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討伐

 古代竜は、美しい生き物だった。

 硬い鱗に覆われた鮮やかな赤い体と長い尾を持ち、退化しているとはいえ鉤爪のついた翼は堂々としている。

 悠か昔はきっと大空を飛んでいたのだろう。

 

 その竜との戦いは、ディアナが大魔女であることを明確に認識することから始まった。

 リオネルの結界に飛び込んで行ったディアナを見た時、あの魔女のことだからそのまま竜に突進するのだろうと思っていた。

 だが空間に入った瞬間目に入ったのは、結界の天井あたりで青白い光を放つ、八つの魔法陣だった。

 火、水、風、土の基本属性に氷、雷、光、闇。

 クラーレットの気持ち悪い人形が竜の鱗を剥いだ瞬間に、それら魔法陣から一気に高速の矢が放たれる。

 そして矢の刺さりが浅かった火、水、氷、闇の魔法陣を即座に消し、数種類の派生属性の陣で同じことを二、三度繰り返したあと、光と雷の魔法陣だけを無数に結界中に張り巡らせた。

 それを悟ったトラヴィスとクラーレットは、手に宿す魔法をすぐさま雷属性へと切り替えた。

 

 すごかった。

 開始わずか20分足らず。

 その20分でディアナは竜の弱点を探り当てたのだ。

 確かに言った。『長期戦を覚悟した戦い』だと。

 だから相当抑えているのだろう。

 中級魔法に近い弓矢の陣を展開し、本人はユラユラと宙に浮きながら指先を振っているだけ。

 だが腹が立つ気さえ起こらないほど、その中級魔法陣から放たれる矢が……恐ろしすぎる。


 トラヴィスが使う魔法も非常に珍しい。

 雷属性を帯びた柔らかい紐が竜に絡み付いたかと思えば、そこに引っ掛かった鱗をこそぎ落とす。

 クラーレットは大量の人形に雷属性を与え、一枚一枚綺麗に鱗を剥がすという、あの魔女らしい嫌な感じの魔法を使う。

 そしてトラヴィスとクラーレットの人形が作る鱗の裂け目めがけて、ディアナの矢が一寸のずれもなく閃光のように突き刺さり、そして爆ぜるのだ。

 

 滅多にお目にかかれないこの光景をずっと見ていたいのだが、状況はそれを許さない。

 重力魔法陣で体の動きを止められた竜が、なぜかその影響を受けない髭を震わせて、横たえた顔の牙の隙間から炎を吐くからだ。

 海竜なのに炎……。

 つまりは海中でも威力が衰えない灼熱の炎。

 その炎を避けつつかわしつつ時に蒸発させながら間合いを詰めようとするが、なかなか相手も易々とはそれを許してはくれない。

 竜の本能が、魔力の源である髭に近づく者を許さないのだ。

 トラヴィスたちとの打合せでも、髭の早期切断こそが竜討伐の肝だという意見で一致した。

 ただし容易ではないと。

 

 そもそも竜には魔法使いの魔力が通用しない。

 …いや竜の()()には、だ。

 我々がローブや防御魔法で体を覆うように、竜は魔力で固めた鱗で体を覆う。だからダメージを与えるには鱗を剥がねばならない。

 それを確認するために使ったのがディアナがゴミ山に放っていた竜の骨だ。

 リオネルが骨を煮出して取り出した竜の魔力の塊を相手に実験した。

 ……結論として、私の魔法は竜の外表を貫通する。

 だから竜の髭を切る仕事は、私こそが適材なのだ。

 

 その機会を作るために、空中を移動しながら高速で雷撃を放つ。

 移動しながらディアナから無数の補助魔法が私目掛けて飛んで来るのを感じる。

 幻視、幻惑、混乱、沈黙といった状態異常を防ぐ魔法、そして身体強化や物理防御系の魔法。

 素晴らしい魔力操作に感嘆しながら両手に光の刃を出し、竜の額目掛けて腕を振り下ろす。

 十文字に抉れた竜の額がたちどころに修復されるのを確認し、改めて長丁場を覚悟した。


 

 どのぐらいの時間が経ったのか、竜を見下ろせる位置まで移動して一つ溜息をついた時だった。

 耳に付けたイヤーカフからニールの声が響く。

『全員竜から距離を取って!!様子がおかしい!!』

 その言葉に再度集中力を高めれば、なぜか三人が私のところに飛んで来る。


「ゼイン大丈夫!?やだあんた、鼻先赤くなってんじゃない!ヤケドしたの!?」

「ゼイン様、炎を引き受けて頂いて申し訳ございません」

「顔色が良くなって丁度いいではないか」

 集った途端に騒がしい三人を手で制し、ニールに問う。

「ニール、様子がおかしいとはどういう事だ」

 ディアナが『あ、そう言えば』的な顔をするのをイラッとしながら見つつ、ニールからの応答を待つ。

『尻尾のあたり……魔力の流れが変わってる。もう少し距離とって!嫌な感じがする!』

 ニールの言葉に頷き、竜の方に体を向けたまま飛翔魔法で少しずつ竜から距離を取れば、三人も同じことをする。

 

「……今、動いた?」

 竜の体三つ分ほど離れた時、ディアナが呟いた。

「……確かに。尻尾が動いております」

 トラヴィスも呟く。

 ……確かに動いている。

 ビタンビタンと、竜の尾先が陸地を打っている。

 リオネルの重力魔法陣を破った……?

