カラーチェンジ・ガーネット
「ニール!!トラヴィス!!」
多分、生きて来て初めて久々に会った顔を抱き締めながら出迎えた。
「え、ゼイン、どうしたの?何かあった?」
ニールが心配そうな顔をして、私の肩に手をかける。
「ゼイン様、何か大事にでもなりましたか?」
トラヴィスも不安げな顔を見せる。
「いや……悪い。とにかく色々あって……色々あったのだが……一番は心細かった」
正直な思いを口にすれば、二人がピキリと固まる。
「「……心細かった………」」
何だ、その反応は。
それ以外に適切な言葉など無いだろうが。
「……それで、見つかったのか」
会議机に着いて早々に問えば、二人が目を見合わせて悪戯気に微笑む。
「もっちろん!驚くほどギリアムらしい石が見つかったよ」
そう言ってニールが胸ポケットから取り出し掲げた一つの石。
「橙色……の石?」
そう言うと、トラヴィスが頷く。
「これはガーネットの一種なのですが、室内灯の光ではこのような色を見せるのです」
ガーネット……。
橙色…の中に、時々白さと暗さを光らせるガーネット……とギリアム……?
今ひとつ二つの繋がりが理解出来ないでいるうちに、トラヴィスが初めて聞く呪文を唱える。
そして訪れる暗闇。
ポッと光が灯ったかと思った瞬間、そこに現れたのは真紅に光る宝石。
暗闇の中、まるで炎が浮かぶかのように真っ赤に輝く……。
「カラーチェンジ・ガーネット。稀少性の高い、滅多にお目にかかれない石でございます」
トラヴィスの言葉に返答出来ないでいるうちに、ニールが私の手に宝石を載せる。
「ゼインもやってみなよ」
ニールからペンライトを受け取り、再び石に光をあてる。
橙色だったはずの石が、真紅に変わる……。
「僕はその石、金色だと思うんだけど」
ニールが言う。
「金……?」
「そうだよ。ギリアムとゼインの色だ」
「─────!」
再び部屋に明かりが戻れば、目の前では二人がにっこりと微笑んでいた。
トラヴィスの素晴らしい手際で用意された茶を前に、二人の冒険譚に耳を貸す。
「……でさぁ、名簿を手に入れた所まではよかったんだけど、顧客が世界中に点在してたわけ。宝石の仕入業者の振りして一件一件回ってさぁ……」
「ふふ、ニール様は営業職も問題ございませんね。見事な話術でしたよ」
「……茶化さないでよ。顔面神経痛になるほど顔が引き攣ってたんだって。とにかく!世界中のレアなガーネットを見て回ったんだけど、その石が一番だった。強い力と……それに負けない物語があった」
ニールの隣でトラヴィスが力強く頷く。
金色から赤色へと姿を変える不思議なガーネットを宙に浮かべ、視線は宝石に向けたままトラヴィスに問う。
「トラヴィス、物語…とは、ディアナが最初に言った言葉だな」
「はい。記憶の欠落はございません。ですからなるべくならば悲劇では無いものがよろしいかと思ったのですが、ギリアム殿の現状を思えば、物語に制限をかけている場合では無いと判断しました」
ニールが溜息をつきながら言う。
「……ゼイン、この石を採掘したのはまだほんの小さな子どもなんだ。病気の親の薬代のために鉱山労働に従事してた。…この石はそりゃもうもの凄い値がつく稀少石だけどね、彼が手に入れたのはコーヒー1杯分にも満たない僅かな報酬。その報酬も弟や妹に仕送りしたあと本人は……」
……児童労働の闇を知らないわけでは無いが、簡単に言葉が出ない環境だ。
「…そこで思ったんだよね。トラヴィスってやっぱり凄い魔法使いだなって。ギリアムのことほとんど何も知らないわけでしょ?なーんでこんなにピッタリの物語が浮かぶんだろうって」
「そうなのか?参考までにトラヴィスが描いた物語を聞かせて欲しいのだが」
ギリアムの今後の魔力如何によっては、刻むべき呪が変わるかもしれない。
トラヴィスを見れば、少しだけはにかんだような顔をしている。新鮮だ。
「いえ……あの、偶然でございますよ。竜が仲間思いな生き物であるのは有名な話なので……」
