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竜の瞳

「…ニール様、甚だ不躾な頼みだとは思いますが、一時的に思念を繋がせて頂いてもよろしいでしょうか」

 

 トラヴィスの目的地らしいド派手な外観の屋敷の陰まで来た時に、申し訳なさそうに彼が切り出した。

「畏まっちゃってどうしたのさ。てか何で一時的?ずっとで良くない?」

 というか、切る方法あるの?

「えっ!」

「…えってなに?」

「あの……本当によろしいのですか?」

「え、だから何でそんなに気にするの?便利じゃん。ゼイン達とも繋いでるし、いつの間にかディアナちゃんとも繋がってるよ?」

 そう言うとトラヴィスが絶句する。


「その感じ……なんか……マズいの?」

 そう言うとトラヴィスがハッと我に返って頭をブンブン振る。

「マズ……くは無いですが、魔法使いの習慣からすると凡そ信じ難いと申しますか……」

「え」

「余程の信頼関係が無いと危険でございます。自分の考えが相手に筒抜けという事は、命を差し出すようなものでしょう?背中を預けるどころの話ではございません」

 トラヴィスの話に今度は僕が絶句する番だった。

 いや、考えてみればその通りだ。そんな事思いもしなかった。

 便利な通信手段だな…ぐらいにしか……。


「皆様のご関係は確固たる信頼の上に成り立っているのですね。……ディアナ様と…そうですか。羨ましい話です」

「あー…そこだけはちょっと悩ましくて……」

「なぜです?大いなる知恵に直接触れられるなど、願っても無いことでしょう?」

 ……いやね、笑いを堪えるのに必死なんだよ。ディアナちゃんの頭の中って言葉以上に強烈なんだって。

 でも確かに切るには惜しい。


「あー…まぁ僕は気にしないよ。潜入するんでしょ?デメリットよりメリットを取って行こうよ。あ、でも僕が女の子といる時は閉じててね。とても人には聞かせらんないから」

 そう言うとトラヴィスがクスッと笑う。

「もちろんです。側に寄るのも遠慮させて頂きます」

「は?…え、あー…そんな感じ?」

 言えばトラヴィスの顔から微笑みが消える。

 これは何かヤバい。

「……失礼。祖父もでしたが、父にも多くの妻がおりまして、女性というのはとにかくこう…面倒くさい」

 実感こもってるなー……。

「おっけー、ごめんごめん。でもトラヴィスもたくさん奥さんもらわないといけないんじゃない?ガジールの文化でしょ?」

「祝・国籍離脱」

 真顔で面白い。

「あ、いい仕事があるんだけど……」

「もしやロミオ・トラップ系ですか?ふふふ……?ええ、別に構いませんよ?ふふふ……?」

 ……笑顔が滅茶苦茶怖い。

 シェラザードの独裁者、娘を次の代表に据える気みたいだから頼もうと思ったんだけど、やめとこ。



 魔法使いらしく姿を消して忍び込んだ、ド派手で、何というか品のない屋敷の中。

 侵入して早々トラヴィスから思念が飛んでくる。

『ここはスネイクと呼ばれる男のアジトです。この辺り一帯の鉱山の元締めですね』

 スネイク……さっきのゴロツキの親玉か。

『もしかしてスネイクって犯罪者だったりする?』

 屋敷の廊下を静かに浮遊しながら進むトラヴィスを追いかけながら尋ねる。

『犯罪者どころの話ではありません。スネイクの鉱山で働かされているのは子どもです。…いわゆる児童労働。家族への支援を謳い子どもを働かせ、取れた宝石を市場に安価で流しています』

『……どこにでもあるとはいえ、あんまり気持ちいい話じゃないね』

『ええ。ですが残念ながら華やかな宝石業界の裏には大なり小なりついて回る問題です』

 ……分かっていても介入は難しい。

 出来上がったサプライチェーンを崩すには、大きな改革の波がいる。


 一つの部屋に入った時、トラヴィスがとある場所を指さした。

 おう……!これは見たくなかった。腹の出た中年オヤジの裸なんか見たくなかったよ!!

『……スネイクです』

 でしょうね!何なのこの真っ赤なベッド!侍らせた女の子たちの真っ赤な唇!

