ゼインとリオネル
……さっきのアレは何だったのだ。
ディアナの頭の中で何が起こって私に自分より腕が太い恋人ができたのだ。ついでに私より背も高く肩幅も広い……女……?
「こりゃ、集中せんか。プシュッとな」
リオネルが私の顔に水鉄砲を発射する。
その一瞬で頭が冷えて我に返る。
「これが一番簡単だったでの、とりあえず作ってみたんじゃ」
リオネルの手に握られたのは、着色前のプラスチックでできた水鉄砲。複製魔法では無く、素材から作り出されたものだ。
「………本当にリオネルはちゃんと錬金術師だったのだな」
サマースクールから帰ったリオネルから、私宛にメッセージが届いたのは真昼の事だった。
『 引継内容確認したぞい。実験の準備しとくからなるべく早く来い。 とっても忙しいリオネルより 』
……もう何も言うまい。
どうやって私の連絡先を知ったのかだけは問い詰めるが。
「『本当に』と『ちゃんと』は聞き逃してやろう。しかし面白いのー。これは人間の子どもの遊び道具なんじゃろ?確かに水をいちいち汲みなおすのは面倒じゃな」
「ああ。そう思って水が自動で充填されるようにしてみた」
リオネルが放って寄越した、彼が作った水鉄砲を軽く発射してみる。
発射すれば立ちどころに水が充たされる水鉄砲。
この短時間でよくもここまで同じ物を作るものだと感心する。
「そりゃ玩具じゃなくて立派な凶器じゃな」
リオネルが心外な事を口にする。
「そんな事にならないように水圧を調整しているだろうが」
私は武器・兵器の類は作らない……ことになっている。
「まぁ別にどうでもええがの。この世界の発展は、結局のところ何かとの戦いに勝つための試行錯誤の結果じゃ。寒さと暗闇に勝つために火を道具にした大昔からなーんも変わりゃせん」
リオネルが肩をすくめて見せる。
「……本当にお前は、ちゃんと古き知恵を持つ偉大な魔法使いなのだな」
「よし、聞き逃がすのはやめじゃ」
城の一角に設けられたリオネルの実験室。
見たこともない道具と見たこともない文字で書かれた壁一面の設計図に囲まれた空間。
その部屋の真ん中の作業台でリオネルに向き合っていると、今まで誰にも話せずにいた事は、彼にこそ聞いてもらうべきなのだろうと思う。
「……リオネル」
「なんじゃ?」
リオネルが作業台の上に積まれたガラクタの山をゴソゴソとあさりながら返事をする。
「……アーデンブルクの事を聞いてもいいだろうか」
リオネルがゴソゴソと取り出したデジタル時計をポイッと再びガラクタの山に戻したあと、大きな目で私を見つめながら真正面を向いた。
「……この島には、アーデンブルクの魔法使いが残した相当量の兵器が眠っている。当時の人間の知識を遥かに超えた技術と、魔法を融合させた凄まじい兵器だ。……お前は知っているだろう?」
そう問えば、リオネルがニヤッと口端を上げる。
「んー、どうじゃったかのう?ワシとっても賢くて目に入れても痛くないほど可愛い子じゃったから、大砲ぐらいは知っとるがの?」
明からさまな嘘をつくな。分かりやすい大嘘を。
「リオネル、ディアナは知っていたのか?……あの魔女が兵器の開発を許したとは考え難い。だから聞くにも聞けず……」
「許すわけなかろう。当然じゃ」
「……やはりか」
リオネル強い口調で言い切ったあと、一つ息を吐く。
「まぁ……最初はの」
「え?」
「実験中にバレたんじゃ。めちゃくちゃ怒られたわい。…ベネディクトと一緒に」
「!!」
リオネルが遠くを見る。
「……ワシとベネディクトな」
「ああ」
「めちゃくちゃ仲が悪かったんじゃ」
「は?」
「アヤツは魔力は多いわ嫁は多いわ子どもは多いわ、つまり本物の〝りあじゅう〟じゃった」
「そ、そうか」
正反対の人生だった……でいいのか?
「毎日師匠の隣の席で飯を食う権利を争って、毎日どっちが課題を早く終えられるか勝負して、毎日夜まで言い争っとったわい」
……仲が良かったんだな。
「アーデンブルクはの、島全体が研究施設じゃった。独立した師匠の弟子達が魔法の研究をして暮らしながら、学校を卒業したもんを弟子として受け入れとったんじゃ」
「……学術研究都市だったのか」
「初めて聞く単語じゃの。とりあえずおぬしがガーディアン・ビルを建てた場所、あそこは物理魔法研究所っちゅー名前で呼ばれとった」
「……物理魔法」
「そうじゃ。あそこにおったのはな、錬金術師と魔法兵団じゃ」
──魔法兵団!
500年前あの場所以外にほとんど魔法使いがいなかった理由が分かった。
あの場所こそが彼らの拠点だったのだ。
「最初の頃は兵団が戦利品として持ち帰った人間の道具をワシらが分析するぐらいのもんじゃった。じゃが人間の進化は驚異的での、アーデンブルク最大の警戒対象はいつの間にか人間になっておった」
リオネルが私をジッと見る。
「……ワシとベネディクトは決して仲良しこよしでは無かったがの、師匠に関する事だけは意見がピッタリ一致しとったんじゃ。……ディアナ・アーデンには、古の魔女としては明らかに弱点があった」
「弱点………」
古の魔女としての……?