仲間思い……。
「……ああ、そうだったな。思い出した。ギリアムは海賊時代、船に売られた子ども達を乗せていた。…戦利品は乗組員に与えて、自分は食事もせずにいると」
ニールがパッと笑顔になる。
「そうそう!その噂を聞きつけて、二人でしつこくギリアムの船を追い回したんだよね!」
「なんと、そうでございましたか。お二人もなかなか面白い物語をお持ちのようで」
「フッ、単に若かったのだ。ギリアムほど立派な物語は持ち合わせていない。アイツは命乞いをしなかった。…ただの一度も」
ニールが懐かしそうに目を細める。
「……そうだったね。乗組員たちは自分に騙されて船に乗っただけだから解放してくれって。その時の乗組員が、初めてのガーディアンの社員なんだよね」
トラヴィスが瞳を丸くする。
そう、ガーディアンの事業拡大のきっかけは、間違いなくギリアムだった。
「ゼイン、それだけじゃなくてね、この石の持ち主だけ、なぜか何の駆け引きもせずに売ってくれたんだ。……これがまた不思議でさぁ?」
ニールとトラヴィスが視線を合わせる。
「本当に。所有者のお嬢様は耳が不自由でいらっしゃったのです。そのお嬢様が手話でお父上に石を譲るようにと説得されて……」
「何かこじつけと言えばそれまでだけど、運命的じゃない?」
運命的……か。
全ての出会いと巡り合わせには、それに相応しい物語があるのかもしれない。普段は何気なく見逃してしまうような、運命的な物語が。
「……感謝する。二人ともありがとう」
そう言えばニールが目玉が飛び出そうなほど驚く。
「ゼ、ゼイン…?やっぱり何かあった……?」
「……どういう意味だ」
「悪いもの食べた?まさか人間の食べ物を…!!」
「だからどういう意味だ。私だって感謝ぐらいする。……時には反省も後悔もする」
「えーーーっ!!……きも」
……コイツは私のことを何だと思っているのだ。
「この石、リオネルさんに加工してもらうんだよね?僕そばにいようかな。ギリアムの状態を伝えてあげたいし」
なるほど。確かにニールならば魔力と竜の血の見分けがつくだろう。
「ニール、この本を持っていけ」
手の平に一冊の古くて分厚い本を取り寄せる。
「これはまた凄まじい魔力を帯びた本でございますね。いや、呪力と言うべきか……」
トラヴィスがおそるおそる本に手を触れようとする。
「ああ。ロマン・フラメシュの禁書庫からディアナがくすねて来た。これでも大分呪いは弱まった方なのだ」
トラヴィスの顔色がサッと変わる。
「くすね……封印は正しく解かれたのですか!?まさかお怪我など……!」
「さすがはトラヴィス。あの魔女が欲しいもののために封印を解くなどという手間をかけるわけないだろう。……まあ、怪我は何とかなった」
トラヴィスがバッと立ち上がる。
「何とかなった……?つまり何とかなっていない時があったと!?ディ、ディアナ様はどちらです!」
……優秀すぎて困るのだが。少しの失言も許されそうに無いのだが。
「あー……ディアナには無謀な行動が出来ないように、手のかかる二人組を付けている。気を抜いたら竜の胃袋に飛び込みそうな二人を……」
ニールがジトッとした目をする。
「まさかゼイン、ディアナちゃんと双子……船の上にいるんじゃ無いよね……?」
「…………やむにやまれぬ事情があって」
「……ふーん?」
「船!!」
トラヴィスが叫ぶ。
「ディアナ様!!今馳せ参じます!!」
一瞬で消えるトラヴィス。
「……ゼイン、よかったね。トラヴィスがあのままガジールのスパイだったら、いつかネオ・アーデン瓦解してたかも」
「………お前はもっと私に優しくしろ」
「何言ってんの。ゼインが気づいてないだけで、最大限に散々甘やかしてるでしょ。……で?やむにやまれぬナニがあったわけ?心細くなっちゃうほどのナニに悩んでるわけ?」
「………………。」
いや、お前もそうだからな。
敵に回せば途轍も無く面倒なのは、お前も一緒なんだからな。
結局私はニールの尋問に勝てなかった。




