怒りと涙
「やったわ!!やったわよ!!お宝ゲットよーー!!」
私はホクホクだった。
ロマン・フラメシュの呪いたっぷりの結界を打ち破り、手にした成果に大満足だった。
「……なあ、ディアナ、本当に大丈夫なのか?俺、こんなことになってるなんて思わなくて……」
「なぁによ、ザハールももっと喜びなさいよ!私が読んだことの無い本が100冊も手に入ったのよ!?」
「ああ…うん。それは…おめでとう……なんだけど…」
「……はぁ。赤ん坊に価値が分かるわけないか」
重たい装丁が施された一冊の本を捲ろうとした時だった。
「───ディアナッッ!!」
血相変えてゼインが飛んで来た。
「あ、ゼイン!!見てみて!すごい物手に入れ……」
「な…何をやってるんだお前は!!」
「は…はあ?」
「なんで…なんでそんな事に……!!ザハール、お前がディアナに怪我させたのか!」
ゼインがブチ切れている。
「ちちちち違う!……と思う」
「違うわよ!ちょっとゼイン落ち着いて!」
ゼインの瞳がまっ金金である。
「落ち着けだと…?この状況で落ち着け?ふざけるな!!」
「!!」
ゼインが着ていたジャケットを脱いで私に被せる。
そして腕の端末を操作すると、私を抱えて転移した。
「ちょ、ちょっとゼイン、何なのよ」
連れて来られたのは応接室。
部屋に入ってからゼインは一言も喋らない。
「ギリアムの魔力を何とかできそうなんだって!あんたも喜んで……」
そう口にした時だった。
「……ギリアムのため?いくらギリアムのためでも、お前が怪我したら何の意味も無いことぐらい何故わからない!!」
叫ぶゼインの顔をハッと見上げる。
ゼインの瞳に浮かぶのは、今にも溢れ落ちそうな水の膜。
「……ゼイン?」
呼びかけたところで一陣の風が吹く。
「ディ……ディアナ様ーーーーー!!!」
アレクシアである。
「な、何という……」
アレクシアが絶句する。
「ディアナさん!うわあっっ!」
ショーンまでやって来て大騒ぎである。
「何なのよ、あんたたち……」
私の呟きが聞こえたのかどうか、ゼインが淡々と指示を出し始める。
「ショーン、医学書の準備。応急処置だ」
「はいっ!」
「クラーレット、使える魔法薬があるか」
「………確認する」
「あの、ゼイン……」
「喋るな。……一言も、喋るな」
「!!」
肩に掛けられたジャケットの隙間から、ショーンがおずおずと私の腕を取り出す。
「うっ……ま、まずは傷口の洗浄です!」
ショーンの言葉にゼインが頷き、目の前に透明で大きな水の球体を浮かべた。
私はそこで初めて自分の状態を認識した。
水に映り込んだ自分の姿を見たのだ。
ぼうっと言葉を失っている間に、ショーンが少しずつ腕に水をかけていく。
だけど何も拭えなかった。血糊で汚れていたのだと思っていた私の腕は、それを覆う皮膚自体が無くなっていたのだ。
「…これって……けっこう痛いやつ?」
私を見つめる三人に尋ねれば、全員眉間に皺を寄せてサッと目線を逸らす。
……何という強力な呪いなのだ。
さすがは稀代の魔法使い、ロマン・フラメシュ。
これはさすがに想定外だった……とか考えている場合ではない。
「…あんたたち、ありがとね。でも何もしなくていいわ。これは呪い傷なの。普通の魔法じゃ治らない。通常なら聖魔法で……」
とそこまで口にして止める。
……多分、私は聖魔法に拒絶される。
つまり、だ。自然治癒以外に方法は無い。
このレベルの呪いだと1000年……その頃には死んでる予定だから、つまり死ぬまでドロドロ……。
こんなことなら怖い顔でももう少し大事にしておけば良かった。
バサバサまつ毛とか青い口紅とかやっとけば良かった。
しばらく流れた沈黙の中、限界を超えたらしいアレクシアから小さな嗚咽が漏れた。
「……ヒクッ……ヒクッ……ウッッ……」
今度からは着せ替えごっこじゃなくてクリーチャーの物真似ごっこでもしましょ……などと思った時だった。
「おー!師匠の激レアショットが撮れたぞい!!」
何とも言えない間伸びした声が応接間に響く。
「な、何と、変態魔女の泣き顔じゃと!?これは永久保存版のゆすりネタじゃ!!」
バシャバシャと光を焚きながら、空気を読めない弟子が登場する。
「こ、このたわけ!!ディ、ディアナ様の、お、お姿が、目に入らぬのかっっ!!」
そうだそうだ。この薄情者め。
「……リオネル、本当にそんな事をしている場合では無いだろう。……ディアナが……完全に失敗した生物実験の成果物のような姿に……」
言い方ね、言い方。
ま、大魔女の歴史の1ページに新たな章ができるだけよ!『さらに怖い顔編』が……
「はて?ゼインがチャチャチャッと治せば良かろう。じゃから激レアショットなんじゃろうが」
リオネルの言葉に再び訪れる沈黙。
そして全員が口を揃えた。
「「「………は?」」」
私も言った。
「は?」
リオネルが再びカメラを私に向ける。
「ゼイン、早よせんか。次は動画を撮るんじゃからな!」
「リオネル、あんた何言って……」
私の言葉が終わるより早く、ゼインが右腕を取る。
そして指先から注がれる温かい魔力……。
次の瞬間、全員が息を呑んだ。
「……治った……?」
アレクシアが呟く。
「治った……」
ショーンも呟く。
私とゼインは目を見合わせて言葉を失っていた。
「言うたじゃろ?さてさて、変態魔女は図書館の本棚の封印じゃ。あの中は師匠以外なら普通に死ぬ。ショーンは双子のところに行け。……泣き声が煩くてかなわん」
「私に命令するな!……だが請け合おう」
「あ、待って下さい、クラーレットさん!
