帰って来た双子
古代竜の出現で魔法使いがバタバタしていようとも、人間にはとんと関係が無い。
だから今日も今日とて巨大な機械に食器を詰めるという修行をこなし、全身で筋肉の痺れを感じながら私は帰りの車を待っている。
私を待たせるとはいい度胸だと、仁王立ちして待っているのだ。
「……アンタさあ、本当に人間?」
「はっ!?」
突然頭上から響いた声に首を限界まで折り曲げて見上げれば、そこには黒髪を一つに結ったホリーダがいた。
「ホ……?」
ジロリと見下ろされる視線に頭が軽くパニックになる。
ええと、ホリーダ今何て……
「普通の人間はねぇ……車を待つのに道路のど真ん中に立たないのよ!!アンタほんといい加減にしなさいよね!!」
「!!」
ガッと襟首を掴まれて、ズルズルズルズルと引きずられる。
「だ、だって迎えが来てないの初めてで、目立つとこにいた方が……」
「お黙り!!蛍光イエロージャージが何言ってんのよ!!」
はっ!?
「だいたいアンタは洗剤と消毒液の違いも分かんないしタッチパネルは触れないしどんな人生送ったらそんなにボケボケしてられんのよ!ついでにアレがああでコレもああでドレモコレモああで……!!」
突然道の端っこでお説教を頑張って聞く修行が始まった。
私の〝ちゅうたあ〟という役割のホリーダは、とにかく細かい。
「……もう本当に無事に家に帰ってちゃんと元気に仕事に来てちょうだい。お願いよ、ね?」
「………!!」
途中から全然聞いていなかったが、やっぱり優しい。
「分かった!?」
「は、はい!」
「……ほら行きなさい。車来たわよ」
「あ、うん」
ホリーダに背中を押されながら、見慣れた黒塗りの車へと近づく。
パッと後ろを振り返れば、すでにホリーダの姿は無かった。
「ディアナ様!!遅くなって申し訳ございませんでしたわ!!私としたことが一生の不覚……!!」
「ああ……いいのよ。来てくれてありがと」
トラヴィスがギリアムの石を探しに行ってからというもの、初日の朝以降の私の送迎は驚くべき人物が担っていた。
「何たる慈悲深き御言葉……!!」
アレクシアである。
なぜか国際免許とかいうものを持っていることになっている、超羨ましい変態魔女である。
「ディアナさーん!僕もいまーす!あ、乗ってください」
運転席の半分開いた窓から、ショーンが顔を出す。
「え、ショーンまで来たの?」
何とも不思議な組み合わせの出迎えに、首を捻りながら車の後ろ側に乗り込む。
「ディアナさん、遅くなってごめんなさい。クラーレットさんが魔女すぎて大変な事になっちゃってて」
「へ〜ぇ?」
アレクシアが魔女すぎるのは当たり前だと思いながらショーンの話に相槌を打つ。
「何を言うか、マメ虫。そなたが勝手にドライブレコーダーなぞ確認するからディアナ様を待たせるという失態を……!」
「いや確認して良かったですよ。まさか建物の中通り抜けるなんて非常識なことしてるとは思いませんでした」
「渋滞が悪いのだ」
………いやいや待て待て。
ネオ・アーデンの車には通り抜け魔法が………。
「……だからあれは立体道路ですって。通り抜け魔法じゃなくて、ビルの中をトンネルが通ってるんですよ」
心臓がドッキーンとする。
トンネル……。
「知っておるわ。地上のビルに穴を開けるぐらいなら、地下を掘れと言うておる」
ええと……私も知ってた。うん。
地下!そうそう、地下が先よ。
「……うーん、確かにそうなんですけどね。ネオ・アーデンは地下の開発は全面禁止なんです。ガーディアン・ビルより深い地下室を持つ建物を作ったら爆破解体という厳しさで……。きっとゼインさんは島の土を減らすのが嫌なんだと思うんですけど」
ふーん……。爆破解体に何の魔法使うんだろ。
想像以上に仲良くやっていたショーンとアレクシアに運ばれた水晶の城。
夕食時に食堂へと向かえば、そこにはなぜかサマースクールから帰った双子がいた。
そして既に食べ始めている。……生意気な。
「ほんとマジでリオネルヤバかったんだって!ビリビリッ!バリバリッ!プカプカ〜ってさぁ!」
「おいザハール、落ち着けって。そんな説明でディアナに伝わるわけないだろ?」
「だってダニールも思っただろ?リオネルがいれば父さんの缶詰工場もう一回復活できるんじゃないかって!」
「いや、明らかにオスロニアで社長する方がいいだろ」
ダニールには気を遣ってもらったっぽいが、実はザハールの話の中身は何となく理解できる。
小難しい話より遥かに理解できるのだ。
「で?雷撃落として浮き上がった魚どうしたの?リオネルの鞄にでも吸い込まれた?」
聞けば双子が目を見開く。
「「何で分かったの!?」」
当たり前だ。私を誰だと思っている。
「魚取りの修行のコツはね、雷魔法の技術の向上じゃなくて、海の中にいる魚をどうやって海面まで追い込むか、の方なわけ。雷の威力って海面にしか及ばないから」
「「へぇ〜!!」」
……というか、こいつらサマースクールで何をして来たんだ。滅茶苦茶高いお金払ったのに。ゼインが。
ついでにリオネルは帰って来て早々部屋に引きこもったらしく顔も出さない。
「それよりディアナ、ギリアムさん体調悪いの?しばらくこっちで暮らすってほんと?」
少し日に焼けたザハールが、人参を皿の上でよけながら喋る。
「きんに……ギリアム!!……ん〜と、少しの間よ。あんたたちは心配しなくていいから自分の世話だけしてちょうだい」
竜の件はコイツらには知られてはならない。
大魔女の子育て経験がそう言っている。
「……そっか。じゃあ俺たちもここで暮らすしかないな」
「は!?いや何でよ。あんたたち立派な成人でしょ?二人でしばらく……」
そう言えばザハールが頬を膨らます。
「だって俺らだけじゃままならないじゃんか」
「な、なにがよ」
「……寝るたびに魔力増える」
「は?」
「そうそう。夜中にポルターガイストしてる。特にザハールが」
「ポル……え、あんたたちどうやって……」
「ギリアムさんが夜な夜なキレ気味にやって来て、魔力を……なんかやってくれる」
ダニールの言葉にザハールも続く。
「ショーンさんより面倒くさいって」
「────!!」
な……なんてことだ。
ギリアムに何という迷惑を……!
