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ディアナの樹

 あーーーっっ最悪!!ほんっと最悪!!

 超カッコ良く私の大魔法を披露するはずだったのに!!

 ……何でよ、何でこんなにゴミ屋敷化してんのよ!!


「……聞くが、この扉を開くのは何年ぶりなのだ……?」

 特別研究員その1、ゼイン・エヴァンズ君が挙手せずに喋る。

「約400年!!」

 封印から目醒めた時に転がっていた私の鞄。当たり前だが一番最初に中身を確認した。

 ちゃんとこの樹と繋がっていたから後は放ったらかして魔法鞄として使ってた。


「…400年超分の埃………」

 ゼインがボソッと呟いて、腕を組んだ。

「ギリアム、ショーン、帰るぞ」

「「えっ!?」」

 えっ!?はっ?

「中は非常に気になるが、今は掃除などしている場合では無い。それに今やり始めても全て終わらせるには相当な時間と魔力がいる。今のショーンとギリアムにはさせられない」

 一歩も中に進もうとしないゼインに言う。

「じゃあ、あんただけでも手伝ってよ」

「断る」

 がーーんの上に、ちょ、おま、だ。


「…あんた……そんなに冷たい男だとは思わなかったわ……。弟子なのに…弟子なのに…弟子なのに………!!」

 両手の拳を握り締め、床を睨みながらブルブル震えて見せる。

「……はぁ。そうじゃない。時間が無いのだ。後3時間半で仕事に行かねばならない。それまでにショーンからのデータも確認したいし、リオネル宛の引継ぎ書も作りたい。余裕があれば図書館で……というか、まさかお前、外の世界で竜が現れたことを忘れた訳では無いだろうな」

 ……4分の3ほど忘れかけていた。

「ぶーぶー。なーによ……あ、分かった!こういう時のセリフだったのね!!」

 パチンと指を鳴らしてハンカチを出し、キーッと噛む真似をする。

 そして大声で怒鳴る。

「私と仕事、どっちが大事なのよ!!」


 言った瞬間訪れる〝無〟。

 なぜか空気が冷たい冷たい。


「……姉さん、それ男に言っちゃいけないセリフ殿堂入りのヤツっすよ」

「えっ!?うそ、ちょっと待って、そんなわけ……」

 左手を掲げて叫ぶ。

「『魔女でもわかる淑女の心得』!!」

 そして指を鳴らす。

 その瞬間、ホコリだらけの樹の上層から本が一直線に飛んで来る。

 ガシッと本を掴んでページをめくる。

「なになに、『……人間の女性は時折こういった質問で男性の心を試そうとします。古今東西、可憐な美少女にのみ使いこなせる難易度の高い台詞です。 ※魔女は決してやってはいけません。魔女は可愛くありません。可憐な魔女など存在しません。』」

 ……………………。


「……ェェェエルヴィラーー!!こんな小さな注釈で大事なこと書くんじゃないわよ!はあっ!?永遠の美少女なら使っていいのかと思ってたじゃない!!」

 バババッとページをめくる。

「……有能な魔女ならば、そこそこいい夜を過ごした男性の手首に自分の髪の毛で作った『囚われ人の印』を施して数人キープしつつ、そもそも働くのが大嫌いな魔法使いを笑顔で仕事に送り出し……あ、あ、あんたまさか………」

 エルヴィラはもしかしたらもしかしなくても、ベネディクトそっくりに育っていたのかもしれないという衝撃的事実に打ちのめされている私のことなど、もはや3人は見てもいなかった。


