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秘密の空間

「よーく覚えなさいよ。間違ったら死ぬまで迷子よ!」


 ディアナさんがそんな事を言い出したのは、クジラのお腹の中のようなシュールな空間で、古いトランク型の魔法鞄が床に下りた瞬間だった。


「何をだ」

 ゼインさんの質問も最もだ。何を?

「だから、ここがどこだか分かんないって話よ」

「わかった。早く言え」

 えっ!?ゼインさん、今の会話のどこで何が分かったんですか!?

 隣に立っているいつもよりぼんやりしたギリアムさんの顔をチラッと見ると、真顔で首を横に振って返す。

 …ううむ………。


「さあ頭に刻むのよ!行くわよ!『我が名はディアナ・アーデン……』」

 あ、これ契約呪文の出だしだ。

 そっか、この空間は封印魔法の失敗で使い方が分かったっていう話だった。

 封印魔法と契約魔法……うわぁ勉強になる!

 初めてゼインさんの邸の金庫を開ける呪文を聞いた時ぐらいドキドキして来た!!


「───『永遠の美少女なり』よっっ!!」

 ……………。

 あれ?ドキドキが一瞬で消えた。


「……今すぐに変更しろ」

 ゼインさんの顔から表情が抜けてる。

「……お願いするっす」

 ギリアムさんの顔からも!

「……では僕からも………」

 どのぐらい大事な呪文か分からないけど、何となく、コレは無いなって思う。


「なんでよ!!こんなに覚えやすくて強い契約誓文が他にあるっての!?」

 ディアナさん本気で言ってるんだろうな。

 目を見開いて驚いてるし。

「脳を通らず右から左に抜けた。そうだな……『実は左利き』にしろ」

「……え、何で知ってんの?」

「咄嗟に左手が出るだろう」

 へぇ〜さすがはゼインさん。ディアナさんのことよく見てますね。

 そっか、左利き……と思った瞬間、隣でギリアムさんがボソッと言う。

「……左利きは芸術家肌が多いって聞いたことあるな」

 え、ちょっと待って下さい。

 ご存知でしょうけど僕も左利きなんですよ?

 この部屋のセンスと同列はキツいです。


「…ったく、じゃあそれでいいわよ。いいこと?中に入ったらすぐに呪文を唱えんのよ。唱えたら何とかなるようにしてるから。はい、行った行った!」

 ディアナさんがゼインさんの背中をボンッと押す。

 その様子を見てギリアムさんと二人でギョッとする。

「──ちょ、待…説明!」

 ゼインさんが抵抗空しく、鞄の中に吸い込まれて行った。

「うわ、こ、怖……」

 ちょっと呟いてみたけれど、ニッコリ笑顔のディアナさん。

「は〜い、行ってらっしゃい!後で会いましょう!」

 ギリアムさんと無言で目を合わせ、大きく口を開けたトランクに黙って二人で飛び込んだ。


 

 心臓がキュッと鳴るのを感じる。

 体にすごく心地よい風を受けている気がするけれど、重力を感じないから落ちているのかは分からない。

 自分が立っているのかどうかも定かでは無い空間。

 目を凝らしてみても、暗闇以外に目に入らない。

 というか……自分が目を開けているのかどうかも自信が無くなってくる。

 この中に落ちてしまった子どもの精神状態は大丈夫だったのかな。……気が狂いそう。


「……ゼインさん?……ギリアムさん?」

 空間内のどこかにいるはずの二人を呼んでみる。

「………………。」

 返ってくるのは沈黙だけ。

「よーし!呪文だ!ええと『我が名はディアナ・アーデン。実は左利き!』…こんなのでいいのかな……」

 ゼインさんの金庫の解錠呪文はものすごく長いんだけど……。


 そんな事を思った時だった。

 暗闇しか無かった空間に、ポポポポポと明かりが灯り出す。

 そしてそれがゆっくりとカーブを描きながら僕の方へと近づいて来る。

「……松明?」

 ディアナさんからマッチを教わったあと、資料で見たから間違いない。

 近づいて来る無数の明かりは、左右に分かれながらこちらにやって来る松明の行列だ。


「───すごい!!」

 思わず叫んでしまう。

 ピタリと止まった松明が、僕の目の前に描き出したもの。

 それはまるで暗闇の中に浮かび上がる光の道のようで、緩やかにカーブを描きながら淡い橙色の世界へと僕を導いている。

「すごいすごい!!魔法の世界だ!!」

 …あ、いやそうなんだけど、普段あんまりそんな事思う機会無いし、ええとこんな本物のファンタジーみたいな……。

 

