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多忙なゼイン

 ──午前6時。

 

 出勤まで残り1時間半といったところか。

 腕の時計を確認しながら頭の中で残りの作業を組み立て直す。

 図書館には竜の討伐に関する目ぼしい書物は無かった。

 リオネルへの引継ぎ書は八割方完成した。

 あとは……と考えたところで、目の前のディスプレイにメッセージ受信の知らせが届く。

 そして同時に震える左腕。

 画面に触れればそこにはトラヴィスからのやたらと畏まった伝言。


『本日ディアナ様の元に馳せ参じる事が困難な状況となっております。ゼイン様には御多忙の折、甚だお手数をお掛けしますが、何卒ディアナ様を安全に職場までお届け頂きますよう、緊急時対応をよろしくお願い申し上げます。』


 …………馬鹿丁寧すぎる。

 確かにトラヴィスにとってはディアナが全てなのだろうが、いや、リオネルにとってもだが、それにしても堅苦しすぎる。低姿勢すぎる。

 これではまるで私がディアナを蔑ろにしている悪徳上司のようではないか。

 いいか、蔑ろにしているわけではない。ディアナは魔法以外では本当にポンコツなのだ。

 

 そう、『狭間の空間』を出てから図書館で資料を探す間、アイツは私の背後でフヨフヨ浮かびながら〝海底地形図〟についてとにかくしつこく質問を浴びせて来た。

 時間が無い中懇切丁寧に解説をした結果、見せろ見せろと駄々をこねだしたから、わざわざディアナの部屋で機器を起動したのだ。

 なのにポンコツは画像を映して1分で寝た。

 ……私の膝の上で。


 逆だ、逆。

 それは私の権利であって、お前がやっていい事では無い。

 というか本気で邪魔くさい。


「……ディアナ、起きろ」

 腹が立つくらいに危機感も警戒心も無いディアナの肩を揺する。

 返事は無い。

「おい、起きろ。緊急時対応だ」

 再び肩を揺すりながら呼びかければ、ボサァとした髪が動く。

「……緊急………古代竜!出たの!?」

 ガバッと起き上がった弾みで髪の先が私の頬を掠める。……腹立つ。

「……あれは古代竜なのだな。情報提供感謝する……な訳ないだろう!さっさと退()け!クラーレットを呼んで支度しろ!」


 ポンコツがぼんやりした顔で首を傾げる。

「……今何時?大魔女体内時計によるとちょっと早くない?」

 なんだその使い道の全く無い時計は。

「トラヴィスから連絡があった。今日は私が職場まで送る」

 言えばディアナの目が見開かれる。

「いやいやいやいや、何言ってんのよ!社長が送迎なんてダメでしょ!?あ……歩いて行くわよ!」

「一般常識を身に付けた事は褒めてやろう。だがお前を野放しにして後からトラブルを隠蔽する事ほど無駄な労力は無い。いいからさっさと支度をしろ」

 ディスプレイを消しながら言えば、ディアナがポンコツっぷりを発揮する。

「えー、じゃあお風呂入ろっと。グフフ、作っちゃったのよねぇ、城に。すっごいいい感じでー……」

「…………………。」

「お、おっけ!きんきゅーきんきゅー……こわっ!」

 黙れ。



 その後、軽く朝食を取ってディアナの部屋から出たところをクラーレットに目撃されたらしく、鬱陶しいことに10分に渡り絡まれ、クラーレットに大して変わり映えのしない化粧を施されるディアナをギリアムのいる狭間の空間で25分待ち、ショーンと一緒にいつまで経っても現れないディアナを部屋の前でイライラしながら待っていたところ、髪型が気に入らないのでやり直すと言い出したクラーレットに扉の外から失神魔法をかけてディアナを車に押し込んだ時には7時半を過ぎていた。

 

「やったー!私前の席乗るの初めて!え、ビルの中に車で突っ込んで行くの!?ネオ・アーデンの車って壁抜け魔法かけてんの!?」

 ポンコツが隣で何か言っているが、応える気力は残っていない。

「ねぇねぇ、そう言えばこの車どうやって城まで来たの?働く車とは違うんでしょ?何あげたら来てくれるの?」

 質問が5歳児以下だが全く可愛いと思えない。

 危機感が増す。

「あ、そうだ。あの樹の中に竜について書かれた本あったから渡しとく。つっても大昔の戦士が竜討伐の際にやってた祭祀の本なんだけど」

 本が目の前に突き出されたと同時に急ブレーキを踏む。


「……お前………」

「ん?なに?」

 もう溜息さえ出ない。一言も言葉が出ない。

 お前はどういう脳みそを装備して図書館で私の背後に付き纏っていたのだ。

 ……とにかく、魔女である時のディアナに対する尊敬と崇拝の気持ちに偽りは無いのだが、どうしても普段のディアナには尊とか崇とか付く感情が微塵も湧いて来ない。

「……あんま気負うんじゃないわよ?その本読めばあんたの悩みも少しは晴れると思うから。眠れない時はいつでも付き合うし」

 これだ、これ。

 尊とか崇ではなくて、もやもやと湧いて来るのは別の感情だ。


「……残り僅かなショーンの子ども時代を見逃す訳には行かない」

 言えばディアナが二、三度瞬きをする。

「なるほど!じゃあ城に泊まる布団自分で用意しなさいよ?いくら大魔女でも嫌味金持ち用なんか出せないんだから。あと図書館の管理も交代制ね!」

 このアホが……と握り込んだ拳をディアナの目の前で開いて、追い払う仕草をする。

「分かったからさっさと行け」

 