「ギリアム、ショーン、今のが分かりやすい取り寄せ魔法と具現化魔法の違いだ。同じ無詠唱でも、目の前に現れる過程は違うのだ」

「なるほどっす。今のあざとい女養成本が取り寄せ魔法、さっきのヘドロ色のハンカチが具現化魔法すね」

「そういうことだ」

「なるほど……。ディアナさんは身をもって研究員として最初の指導をして下さったんですね。分かりやすかったです」

「ああ。私ではなかなかこうもいかない。さすがは古の大魔女だ。コント仕立てとは恐れ入る」

 …………よし、そういうことにしといてもらおう。

 アレだ、アレ。

 怪我の功名……。



「ディアナ」

 ゼインが私の方を見る。

「な、なによ」

「外界と繋がらないこの空間で埃が溜まるという点に疑問がある。霞んでよく見えないが、ここで生活していた事があるのでは?」

 ゼインの言葉にギリアムとショーンが視線を左右に巡らせる。

「ああ……そうね、その通り。昔……ええと……ああ思い出した。ベネディクトとドンパチやってた頃あたりはこの樹の中に住んでたのよ。古い弟子たちと一緒に」

 言えば3人が目を見開く。

「弟子と……ああ、そう言えばリオネルが言っていた。『木の家』に住んでいたと。……まさか大木の中だとは思いもしなかった」

 しげしげとホコリまみれの空間を見回すゼイン。

「まあね。……この大樹を目印に私は島に降り立ったの。人間がいない場所を探しててね。このクラスの樹があるところは未開の地ってパターンが多かったから」


 ゼインが言った通り、この樹の中には数十個の部屋がある。

 〝アーデンブルクの始祖の魔法使い〟たちが暮らしていた部屋が。

 もちろん、リオネルが本当に若者だった時の部屋もある。


「……寿命、終えてるんすね」

 ギリアムが呟く。

 その瞬間にゼインとショーンがギリアムの方を振り向く。

「さっすがギリアム。その通り!とは言っても私が島に降り立った時にはもう残りわずかってとこだった。樹に宿っていた精霊の話だと、ほぼ私と同じ歳ってことで……いやいや違う!違うから!」

 3人がどうでも良さそうな顔をしている。

「……コホン、とにかく、精霊が立ち去ろうとしてたから、だったら貰っちゃえって思ってね。そのままの状態で時間を止めたの。しばらくここで暮らしたんだけど、ベネディクトのマサカンドを皮切りに次から次へと島が攻められるようになってねぇ……」


 しばらくは隠蔽魔法と防御系の結界でやり過ごしたのだが、ドンパチやればやるほど預かる子どもはどんどん増えていった。全戦全勝だから当然だ。

 ある日、中からも外からも火に気を配る生活にくたびれて、この樹のあった場所にありとあらゆる魔法を詰め込んだ建物を造った。

 ……後の、魔法学校北校舎だ。

 

「……なるほど。保管場所に困ってこの空間に移した……という訳だな?」

 ゼインが顎に手を当てながら言う。

「ご明察!ま、それからほとんど中には入ってないのよね。魔法鞄との道具の行き来だけ…って感じで」

 だから実際は400年分どころのホコリでは無いのだが、これしきの事で反省するなど大魔女ではない。

 ホコリの中でふんぞり返って見せれば、誰も私のことなど見ていなかった。


「この樹はフラメシュの城に匹敵する…いや、それ以上の価値があると思われる。お前の魔女としての人生全てがここにあるのだろう?」

 飽きずに樹の中を眺め回しているゼインの言葉に一言だけ返す。

「……おっしゃる通り」

「分かった。掃除用の道具を用意する。だからお前は竜の件に集中しろ。……返事は『はい』のみだ」

 ぐぬぬぬぬ…!突然偉そう……!

 でもどちらにしろ返事は一つしか無い。

 大量のホコリに加えて、とにかく物が溢れ返ったこの場所の掃除は、自分一人の清浄魔法だけじゃ途轍もない時間がかかる。

「………はい」

 血を吐く思いで口にすれば、くるりとゼインが踵を返す。

「よし。では戻り方まできちんと説明しろ。行くぞ」

 ………負けた感が半端ない。


「ヒソ…ディアナさん、大丈夫ですよ。ゼインさんは仕事よりディアナさんが大事ですから」

「!!」

 去り際にショーンが耳元でヒソヒソ言う。

「…ヒソ…そっすよ。多分この件終わったら勝手に新しい休暇作るっす」

「は!?」

「何をコソコソやっている。早くしろ」

 振り向いたゼインの元へ、悪戯気な笑みをたたえながら二人が駆けていく。

 意味不明な話はさておき、とりあえずゼインが用意する道具が新時代の箒なのだったら、是非とも一本分けてもらおうと思った。


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