円卓会議
狭間の空間内に作ったギリアムの部屋。
内臓部屋だったはずのこの場所は、ショーンの努力により私がイメージした通りの〝ザ・バカンス〟の海辺へと変化を遂げていた。
踏めばパシャパシャと心地よい音の鳴る床だけはそのまま活かされている。…そこだけ、そこだけである。
その夢のような美しい空間に、今日は全員が集められていた。……そう、魔法使い全員が。
「何ともはや、御伽の国のような場所ですなぁ。天国とはこのような場所なのでしょうか」
「父さん、何子どもみたいなこと言ってんだよ。それよりお腹!また出てる!」
「久々に会ったというのにダニールが冷たい……」
部屋の入り口付近では、グラーニン一家が騒いでいる。
本当に久しぶりに見たマカールは、ダニールが言うように目測で1.5倍ぐらい太っている。
「ご無沙汰しております、皆様。トラヴィス様にはお初にお目にかかります。私はカリーナ・グラーニン。こちらの樽腹がマカール・グラーニンでございます。………うちの息子達が大変お世話になっていると……」
「た、樽腹……。カリーナも酷い」
大して笑えない家族寸劇の前でも、トラヴィスは完璧な笑顔で挨拶をする。
「こちらこそご挨拶が遅くなりました。トラヴィス・サーマンでございます。息子さん達には毎日刺激を与えて頂いており、私も若返ったような気持ちでおります」
このトラヴィスの挨拶にザハールがビクッと肩を揺らした事は秘密にしておこう。
部屋の奥に目をやれば、今日この空間に皆を集めた弟子が場を仕切り出した。
「皆よく集まってくれた。……悪いな、ギリアム。騒がしくしてしまって」
「いいっすよ、ゼインさん。何か久しぶりっすね。これだけの人数が集まるの」
ゼインがギリアムに頷き返す。
そして部屋の中央に大きくてまん丸な円卓を出して皆に着席を促せば、あっという間に皆が思い思いの席に着いた。
何かルールがあるのかもしれないが、さっぱり分からないので思い思いということにしておく。
「今日集まってもらったのは他でもない。このところの懸案であった古代竜の件について、皆の意見を聞かせて欲しいからだ」
一番はじめに飛び出したゼインの台詞に、皆がどよめく。
…まあそれはそうだろう。ゼインが人の意見を聞くとか不審すぎる。
「皆さんの…ですか?ゼインさんに何か考えがあるんじゃないんですか?」
ゼインの左隣でショーンが勇気を出す。
「……考えはある。ただし、それが受け入れられるかどうか、皆に聞いておきたいのだ」
……ほう、ゼインはショーンにも話していなかったのか。
実はこの会議の開催については、私とリオネルは前もって聞かされていた。
他でもない、そのきっかけがリオネルに翻訳させた例の祭祀の内容だったからだ。
内容を知ったゼインの眉間には、いつもより深い皺が刻まれていた。
そしてこう言ったのだ。
『……皆の意思の統一がいる。だが強要したのでは何の意味も無い。皆の心の底からの賛意がいる』と。
だから会議が始まっても、私の出番が来るまで一言も喋るなとしつこいほどに念を押された。
だから自分に【お口にチャック】の魔法をかけて、ひたすら黙っているのである。
「構わぬ、早う話せ。古代竜の扱いは古の魔法使いでも悩ましい問題だ。知恵は多い方が良い。ですよね、ディアナ様!」
うっ!アレクシア……空気を読んでくれ。
とりあえずブンブンと頭を縦に振り、アレクシアに応える。
「私特製のお茶会セットをお持ちしましたわ!ほれ、そこの小魚二匹、若いものが率先して働かぬか」
「「はいっっ!!」」
……とにかく、相変わらずである。
「あー……では早速だが、現在判明している情報を伝える」
和やかにお茶や菓子が並ぶ空間に、少しだけ緊張が走った。
「今回見つかった古代竜は、ニ翼の海竜。翼はあるが退化しており飛翔は不可能。大きさは約150メートル級だと確認できている」
私とトラヴィス、それから双子が頷く。
「……おそらく、人間を食っている。……数百人」
マカールが小さくヒィと悲鳴を上げる。
「当然だが、人間の味を覚えた生物を放置する事は出来ない。……例えそれが、人間の理から外れた存在であろうとも」
これには皆が頷いた。
「……だが、悩んでいる」
ゼインの言葉に一同ハッとする。
「………竜は絶滅危惧種だ。私たちと同じく。討伐し、存在を消してしまう事にどうしても手放しで踏み切れない。庇っている訳ではない。庇っている訳ではないが、悠久の眠りから覚め、全く景色が変わってしまったこの世界での行動を責められるのかどうか……私達はそれを判断できるような高尚な存在なのかと自問している」
「ゼイン……」
そう呟いたのは、ゼインの右隣のニールだった。
「……差し出がましい事を申し上げてよろしいでしょうか」
カリーナが手を挙げた。
「構わない。意見を聞かせて欲しい」
ゼインの言葉にグッと拳を握り、カリーナが発言する。
