨大な魔力を持つ代わりに願っても願ってもたった一つのものが手に入らなかったという共通点……。
私はカリーナが残した紙束を、超スピードで捲り始めた。




