討伐開始
「ねぇ、アレクシア。おかしいと思わない?普通はさー、レディは後ろに!とか何とか言って、男どもが矢面に立つもんでしょ?」
「いえいえディアナ様。魔法使いなど下の下の存在。矢面に立ったところで穴だらけになるのがオチですわ」
「まぁそうね。それよりこのお茶なに?なんかスッとする」
「カモミールティーですわ。リラックス効果がありますの」
私とアレクシアは優雅にお茶を飲んでいた。
朝日照りつける大海原のど真ん中で。
菓子など摘まみつつ、波音をバックにいい気分である。
『…おい、そこのトンデモ魔女二人……。少しは緊張感を持て!リラックス効果を発揮してどうする!!』
『まぁまぁゼイン様。御二方とも実に魔女らしいではございませんか』
耳に付けたピアスから、ゼインのイライラした声と、それを宥めるトラヴィスの声が聞こえて来る。
機械が苦手な私のために開発された魔力通信式ピアス。
ピンクの小ぶりな石に、これでもかというほど詰め込まれた錬金術師の技術の粋。
受験生だとかいうリオネルに作らせた傑作である。
『もしもーし?聞こえる?暇なんだけど』
『アホが……!』
「アレクシアー?私らアホだってー。何か言い返す?」
「虫ケラは虫らしく宙を蠅のように飛んでいれば良いのです。無視ですわ、無視。…まぁ!わたくし今上手いこと言いましたわ!」
当然ながらアレクシアがリオネルが作ったものを身につけるわけがなく、私は通訳という大仕事も担っている。
そう、竜討伐作戦の通訳だ。
今回の作戦立案者はトラヴィスだった。
ゼインが場を譲るなんて信じられない事態だったが、『適材適所、それに勝る策など無い』とか何とか言って、小難しいどころではない作戦を伝えて来た。
ま、覚えられるわけがなかったからピアスが手に入ったのだが。
「アレクシア、とりあえず今回は『長期戦を覚悟した戦い』らしいから、そこだけは十分気をつけろだって」
優雅にお茶を飲むアレクシアに話しかければ、変態魔女の片眉がピクリと上がる。
「……本当にあの羽虫どもは古き魔女を舐め腐っておりますわね。偉そうに余計な気を回さずとも、十名分の戦勝会の準備は完璧に調っておるわ」
……うむ。
アレクシアの中では二名ほど欠員が出るようだ。
さすがは魔女。縁起が悪い。
『ディアナさん聞こえますか?そろそろ準備をお願いします!竜が海面に向かってますっ!』
空飛ぶカメラで状況を確認しているショーンから指示が入る。
「…おっけ。さぁて挨拶の準備よ!行くわよアレクシア!!」
「待ちくたびれましたわ!!」
テーブルと椅子を消し、二人同時にローブを纏う。
もちろん水面に立ちながら。
『…ディアナさん、11時の方向!…3…2…1……来ます!!』
ショーンの声とほぼ同時、遠くの海面が大きく盛り上がる。
離れたこの場所でも波がうねる。
【──グアアアアアッッッ!!】
響く雄叫び。
【グガァッッ!!ガァッッ!!】
時折不快げに頭を振る巨竜。
空から見たときよりも遥かに大きい竜の頭。
竜は今、ソナァとかいう音を出す機械に追い立てられているらしい。
耳がいい竜の特徴を逆手に取った作戦ということだ。
うむ。実に卑怯。
『陽動する!ディアナ作戦開始だ!足場を作れ!』
ゼインの声が耳に響く。
『わーかってるわよ!!』
ゼインとトラヴィスが空中で光と炎を巻き起こし、竜の頭上を舞う。
私はようやく体が半分ほど海面に出て来た島のように大きな古代竜の瞳をじっと見る。
【グアアアアアッ!グアアアアア!!】
完全にご機嫌斜めな古代竜。
爬虫類に似た縦長の瞳孔を見開き、宙を舞うゼインとトラヴィスを威嚇する。
……悪いわねぇ。何年振りのお目覚めだったかしら。びっくりしたでしょ?だーれもいなくて。
わかる、わかるわよ……。
心の中で言いながら、手の平を海中へと突っ込む。
「………氷……結…ッッッ!!アレクシア!!ゴーよ!ゴー!!」