「……ダニールが船に乗っていた事をご存知でしょうか」
「ちょ、ちょっと母さん!今はそんな話……」
「いいえ、大切なことです。ダニールは主人の工場をもう一度立て直すためのヒントを探すと言って、遠洋漁船に乗っていたのです」
カリーナの隣でダニールが白目になっている。
そしてマカールが目を見開いて『知らなかった!』という顔をしている。
「…皆さまにお会いした三日前、本当に久しぶりにダニールは家に帰って来たのです。もちろん海での事故はいくつも考えられます。ですがどこの母親も、よもや竜によって我が子が帰らぬ事になるなどとは思いもしません。ましてやその存在を知らない人間は、永遠に我が子の死を受け入れられないでしょう。……目に見えている危険をそのままにする事には反対でございます」
キッパリと意見を述べるカリーナの意外な一面に感心していると、右隣でアレクシアも呟いた。
「……カリーナは胆力がある」と。
ゼインが僅かに視線を下げ、静かに頷く。
「……確かにその通りだ。カリーナの意見に反論する事はできない」
「あー……僕からもいい?」
今度はニールが手を挙げる。
ゼインが頷いてニールを促す。
「ゼインの気持ちはよく分かるよ。僕も出来れば種の保存に賛成。でもさ、起きた竜を眠らせるにしろ封印するにしろ、結果いつかはまた同じ事の繰り返しでしょ?その時その時代に偶然立ち会った魔法使いに先送りするのは反対。……今向き合うべきだと思う。生かすなら、未来まで安全性を担保すべきだ」
私は思った。
みんな何てしっかりしているんだろうと。
鱗を剥いで骨を削って魔法薬と魔法道具の材料にしようと考えてたのはきっと私だけだ。
ちょっと……いや大分恥ずかしい。
恥ずかしいのだが、それこそが竜との付き合い方だったわけで、それをここで言うべきなのかどうか……。
私の心の中を覗いたかのように、いや、多分覗いたのだろう、リオネルが私の左隣で手を挙げる。
「リオネル……そうだな、ぜひ我々に古き知恵を授けて欲しい」
ゼインの言葉にリオネルがのんびりと声を出す。
「そうじゃの。ではワシからは魔法使いと竜の関わりについて話そうかの」
若年魔法使いの皆が興味深々な顔をする。
「竜は昔から魔法使いとは切っても切れん関係でな、魔法薬と魔法道具の発展には竜の果たした役割が非常に大きいんじゃ。竜はワシらの命を脅かす存在じゃった一方で、計り知れないほどの恵みをもたらして来た」
リオネルの言葉にこくこくと頷く。
「じゃがな、決して乱獲したり素材のために命を奪ったりはせんかった。竜を討つのは、あくまでも自衛のため。そして討ったあとは必ず、尊敬と畏怖を込めて次の時代での再会を祈ったのじゃ」
「再会を祈る……ですか?」
ショーンの質問に、右隣のアレクシアが口を挟む。
「それについてはそこのトラヴィスとやらが詳しかろう。その男は竜討伐の最前線に立っておったのだろうからな」
アレクシアの言葉に一同の視線がトラヴィスに降り注ぐ。
その視線を受けて、トラヴィスが美しく微笑む。
「ご指名頂きましたので、僭越ながら私の方からもいくつか知ったお話をさせて頂きます」
トラヴィスがぺこりと頭を下げると、皆がつられてペコリと頭を下げる。
「実は私が生まれた頃には、すでに竜はその数を大きく減らしておりました。ですから祖父や父からの伝聞を大いに含んでいるのですが、魔法使いは、いつの時代も竜との共存に心血を注いでおりました。なぜならば、竜を先祖に持つ種族……竜人と敵対する事は、すなわち我々の全滅を意味する……と伝わっていたからです」
ニールの隣でギリアムがハッと顔を上げた。
「竜人は、魔法使いとは比べ物にならないほどの長い時を生き、我々を遥かにしのぐ知恵の蓄積と強大な魔力を持つ種族です。竜の側に侍り、竜を護ることを生業としていました」
あ、なんか思い出した。
仲間以外に対してめっちゃクールだった。あと酒好きなのに酒に弱かった気がする。
「トラヴィス殿、それだと竜を素材にしていた話と矛盾しはしませんか?」
マカールが頭良さげな質問をする。マカールなのに。
「ええ。ですから彼らと魔法使いの間には、古代に交わされたいくつかの約定があったのです」
「約定…ですか」
「はい。その一つが魔に堕ちた竜の取り扱いです。知性を得られず、魔法使いを襲った竜を我々が討伐する許可を与える代わりに、我々が最も尊ぶ方法で竜の死を悼むように……と」
ここでゼインが薄く口端を上げたのを私は見逃さなかった。
「……葬送魔法……皆さまご存知の通り、魔法使いの最期を送るための魔法です。竜人が望んだのは、葬送魔法陣を用いた儀式だったのです」
トラヴィスがぐるりと円卓を見回し、そして微笑む。
「葬送魔法、その本来の意味は、『この場所での再会を待つ』。竜はその言葉通り戻って来るのでございます。……卵として」
トラヴィスの言葉に、私とゼインとリオネル以外が目を見開いていた。