 門から玄関へと続くアプローチのように左右を照らす松明の間をくぐり、光の残像を辿って歩き出す。

 ディアナさんが作ったんだろうな。凄いな。自由に魔法が使えるっていいな。どのくらい修行したんだろう。

 僕が作った部屋とは全然違う。あそこには重力も魔法陣が描ける壁も床も天井もある。作業するための光源だって確保できる。

 ……ゼインさんがいつも悩んでた気持ちが少しだけ分かったな。自分には魔法使いとしての伸び代が無いってよく言ってたっけ。

 僕にとってはゼインさんが全てだったけど、ゼインさんが古の魔法使いに憧れた気持ちはすごくよくわかる。

 だからディアナさんという師匠を得てからのゼインさんの変わりようも当然のことだな、うん。

 


 歩き続けてしばらく、道が途切れる……そう思った時だった。

 突然目の前に現れたのは眩い光。

 光の中には何かが聳え立っている。

 まるで月の光に照らされるように、柔らかく輝きながら高く高く伸びている。


「………きれい」

 見上げながら思わず呟いた。

「……本当だな」

 ハッと声がした右隣を見れば、そこにはいつの間にかゼインさんがいた。

「……姉さん、ハンパじゃ無いっすね………」

 左隣にはギリアムさん。

「……大魔女…なんですね」

 そう言えば、ゼインさんが何故か嬉しそうに微笑む。


「光が集まるぞ」

 ゼインさんの言葉で僕の目は聳え立つ何かに釘付けになる。

「──あっ!!」

 口に出したのと光が姿を変えるのは、どちらが早かっただろう。

 現れたのは、見たことも無いほどの巨大な樹。

 てっぺんが全く見えないほど高くて、一周するのにどれだけ走ればいいのか分からないほど太い……

「……荘厳だ」

 呟いたゼインさんが息を飲む。

「……言葉にならないっすね」

 ギリアムさんがひたすら巨大樹を見上げている。


 僕はというと、全身にビリビリと電気が流れるような不思議な感覚になっていた。

 心臓はドクドク鳴っているのに、ゆっくりじんわりと心を支配する温かさ。

 これは喜び…驚き…感動……?

「あ、扉があるっす!」

 ギリアムさんの言葉にハッと大樹の根本を見る。

 ゼインさんと目を見合わせる。

「……行ってみよう」

「はい!!」



 僕って何てちっぽけな存在なんだろう……そんな事を思いながら、ギギギギギ……とゼインさんが大樹の根本にある観音開きの扉を開くのを見つめる。

 扉が開くたびに漏れて来る光の筋に、否が応でも胸が高鳴る。


 ──開いた!!

 そう思った瞬間。


「全員ごうかくーーー〜〜っっっ!!!」

 大声とともに眼前を遮る、宙に浮かぶディアナさん。

 ポポポポポポンッッッと弾け飛ぶ花吹雪が視界の端でチラチラ舞う。

「……は?」

 ゼインさんがポカンとしている。

「…合格っすか?」

 ギリアムさんが首を傾げる。

「何かのテストだったんですか?」

 だとしたら何を試されたんだろう……。

「合格合格!!あんたたちをディアナ・アーデン魔法研究所の特別研究員に任命するわ!!」

「特別…」

 ゼインさんが呟く。

「研究員…」

 僕も呟く。

「…拒否権は?」

 ギリアムさんが勇気を出す。


「君たちの名誉を讃えて……」

 聞いてはいなかったらしいディアナさんが消え、目の前がひらける。

「……掃除……手伝ってくれない?」


 ひらけた先に見えたのは、一面の雪景色……ならぬ、積もりに積もった大量のホコリだった。

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