「はいですわ!!」
魔力を注ぎ込む海上表面がみるみるうちに凍結していく。
そして私を中心に円状に広がる氷の波。
冷んやりした氷の上でアレクシアが簡潔に呪文を唱える。
「…現せ氷の大地……【凍土】!!」
アレクシアが叫んだと同時に、私が凍らせた海面に土が混ざっていく。
『……直径1キロメートル!ディアナさん十分です!』
『おっけ!』
「アレクシアもういいわよ!」
ぐるりと辺りを見回せば、なかなかいい感じの陸地ができている。
「あんたやるわねぇ!さっきの魔法何?凍土?」
「初期のオスロニアにヒントを得ましたの。あの頃毎日毎日少しずつ土を入れ替えては普通の土地に変えたのですわ」
「へー!あんた努力家よねぇ……」
種まきどころの話じゃない。
陸地がガッチガチに固まっているのを確認し、空中をヒラヒラ飛び回るゼインとトラヴィスを見上げる。
巨大な竜と比べると本当にハエ…ハチのようである。
『ディアナ様、場所を空けて頂けますか?竜を移動させます』
トラヴィスの声が耳に届く。
『移動?わかった』
アレクシアと共に時折響く破裂音の方を見る。
ああいうチマチマした地味な攻撃が1番腹立つのよね……。
そんな感想を抱きながら後ずさっていると、背中にトンッと何かがあたる。
「…ウッ!?」
振り向けばそこには深緑色のローブがあった。
「じゃーん!ワシ登場!」
両手でブイを作り、全く緊張感が無い人物……。
「リオネル!?あんた何してんの!危ないでしょ!!」
「そうじゃ。甘ったれ坊主は下がっておれ」
「甘ったれ……まぁそうなんじゃがの。年若いのが頑張っとるからのー。まぁアレじゃ。後方支援組もやる気見せとかんとな」
言いながら、先ほどアレクシアと作った陸地に魔法陣を描き出す。
「…重力魔法陣?」
「……卑怯じゃがの、竜討伐の定石じゃ」
ああ……それトリオもやったのよ。教えてないけど、ナナとハラの時トリオはちゃんとやったのよ。
定石だったのか………。
「……阻害対象は師匠とゼインとトラヴィスじゃな」
「………死にたいのか。私も加えぬか!!」
「のほほほほ!死ぬのはお前さんじゃがの!ワシお前さんの名前知らんし」
「は……はあっ!?」
男に呼ばれる名前など持ち合わせていないのだから仕方ない……とか言っている場合ではない。
「あんたらねぇ、仲良くジャレてる場合じゃないでしょ?アレクシア、名前教えてやりなさい」
顎でアレクシアを促せば、歯噛みしながらアレクシアがブツブツ言い出す。
「……アレクシアシャワルティロージリスガシェインクラーレット……」
「「…………………。」」
姫か。
「……よし、完成じゃ。おぉ、見てみい。今日の獲物はでっかいのー!」
魔法陣を完成させたリオネルの視線の先には、まるで無数の糸に絡め取られるように巨体を宙に吊り上げられている古代竜の姿があった。
『……言っておくが、操り糸じゃないからな』
『ええ。双子が釣りをしているだけです』
空中組の声がする。
その声が聞こえてすぐ、ギリアムたちが浮かべた船がゆっくり動き出し、まるで投網を引くように竜を上空へと引っ張りだす。
そしてその船のデッキには双子。双子!?
「な、な、な、何やってんのよあの子たち!!危ないじゃない!!」
二度見どころじゃない回数船を見上げながら、指を差しつつリオネルに叫ぶ。
「師匠、あの二人を大人しくさせるっちゅーことはな、息の根を止めるっちゅーことじゃ。イタズラできんほど仕事させたがええ」
『ディアナー!やっほー!聞こえてる?』
『おいコラ!手を離すなザハール!!』
や、やめてちょうだい!喋らないでちょうだい!
竜なんかもうどうでもいいレベルでハラハラするでしょうが!!
竜の巨体が太陽を遮った時、間延びした雰囲気の私たちに、ピリッとした声が響いた。
『全員警戒体制に移行!本番だよ!!』
ここぞという時の影のリーダー、ニールであった。




