師弟の絆
「私を弟子にしろ」
「断固拒否」
「なぜだ」
……だからあんたはアホだって言ってんのよ。
「あんたねぇ、その耳は何のために付いてるわけ?私の話聞いてた?それより大事なのは……」
運ばれて来た料理に手をつけることなく、ゼインはずっと難しい顔をして考え込んでいた。
ようやく口を開いたと思えばこれである。
「ちゃんと聞いている。私が作った端末が彼らにとっては贈り物に該当する事も理解した。だからこそ自由に魔法が使えない事もよくわかった」
「…そうは言ってない。弟子は師匠の思想に引っ張られるって言ってんの」
「同じ事だ。私は目的のため以外に魔法を使ったことがない。お前のように人生を楽しく生きるための魔法など使い方がわからない」
「……はぁ」
魔法使いは弟子を取る。
自分の生き様を後世に残すため、自分の研究の後を継いでもらうため、理由は様々だが誰も彼もを弟子にするわけじゃない。
自分の理念に合わない者を弟子にすると、その弟子は一生苦しむ。
「あのね、例えばここに人間を滅ぼしてでも世界征服を企んでる魔法使いがいたとするじゃない?」
「…ああ」
「魔法使いとしては超優秀で、非の打ち所がないほど完璧で、誰からも憧れられるような」
「…あ、ああ」
「彼から魔法を学びたい、彼の理論に触れたい、それだけで弟子入りしたらどうなると思う?」
「……………。」
「身につけた魔法は、師匠の思想に引っ張られて人を殺すためだけにしか発動出来ないかもしれない。人を助けたいと思っても、そんな魔法は教わらないかもしれない。簡単に弟子入りなんてするもんじゃないわ」
一気に捲し立てれば、ゼインが少し苦しそうな表情になる。
「……では、一度交わした師弟の絆はどうすれば切れるのだ」
「破門にするか、どちらかが死ぬか……」
「破門………」
ゼインに出来るわけがない。
魔法使いが消えたこの世界において、あの3人の拠り所はコイツしかいないんだから。
「だからあんたがもう少し自由に生きる事を覚えなさい。失敗したっていいじゃない。あんたを叱る魔法使いなんていないんだし」
一瞬の沈黙のあと、低く、静かな声がした。
「…………ここから去るつもりだからか?」
ゼインの瞳がゆらゆらとその色を変える。
「私にグチグチ文句を言えるのも、私の失敗を嗜められるのも、お前しかいないだろう!」
「ゼイン……?」
「私はずっと一人だと思っていた。純粋な魔法使いは死に絶えたのだと、もう何百年も一人で魔法使いの叡智を守って来た。私が死ねば……それこそ魔法使いの存在がこの世から消えるのだと、人間に紛れ生き永らえて来た。なぜ……なぜまた一人にする!」
怒りのような、悲しみのような、例えようのない感情が浮かぶ金色の瞳……。
「……仕事が嫌なら辞めてもいい。私と気が合わないなら顔も見せなくていい。せめて……3人を導いてやって欲しい」
俯いて唇を噛むゼインの姿をジッと見る。
導いて………か。
分かってる。結局それが一番必要なのはあんたなのよね。一人で頑張って来たのよね。
強がり言ってる迷子みたいな顔しちゃってさ……。
ようやく少年から青年になったばかりと言った素顔のゼインの中に、かつての弟子たちの姿が重なる。
「ゼイン、師弟関係が終わる時の話には続きがある」
「!」
伏し目がちだった金色の瞳がハッとこちらを向く。
「一番円満なのは免許皆伝。つまり師匠から独立を許される時」
「独立?」
「そう。もう教えることはない、自分で自分の道を歩むようにって、師匠から対等な魔法使いとして認められる時」
「対等な……」
私は頷く。
「そして二つ目、弟子を討つ時」
「───!」
驚きに見開かれるゼインの瞳を見つめ返す。
「独立させるどころか、預かった弟子が道を踏み外した時には、師匠の責任で討ち取らなきゃならない」
「討ち……取る?」
「そうよ。破門にする事さえせずに、弟子を放ったらかした罰を受けるの。簡単な話じゃないわ。そうなったら弟子は死に物狂いでこちらに向かって来る」
……死に物狂いなんてもんじゃない。
お互いの弱い所を知り尽くす相手との戦いは、苦しくて辛くて、とにかく虚しい。
「だけどね、ゼイン。私は絶対に負けない。あんた……私に討たれる覚悟はある?」
ゴクリと喉を鳴らして、ゼインが一度目を伏せる。
そして一度唇を噛んだ後、バッと顔を上げた。
「……お前に討ち取られるならば、その時点で魔法使いとしての理から外れたという事だ」
魔法使いとしての理……
「だからこそ私は師が欲しい。魔法使いとして生きる上での道標が欲しい」
金色の瞳に熱が宿る。
「おっけ。……ゼイン、手出して」
「……手?」
「私の気が変わらないうちに!さっさと!」
「!!」
ゼインが、ほとんど食べもしないくせに握りしめていたフォークをテーブルにガチャッと置いて、慌てて両手を差し出す。
その手を取り、手の平の線をゾゾゾゾゾとなぞりながらしげしげとながめる。
「ふーむ……なるほどなるほど。あんたに足りないものは……」
「……足りないものは?」
「可愛げ、ね。私とお揃いのストロベリーブロンドになる呪でいいか」
「は?……いいわけないだろう!!まさかそれしか無いのか!?それしか選択肢が……」
「ばーか」
「…………いまだけのがまんだ」
聞こえてるっつーの。
よくもまぁ、こんなに足らないものばかりで真っ直ぐ生きて来たわねぇ。
呪を刻むの大変じゃない。骨が折れるっつーの。
……弟子、か。
二度と持つことは無いと思ってたんだけど。
「ゼイン、これあげる。一番あんたの魔力と引き合う指にはまるはずだから」
テーブルの上にコロンと一つの指輪を転がす。
「……指輪?」
ゼインがそれを拾い上げて、灯りにかざしながらクルクル回転させる。
「そーよ、さっき言ったでしょ。感謝しなさいよ?大魔女ディアナ様に弟子入りするんだから」
「弟子の……指輪……」
無表情に何かを噛み締めているゼインを見て閃いた。
「はっ!これで私って社長より偉いんじゃないの!?顧問とか相談役とかいう給料泥棒的な……?」
「お前は今だってそうだろう。だいたい金の使い方知ってるのか?」
「…………うむ、さすがに畑産の野菜は歯応えが素晴らしい」
「……お前が食べているのは『箸』だ。老体にしては歯が強い。さすがは師匠だ」
はし………。
よく分からんが生意気な弟子ができた事だけは確かだ。
何だかんだ嬉しそうなゼインは、肩肘張っていても中身はお子様なんだな、と思った。