 ヨロヨロ歩いて行く、蛍光ピンク色のジャージ姿のポンコツな背中を見送ったあと、好奇心に勝てずに今しがた突き付けられた書物を開く。

 …………………なるほど。

「…………何時代の文字だ!!」

 




 人間ゼイン・エヴァンズになった午前9時、張り詰めた空気の中声を出す。

「……駄目だ。海路だけではなくて空路も塞げ」

「では社長、世界数百社の企業活動を止める、と……」

「いや、我々はガーディアンだ。不可能を可能にする為に存在する。世界の物流を滞らせず、それとは気付かれずに最後は我が社が利益を出す……そんな仕組みを考えろ」

 

 朝一で始まった幹部会議。

 言いながら自分でも無理難題だと思う。

 議題は当然、東西の大陸を結ぶ世界最大の航路で起こる船舶事故の件。

 ガーディアン所有の船と飛行機、それからネオ・アーデン船籍の船は全て航路を変更させるとして、問題は世界中でチマチマと動き回る人間どもだ。


 沈黙が支配する会議室。

「あー……忌憚なく意見を出してくれていい。今日はブレインストーミング方式ということで……」

 とりあえず意識して柔らかめの声音で言う。

 ニール不在の影響は大きい。

 

「……社長、そう言えばご存知ですか?あのランドンアパートが取り壊されるそうですよ」

 人の良さそうな丸顔の総務部長が出し抜けに話し始める。

「……ランドンアパート?」

「おや、ご存知ありませんでしたか。20年ほど前に火災を起こしたアパートですよ」

「ああ!そう言えば私も野次馬に行きました」

 今度はメディア事業部長が会話に加わる。

「あのあたりは治安も悪かったですものね。再開発されるのでしょう?」

 広報部長が茶を啜りながら言う。

 20年前の火災…どこかで聞いた記憶が……いやそうでは無い。なぜ今火災の話が……。


「取り壊されたら幽霊はどこに行くのか……」

「は?」

 総務部長の言葉に思わず声が漏れる。

「ああ、ランドンアパートは幽霊が住むアパートで有名なんですよ。何でもとある部屋では電気が一切使われていないのに、夜な夜なぼうっと光が灯るとか…。噂では本物の幽霊だと」

「確かその幽霊の部屋に連続強盗殺人犯が入ったのですわよね。幽霊が凶悪犯を警察に突き出したとかなんとか……」

 あのボロアパートか!

 という事は、幽霊はほぼ間違いなくディアナ……。

「噂が広まってとうとう住人が全員出て行ったという話でしたね。…ま、あそこは犯罪者の巣窟でしたから。若い頃ネタに困ったらあそこに行ったもんですよ」

 メディア事業部長が肩をすくめておどけて見せる。


「……噂」

 そう呟くと、幹部役員が一斉に私を見る。

 そして一斉にニヤッと口端を上げる。

「社長、噂の力は時に町を廃らせ、銀行を潰し、企業価値を地の底まで落とす。……使えませんか?」

 人が良さそうなのは見た目だけの総務部長が目を細める。

「……何か妙案があるのか」

 言えば細長い顔の財務部長が立ち上がる。

「ええ、実は社長が出勤される前にすこーしばかり案を出しておりまして……」

 ────!

「所管庁に、ネオ・アーデン年金基金の運用ポートフォリオを見直すよう()()してみてはどうかと……」

 ポートフォリオの見直し……。

「なるほど。噂に力を与えるということだな」

 言えば再び幹部役員が一斉にニコリと笑う。

 そして財務部長が言う。

「航路を変更しないワガママな会社の株をコッソリ売り払い続けましょう。……バレるまで」


 皆の顔と財務部長の物言いに思わず笑みが漏れる。

「…クク、恐らくすぐにバレるな。だが面白い。やってみるか?」

 とにかくあの海域に人間が近寄らなくなるならば願ったりかなったりだ。

「早速取り掛かりましょうぞ!」

 統合本部長…軍事部門トップのデカい男がガタンと立ち上がる。

「軍事部門に出番は無いだろう」

 言えばデカい体がピョンと飛び上がる。

「なーにを仰るか!サラスワからシェラザードを剥がした件をお忘れか!まずはアレと同じことを海域上空でやるのです!」

 総務部長が続ける。

「処分予定の社用機の在庫がありましたかねぇ……」

「広報部は何徹すればよろしくて?」


 

 何だかんだ会社を無碍に出来ないのは、こういうところだ。

 ニールが集めてくれる、ニールの性根そっくりな社員は可愛い。……人間の中では。

 と思いながら席を見回せば、全員が半月のような目をしている。

「……社長?今朝はご婚約者を送迎されたとか」

 メディア事業部長がタブレットを振っている。

「!!」

 そして響く大合唱。

「「お優しいですねぇ〜?」」


 ああ…もう疲れた。

 とりあえず今頭に浮かぶのは、なぜあの女の服が今日に限って悪目立ちする蛍光ピンクだったのかという事だけだ。

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