 下卑た笑い声と美しくない光景にゲンナリしながら、一つも表情の変わらないトラヴィスの後を追う。

 目を洗いたい。美しいもので目をゴシゴシ洗いたい。この際何でもいい。ショーンが美しいと感動していた数式でもいい。やっぱりそれは嫌だ。

 

 ふと見やればトラヴィスがじーっと壁際を睨んでいる。

 …ははあ、なるほど。

『…隠し部屋なら2番目の本棚の奥』

 思念を飛ばせばトラヴィスが驚いた表情を見せる。

『…どうして……いえ、そうでしたね。ニール様は人間の痕跡も分かるのでした。……行きましょう』

 ……一体どの程度の事がバレてんだろ。

 姿消してるんだから、片っ端から突っ込んで行けばいいのに、という疑問はとりあえず置いておこう。


 

 本棚をすり抜けた先で、トラヴィスの歩みがピタリと止まる。

『……ニール様、動かずに待機を』

 ピリッと緊張感のあるトラヴィスの思念に、頷きを持って返す。

 ……ヤバ、ちょっと緊張して来た。

『……監視カメラがございません。こういう場合……』

 そう言ってトラヴィスが見たこともない魔法陣を展開する。

 その瞬間訪れたのは、久方ぶりに目にする漆黒の闇……

「……うわあっっ!!」

 …の中に現れた無尽に走る赤い光。

 そして声を上げてしまった事に気づくが、後の祭りだ。

「大丈夫です。音声検知システムもございません。それにしてもやはりお見えになるのですね。これはいわゆるレーザートラップというものです。触れると火傷しますのでお気をつけて」

 やけどぉ!?どう考えても真っ二つでしょうが!

 というツッコミと同時に、トラヴィスが無鉄砲に突っ込まなかった理由を悟る。

 そして僕の目の事もほとんどバレてる。

 ……恐るべし。



「ニール様、顧客名簿を探して下さい。スネイクは上質な石を世界のコレクターに闇で売り捌いています。…探して欲しいのです。特別なガーネットの持ち主を」

 暗闇の中動き出すトラヴィスを見れば、何だかカッコ良さげなメガネをかけている。

 ははあ……。スパイ七つ道具的な……。

 部屋の中を走る光を避けながら、トラヴィスの背を追う。


「ガーネットって赤い宝石だよね?確かにギリアムには赤が似合うと思うけど……」

「それは違います。ガーネットはとても色の種類が多い石なのです。赤が有名なのは間違いありませんが」

「へぇ、そうなんだ。でも何でガーネット限定?」

「〝竜の瞳〟の異名を持つからです」

 竜の瞳……そうだった。トラヴィスは最初から竜の瞳を探してた。

「私がギリアム様に相応しいと直感的に思ったのは、滅多に手に入らないガーネットです。その持ち主を割り出します」

 トラヴィスの目には確信めいたものが浮かんでいた。あえてスネイクの顧客を選んだことにも意味があるのだろう。


「オッケ。……裏技見せちゃおう」

 腕の端末を外し、瞳に魔力を集める。

 ただでさえよく見える目が、暗闇の中全てを映し出す。

 部屋の奥にはオーク材のデスク。甘いよね。オシャレに気を使ってる場合じゃないでしょ。

 だって僕には見える。木の記憶が……。

「トラヴィス、壁の世界地図の裏だ!」

 しっかり頷いたトラヴィスが素早い動きで壁際まで移動する。

「……素晴らしいです、ニール様!」

 トラヴィスの感嘆とともに壁から現れたのは、いかにも怪しい隠し金庫。

 慎重に慎重に部屋を進んでトラヴィスの元へと移動すれば、ようやく覆っていた暗闇が晴れた。


 二人で今しがた現れた壁に埋め込まれた分厚そうな金庫の扉を眺める。

 扉には当然、鍵。

「あー……身体認証か」

 確か鍵開け呪文は鍵穴が無いと使えなかったはず……。

 そんな事を思い浮かべた瞬間、トラヴィスの手からまたもや見たことが無い魔法が放たれる。

 影がスルスルと金庫の中に入っていったかと思えば、内側からガチャっと錠前が上がる音がした。

「……あのさあトラヴィス、君って……悪い人?」

 トラヴィスがチラッと僕を見て、口端を上げる。

「ふふ?品行方正な優等生でしたよ」

「……どーだか」


 トラヴィスが金庫から取り出したのは、大当たり!のVIP顧客名簿。ご丁寧に紙製の。

 なるほどねぇ。今の時代デジタル技術は情報の搾取と防衛のイタチごっこだ。

 犯罪者は逆にアナログ式で情報を管理するわけか。データを残さないように監視カメラも音声検知も無し……。

 いやトラヴィス……あー……ですよね。世界を股にかける元諜報員だもんね。

 ガジール……意外と要注意な国だ。



 金庫を開けたトラヴィスが、僕の方をやや恥ずかしそうに見る。

「……あの、これはディアナ様には内密でお願いします……」

「は?」

 トラヴィスが本当に恥ずかしそうに使ったのは、意外にもシンプルな複製魔法。

「……魔法陣1000枚の課題……実はあまり好きではなくて……」

 消えそうな声でそう言ったトラヴィスに本気でツッコミたかった。

 ほんと君ね、絶妙だから。

 

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