原始の魔力
「……ちょっとリオネル、あんたいい加減に話しなさいよ。ゼインがあんたに魔力の相談してんのは分かってんだからね!!」
「のほほほほ!何度見ても師匠の人体模型姿は笑えるのじゃ!ゼインめ、なかなか笑いのセンスがあるのう」
「………………。」
右半身だけ元に戻った姿になって早三日。
私はリオネルの部屋でグチッていた。
ゼインが思いの外しつこくて、怒りがまだ収まらないのだ。
城にやって来てはアレやコレやと面倒くさい用事を言いつける以外には、ショーン、ギリアム、リオネルの部屋から出て来ない。
まあ別にそれはいいのだが、そろそろこの生活にも飽きたわけである。
当然ながら見習い修行は一時中断。
無事に仕事に来いと言ったホリーダとの約束を破ってしまったし、アレクシアは顔を合わせれば大泣きして鬱陶しいし、結局住み着いた双子はやかましい。
「それより早う古代文字を翻訳した方がええんと違うか?ゼインと仲直りしたいのじゃろう?」
「仲直りぃ……?何で私がゼインに歩み寄らなきゃなんないのよ!!あっちが平身低頭土下座して赦しを乞うべきでしょ!!」
「……ゼインに何の咎があるんじゃ」
「たかだか5000年前の象形文字を読めない咎よ!!」
「…………………。」
そう、ゼインが言いつけて来た面倒くさい用事の一つが、例の竜討伐時に行われていた祭祀の様子を写した書物の現代語への翻訳だ。
元々石壁に刻んであったものを昔の弟子が紙に落とし込んだものなのだが、頭だけはいいゼインがまさか読めないとは思わなかった。
内緒の話をすると、その弟子はカンニングペンの原型の生みの親である。
「てかあんたも知ってるでしょ?私気になる事があると他のことは後回しにするタイプなんだってば」
リオネルがせっせと動かしていた羽根ペンを持つ手を止めて、私をチラッと見る。
「よーく知っとるぞい。やりたいことだけやって来たから今があるんじゃろ。そのツケも大きいがのう……」
「何の話よ」
リオネルが手元の羽根ペンを私の眼前に突き付ける。
「師匠は本当にボケたんかっちゅー話じゃ!」
「………は?」
リオネルが私の顔をジッと見る。
「師匠、師匠が受けたんは呪い傷じゃろ?」
「まぁ、そうね」
「…まぁそうね、じゃのうて、呪いは魔法が体系化される前から存在する〝原始魔法〟じゃと、むかーし偉大な大魔女に習った気がするんじゃがの」
確かに偉大な大魔女はそう言うだろう。
「ゼインが師匠の傷を表面上治してみせたのは、ゼインの魔力の為せるワザじゃ……とかいう事も偉大な大魔女ならば即座に気づいたじゃろうが……」
「!!」
「……残念ながら今は人体模型じゃからの」
「…………………。」
ゼインの魔力……魂の魔力……五芒星……。
名前の付かない無属性、アレクシアの原始魔法を打ち消し、フラメシュの呪い傷…これまた原始魔法による傷を塞いでみせた。そして竜の力を制御して……そう言えば妖精に知恵まで付けていた。
腕を組んで頭を捻る。
「…ブツブツ……第5の属性は、自分の意思で強化する事ができない。強ければ強いまま固まって大人になるし、弱ければ外部環境に引っ張られて……」
火、水、風、土と個人別の第5の属性が混ざり合い、調和し合うことで〝魔法使い〟は形作られる。
魂の魔力を均一な五芒星に近づけるというのは、つまり全属性を等しい強さで習得しなければならないということ。
……なのだが、そこで足を引っ張るのが第5の属性なのだ。これを自由に強化できるなら、魔法使いに優劣など存在しない。
「……師匠、そういうことはな、本人の口から聞かんと意味無いんじゃ」
リオネルの言葉にハッとする。
「ゼインが話したくなった時に、それを受け入れる懐を用意しといてやる……それが師匠っちゅーもんじゃろ?」
「リオネル……」
万年弟子のリオネルに師匠道を説かれるとは……。
「じゃーかーら!今一番必要なのは、ゼインの憂いを取り去ることじゃ!ゼインの頭の中は竜とギリアムのことでいっぱいなんじゃから、師匠がその本を翻訳すれば泣いて喜ぶと思うぞ?」
憂いを取り去る……。
「……そうね、リオネル、ありがとう。私って何年生きてもダメねー。弟子の気持ちがぜんっぜん分かってなくて……」
リオネルがうむうむと頷く。
「……なーんて私が言うとでも思ってんの?」
魔力をユラユラさせながら言えば、リオネルの目がスイッと泳ぐ。
「憂いを取り去る……だあ?小石取り除いた道歩かせて弟子が成長するとでも思ってんの!?私の所に上り詰めるまで切磋琢磨し合うのが弟子の本分でしょうが!!」
バンッと机を叩き、髪を逆立てる。
「そ、そうじゃった!弟弟子をフォローするのは兄弟子の……分かった!分かったのじゃ!本の翻訳はワシがやる!!」
……よろしい。
「ワシ、人生初の受験生なのに……」
知らん。
「ゼイン、今夜付き合いなさい」
「……は?」
その日の夜、ギリアムとショーンに会いに来たゼインを待ち伏せした。