「てか昼間はどうしてんの!?どうやって魔力押さえてんのよ!」
私の声に双子が声を揃える。
「「守り石に決まってんじゃん」」
「!!」
「昼は意識すれば何とかなるよ?でも夜はね……。サマースクールの時はリオネルが何かやってくれた」
「ダニールより俺の方がかなり成長が遅いって。嫌んなるよね、弟って」
それは少し違うだろう。
ザハールには魔物化を止めるために時間魔法を使った経緯がある。
「あんたたち、しばらく私の部屋で寝なさい」
「「……は?」」
「毎日経過観察するから」
双子が青褪める。
「だ…ダメダメダメ!!」
「無理無理無理無理!!」
「おだまり!さっさと人参食べて宿題やんなさい!」
ビシッと指差せば、双子の視線が私を通り抜けて、何かを見つめている。
「…誰が……なんだと…?」
そして食堂にゆっくりとした低い声が響く。
「「ゼ…ゼゼゼ……」」
「……そうか。お前たち双子には永久に目覚めない睡眠魔法が必要だったのか……」
カツンカツンと足音が近づいてくる。
「嫌だっ!!」
「退避っっ!!」
双子が消える。
「はあ?あの子たちいつの間に転移魔法なんか覚えたわけ?」
眉根を寄せて双子の残した皿を見つめていると、カツカツが私の隣に立つ。
「細かい事を色々言うつもりは無いがな、お前は全方位にもっと危機感を張り巡らせろ」
右隣を見上げて言う。
「ヒヤリハット!」
「それは忘れろ。…リオネルは?」
「あの子なら帰ってからずっと部屋から出て来ないわよ。夕飯抜きの刑執行中」
「分かった」
何が分かって、二人で何するつもりなんだか……。
「あ、私も分かった!ゼイン、ちょーっとそこに座んなさい」
隣の席を指しながら言えば、ゼインが舌打ちする。
はー偉そう。ほんと偉そう。
「なんだ。言っておくがお前に車の運転などさせないからな」
「は!?何でよ!……てそうじゃない。それも腹立つけど、そうじゃあない!!」
ゼインの眉根が寄る。
「……なんだ」
「いいからいいから、ちょっと顔貸して」
ゼインが訝しげに私を見たあと、顔を寄せる。
「……ヒソヒソ…クスンクスン。そりゃあの子の方が背が高くて肩幅も広くて腕もあんたより太いわよ?」
「は?」
「私二人ぐらい片手でポーンと運べるし、面倒見も良くて優しいけど!!」
「は?」
「ひどいじゃない!私に内緒で恋人なんか作って!!」
「…………はっ!?」
ゼインの顔が完全に私の方を向く。
「そりゃあの子は若いわよ?多分20代。でも……だからって私と正反対の子と……!」
「な、何の話だ!!」
ガタンと立ち上がったゼインの背後で、僅かに空気が震える。
……やはりか。
「おま、おまえは何を言って……!」
赤紫色の顔で今にも噴火しそうなゼインに近づき、腰のあたりにしがみ付く。
「……だめよーー!!ゼインは私のものでしょ!?」
『ほら、ここでギュッとして!!』
思念を飛ばせば、今度はゼインがぽかんとしている。
『……ぎゅっと………?』
そろそろと腕が回って来る…かと思いきや、ガッと肩を掴まれる。
「……ふざけるな。私は超絶忙しい。今は……駄目に決まってるだろう!!」
捨てぜりふを残してゼインは消えた。
ゼインがいた場所の方を見据えながら立ち尽くす。
……とりあえず、今は、って何だ。