ショーンとアレクシアが立ち去る。
「ワシは魔法液で現像してくるのじゃ!懐かしの壁新聞の復活じゃ!!」
「は、はあっっ!?」
叫ぶより早く、リオネルも消えた。
3人が消えたあと、残された応接間には微妙な空気が漂っていた。
「あー……とにかく、やれるだけやってみよう」
ゼインが空気を打ち消すように声を出す。
「あー……そうね、何か悪いわね」
私もとりあえず声を出す。
「「…………………。」」
いやいやいやいや、そうじゃない。
「そうじゃない!あんた、その魔法何よ!?何で呪い傷が治るのよ!!」
「知るか!呪い傷など初めて見たんだぞ!?あわやザハールを血祭りにあげるところだったではないか!!」
「はあっ!?私がザハールに負けるとでも思ってんの!?」
「そうではない!双子はこの城の正統な後継者なんだぞ!双子の命令以外で城の中でお前が大怪我するような事態がありえるか!?」
「あんた……めっちゃ頭いいじゃない!!ほんとその通りだわ!!」
「……………………。」
いや分かってる。
こんな話をしている場合ではないことぐらい。
相当心配かけたことぐらい分かっている。
でも『ごめん』で済むのかどうかが分からず、軽く下唇を噛む。
「………ギリアムの魔力がどうのこうのというのは」
ゼインの言葉にハッとする。
そして思った。……大人だ。
「ええと……フラメシュの禁書庫を見つけたの。フラメシュの紋で封印された、禁書庫」
「封印……お前、そこに突っ込んで行ったのか」
「まあね。欲しいものの為に手段を選ぶなんて魔女じゃないでしょ」
ゼインが大きな溜息をつく。
「……フラメシュの禁書とギリアムの関係は」
関係は……あると思ったから突っ込んだ。
「………噂」
「噂?」
ゼインが耳をピクリとさせる。
「そう、噂。フラメシュが長年付き従ったシエラには、遠く離れた土地にも届くぐらい有名な噂があったの。……春を連れて来る……つまり、天候を操るんじゃないかって」
「─────!!」
「……フラメシュが何が何でも守りたかったものって言ったら、やっぱりシエラの秘密に関することなんじゃないかって思ってね」
ゼインが呟く。
「……シエラ・ザードは魔女だった」
「そう。黒衣を纏うほどの強い魔女だった。そして……」
「……魔女として正しく死んだ」
ゼインの言葉に強く頷く。
「天候を操る力は、おそらく竜の血が持つ固有能力のはず。仮にシエラにその血が流れていたのなら、ギリアムも魔力と共生できる可能性がある」
ゼインが大きく目を見開いたあと、グッと一度唇を引き結び、頭を下げた。
信じられないことに、頭を下げた。
「……感謝する。ギリアムを想ってくれて……本当に……」
信じられない光景にパクパクと口を開けたり閉じたりするが、ゼインの小刻みに震える肩を見て、私の目頭も熱くなって来た。
「……わ、わたしだってギリアムの悲しそうな顔はショックだったのよ!…だからまあ、一緒に本を……」
「………などと私が言うと思ったか?」
「……はい?」
「……後から後からとめどなく怒りが湧いてくる」
「は?」
「罰として右半身だけ治してやる。しばらくは人体模型として反省の日々を送れ」
「え、せめて顔だけでも……」
「却下。見る価値無し」
「!!」
その日ゼインは本当に右半身だけ治して帰った。