「師匠は人間を滅ぼせない」
「─────!」
リオネルが腕を組んで宙を見上げる。
「……じゃからな、アーデンブルクは要塞である必要があった。対人間向けの。ワシは師匠の座右の銘である『魔法は経験と想像』を逆手にとって研究を認めさせたんじゃ。弱い魔法使いが国を守るために知恵を絞る経験を奪うんか、弱いもんは戦う己を想像する事すら許されんのか……とか何とか言うて頭を混乱させて」
「……なるほど」
その光景が目に浮かぶようだ。
「……おかげで、おぬしの役に立ったじゃろ?」
リオネルと目が合う。
……全てお見通しか。
そう、人間の手から島を取り戻すために、残っていた兵器は相当役立たせてもらったのだ。
少しずつ自分の分身を作り、その分身に与えた僅かな魔力で連続稼働出来るようにひたすら改良を重ねた。
……魔法道具作りのスキルはあの日々で培ったとも言える。
リオネルがガラリと雰囲気を変え……というか元に戻し、のんびりとした声を出す。
「さて…と、今日の本題じゃ。お前さんが作った水鉄砲じゃがの、はっきり言って変じゃ」
そう言いながらリオネルが昔私がショーンのために作った青い水鉄砲を手に取る。
「これを見てみい」
そしてプシュッと水鉄砲を発射する。
……なぜかそこにいる妖精に向けて。
『あー!わるいこ!』『しんじられない』『いまのなに?』『なんでびしょびしょ?』
大騒ぎする妖精を無視してリオネルが続ける。
「お前さん知っとるか?妖精には魔法が効かんのを」
「魔力の及ばない世界の生き物だと読んだ記憶がある」
「そうじゃ。魔法が生まれるよりも遥か昔から存在する…まぁワシはその説には疑問を抱いとるがの」
「それは私もだ。魔法使いと同じように彼らもまた減っているのだろう?根源的には繋がっていると思う」
リオネルが頷く。
「じゃが事実として妖精には魔法が効かん。ゼインが作った水鉄砲の水が魔法である以上、妖精が濡れるわけないんじゃ」
リオネルが私の手から無色の水鉄砲を取り上げ、また妖精に向かって発射する。
『?』『ぬれない』『なにあいつ』『れんきんじゅつし』
やたらと知恵つきのいい妖精を再び無視してリオネルが続ける。
「どれどれ乾かしてやろうかの」
そして今度はドライヤーを取り出す。
作った当時は画期的だと思った電源コード無しのドライヤー。人間はすぐに追い付いたが。
じっとリオネルを見ていると、最大出力で妖精に熱風をあて出した。
『あつい!』『しんじられない』『まおうのてさきめ』『おぼえてろ!』
「のほほほほ、生意気じゃのう!」
「……やめてやれ。彼らもまた尊ぶべき存在なのだろう?確かに生意気だが」
「そうじゃ。じゃから今の状況は本当に珍しいんじゃ」
「……は?」
「妖精と意志の疎通ができるなぞ信じられん状況じゃ。おぬしの力じゃ」
「わ……たしの……」
「ゼインが育てたんじゃろ?この4匹は。ただの魔法使いには無理じゃ。妖精にすら影響を与えられる力を用いねば、これほど見事に人語を操る妖精が育つわけがない」
「────!」
リオネルが妖精に語りかける。
「のう、お前さんたち、ゼインは悩んでおるようじゃ。教えてやってくれんか。お前たちの父親は何者なんじゃ?」
妖精がキョトンとした顔でリオネルを見る。
『おとうさん?』『りゅうのほう?』『ちがう、まえのおとうさんだ』『むしのおとうさん』
虫のお父さん……。
「リオネル、私は別に……」
『むしのおとうさんまじん』『だよねー』『ちがう、もっとつよい』『まおうなりかけ』
……ま…まじ…まお?
「じゃとさ。よかったの、自分の正体がわかって」
「待て待て待て、まお…うになりかけのまじん?訳が分からない!妖精たち、ちゃんと説明しろ!」
「無茶言うな。もう少し育てんと無理じゃ」
まじん……まさか魔人?ランプとか壺とかやたらと狭い所に住み着く変な……魔王……いやいや、どちらにしろそんな思春期の少年が患う不治の病のような呼称、とてもじゃないが受け入れられん!!
「ゼインも、ちーっとは分かっとったじゃろ?ワシにこーんな本読ませて」
リオネルが差し出したのは、例の書庫から抜き出した一冊。
「……いや、私が知りたかったのは〝魔そのもの〟についてで、変態の化身のような呼称が知りたかった訳では……」
リオネルが目をパチパチする。
「何でじゃ?世が世ならスーパースターの誕生に世界中が狂喜乱舞して……」
リオネルがそこまで口に出した時だった。
部屋の前でドタドタと騒がしい足音がする。
「……双子だな」
言うより早くバンッと扉が開く。
「ゼインさん!リオネル!ディアナが血だらけだ!!ものすごい大怪我してる!!」
…ディアナが大怪我……あの大魔女が!?
「場所は!」
「図書館!!」
聞き終える前に体が転移していた。