 リオネルが施したのはただの重力魔法陣では無かったはずだ。

 一つの陣の下に隠れるように幾重にも重ねられた多重魔法陣。一つが破られても、また次の陣が起動するという超絶技巧……。


「ニール、魔力の流れ…具体的にはどうなっている」

 ニールの言葉を聞き取ろうと、ディアナとトラヴィスが耳のピアスに触れる。

 クラーレットが機嫌が悪くなりかけたのを見て、ディアナが左耳のピアスをクラーレットに着けた。

 緊急事態でも相変わらず面倒くさい。

『適切に例えてあげられる言葉が見つからない!でもあの時に似てる!トラヴィスの封印の鍵を探した時のギリアムの魔力の動きに!!』

 ニールの言葉に四人で顔を見合わせる。

 トラヴィスの封印の鍵探し……。


「……赤ムシか。あやつはフラメシュの邸の封印もことごとく穴を開けおったな」

 クラーレットが溢した言葉にディアナが目を見開く。

「竜……そうよ竜!!綻びが分かるのよ!綻び!つまり弱点!どんなに完璧な魔法陣でも必ず属性陣と属性陣の間には繋ぎが入る。一本でも切れれば魔法陣は魔力化して……」

 早口で捲し立てたディアナの顔がサッと青褪める。

 そして青褪めたディアナを見て、私もトラヴィスも事の重大さに気づいた。


「……さてトラヴィス。知性を残したままの竜とはいかにして戦うのだ?」

 

 クラーレットの言葉が、竜の咆哮とともに頭の中に響いていた。







 大変な事態になってしまった。

 正直なところ、竜の討伐自体には何の心配もしてなかった。

 心配症のゼインと違って、私には最初から負ける要素が見当たらなかったのだから。

 それはギリアムが語ってくれた魔力の生み出し方の違いに集約される。

 竜が炎を吐く度に、空間内には魔力が満ちる。

 私が魔力を回復しながら戦うのに、これほどの好条件は無い。

 長丁場にはなっただろう。

 巨体を維持する魔力を枯渇させるには、竜に相当量の魔法を使わせねばならない。

 だが、知性を持つ竜相手だと話は変わってくる。


「……レディ、戦い方に大きな違いはございません。ですが……」

 言いかけたトラヴィスが唇を噛む。

「クラーレット、知性を持つ竜は人語を理解するようになるらしい。人語を理解出来れば、ギリアムにやったのと同じ事を我々にも出来る」

 ゼインの言葉にほとんど同意なのだが、私はフルフルと首を振る。

「それだけじゃない。言葉を持つ者の命を奪う時、そこから紡がれる言葉は呪いになる。……強力な竜の呪い……。誰もその場に立ち会えない」

 立ち会えなければ葬送魔法陣など発動できない。

 つまり卵に還すという最初の目的は果たせない。それを知りながらやるのは、ただの竜殺しだ。


「ならば短期決着に持ち込むしか無かろう。ディアナ様、私そろそろ地味な鱗剥ぎには飽きましたわ」

 アレクシアが肩をすくめて見せる。

 その様子を見たトラヴィスが、ゼインと目を見合わせて頷く。

「……プランEに切り替えます」

 ……E。一体何個のプランがあるのか。

「飛竜の中に偶に存在する、反重力属性を持つ者を相手にする時の戦術です。間接魔法と物理魔法を用いて竜の動きを拘束します。ですが重力魔法陣ほどの効果はございません。竜からの反撃を覚悟しながらの戦いになります」

「………反撃」

 腕を組みながら呟く。


「トラヴィス、髭が切れた後はガチンコ魔力勝負っていう認識は合ってる?」

 問えばトラヴィスがしっかりと頷く。

「竜の独特な魔力の源は、間違いなく髭でございます。髭を切ることが出来れば、炎、驚異的回復、鱗の硬化などは防げるはずです」

 ……なるほど。だったらやるしかない。

「ゼイン、あんたの考える適材適所、言ってごらんなさい」

 ゼインの金色の瞳を見つめれば、彼が軽く唇を噛んだあと口を開いた。

「トラヴィスとクラーレットは竜の拘束に、私は髭を切ることに集中すべきだと考える。ディアナには……竜の注意を引いてもらいたい」

「おっけ。トラヴィス指揮官どう思う?」

「否やはございません」

 トラヴィスに頷き返し、アレクシアの方を向く。

「アレクシアは?」

 尋ねればアレクシアが視線を一度落としたあと、ゆっくり顔を上げて私の瞳を見つめる。

 そして呟いた。

「……糸の使用許可を下さいませ」


 アレクシアの言葉にゼインとトラヴィスがハッとする。

 糸……。

 この場面でアレクシアが口にする〝糸〟は一つしかない。

「……約束なさい。この一件が終わったら、必ずニールの所に行くこと。分かった?」

「……畏まりました。全力でディアナ様をお守りしたあとは、必ず青ムシの所に参りますわ!!」

 ドンッと胸を張るアレクシアにはぜひゼインを守ってもらいたいのだが、それは言うのをやめた。


 今の私たちの会話に何か思うことがあるのだろうが、ゼインが竜の方を見て冷静に言う。

「……適切な環境を整えねばならないな」

 そして空間の天井付近に超巨大な魔法陣を描き出した。

 端末からでは無く、ゼインの指先から紡がれる魔力で描かれる超複雑な魔法陣……。

「…天日干しの陣?あんたどっからそんなもの引っ張り出したのよ」

 室内で干物を作ろうと思って作成したのだが、臭い臭いとクレームの嵐だったせいでお蔵入りにした私のオリジナル魔法陣……。

「……ゴミ山」

「!!」



「参りましょう!」

 トラヴィスの声で再び対峙した古代竜の体の下には、太陽の光に照らされて、濃い影ができていた。


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