ゼインの隠し事は、私が数千年間大魔女として君臨して来た歴史をぶち壊す可能性がある。
ゼインはおそらく無属性なんかじゃない。
幼少期を機械と過ごして引っ張られた無属性なんかじゃない。
魔法の習熟度は別として、ゼインは出会った時から〝強い魔法使い〟だった。
私が〝強い〟と感じる魔法使いなのだ。
「あんたに教えておきたい事がある」
腕を組んで見据える姿に何かを感じ取ったらしく、ゼインがコクリと頷きながら言う。
「……分かった」
彼にくるりと背を向ける。
「……着いて来なさい」
私がゼインの師匠であり続けるためには、弟子の魔力の正体ぐらい解き明かせなければならない。
ゼインが体に魔力を纏ったことを背に感じ、私は指を鳴らして転移した。
「来たぞ」
ゼインが背後に立ったのを感じ、私は履いていた靴を脱ぎ、着ていた服を全部床に落とした。
そしてクルッとゼインの方を振り返る。
「────ッッ!?」
ゼインが金色の目を見開いたあと、バッと顔を背ける。
「目ぇ逸らすんじゃ無いの。ちゃんと見なさい」
「な、何を……」
「人体っぽい模型」
「!!」
そう、ゼインの魔力の謎を解き明かすのに、偶然手に入った世にも珍しい教材を使わないわけにはいかない。
肉体の構成要素が純粋な人とは異なる上に、聖魔法すら効かないという二重苦を背負った呪い持ちの人体模型。
超簡単に言えば、私なのだが。
「ゼイン、私の体の真ん中、どうなってる?」
「ま……真ん中……」
視線を左右にやりながら、ゼインがササッと私の方を見る。
「あんたが見事に真っ二つに分けてくれた右半身と左半身、どうなってる?」
再び問えば、ゼインが眉間に皺を寄せて真剣な顔つきになる。
「……境目が、歪んでいる……?」
「よくできました」
頷きながら、自分の鎖骨の真ん中辺りを指で差す。
「見事な直線だった呪いの境界が、少しずつ右半身を侵食し出してる。……あの時あんたが使った魔法、医療魔法よね?」
そう言えばゼインが大きく頷く。
「その通りだ。治せたものだとばかり……」
呟くゼインに背を向け、スタスタと反対側へと歩いて行く。
「そう、そこが呪い傷の厄介なところ。表面上治ったように見えても、その根本を治さない限り、こうして何度でも復活する」
ピタリと歩みを止め、顔だけ振り返る。
「あんたに正しい呪い傷の治し方を教えるわ。……服脱いで着いて来なさい」
そして再び正面を向いた時、背後から聞こえて来たのは叫び声。
「…は…は…はあっ!?おま、何を言って…ど、どういう事だ!せ、説明!説明しろっっ!!」
はーやれやれと両手を肩まで上げてこう言った。
「見りゃ分かるでしょ?ここ、お風呂だし」
とりあえず、素直に浴室に来たことは褒めてやろう。だが褒めるのはそこだけだ。
「……あんた何でカッコいい白装束着てんのよ」
「バスローブだ。というか、お前こそ何か羽織れ!恥ずかしく無いのか!?いくら魔女でもそんな堂々と……!!」
「はあ?お風呂の入り方まだ覚えてないの?あんたこそ人間の修行やるべきね。そもそもみんな似たようなの付いてんのに何が恥ずかしいのよ」
「…………………。」
というか第一声がソレとかあり得ない。
丹精込めて造った、雪原の真ん中に突如現れた温泉風の超広いエメラルドグリーンの風呂を讃えないとかあり得ない。
水晶の城に相応しい工夫を凝らしたのに。
「……つってもこの中はただの水なんだけどね」
クルクルと浴槽の縁から水を掻き回していると、何かを諦めた表情でゼインが隣に立つ。
「……普通は違うんだな」
「そうよ。本来なら泉とか湖とかでやんの。聖魔法使いが清めた……いわゆる聖水を使って」
「聖水……」
こくりと頷いたあとザバンと浴槽の中に入り、ゼインを手招きする。
往生際悪そうに再び視線を左右にやったあと、ゼインがソロソロと水の中に入って来た。
「ゼイン、私を羽交締めにして。後ろからこう、ガシッと」
肩まで完全に水に浸かり、ゼインに言う。
「……は?」
「は?じゃないの。私は今から体内魔力操作を解く。痛みで気が狂って魔力暴発しないように、まずはあんたの魔力で抑え込んでちょうだい」
「─────!!」
本来ならば、聖魔法使いの一番の腕の見せ所である呪い傷の治療。
聖魔法には呪い傷を治すための専用の呪文が大量にある。要は、受けた呪いの種類を判別し、適切な呪文を使えるか……ということだ。
ニールがいれば傷を見極める訓練にはなっただろうが、それはあくまでも呪文が出来たあとの世界を見せるだけ。
新時代の魔法使いの経験値稼ぎにしかならない。
「……ゼイン、今からあんたに教えるのは、遥か昔、呪文ができる前の世界。原始の魔力の世界よ」
「原始の魔力……」
「そう。もう説明する必要も無いほど何度も聞いたわよね」
竜が大空を飛び、精霊が当たり前のように生きていた時代と、その時代から存在した原始魔法と原始の魔力の世界。
「さ、始めましょう」
私はゼインの腕を引っ張った。




