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石を求めて

「あっつー……。夜だってのにこの暑さ。昼は想像すらしたくないね」

「ええ。ここサンゼリアは、世界で最も気温が高い地域に属しますからね」


 僕とトラヴィスはギリアムのための石を求めて、ネオ・アーデンから遠く離れた赤道直下の国へと来ていた。

 トラヴィスが世界中を旅していた事は疑いようが無い。過去に行った事が無い場所に転移することはできないから。


「トラヴィスは何か確信があってこの国に来たの?」

「そうですね…。先ほどの60階でのやり取りで、一つ思い出した事がございます」

「思い出したこと…」

「ええ。……竜の瞳、です」

 竜の………。

 トラヴィスの足取りは、間違いなく目的地へと向かっている。クネクネと伸びる細い路地を迷いなく歩く。

 宝石店で働いていた時に来たのだろうか、何かの石に見当がついている。


「助かります、ニール様」

「どうして?」

「……実は、魔力の微調整に苦心しております」

「えっ!?」

 全く感知出来ない魔力に、見えない色。

 完璧に制御しているとしか思えない。

「石の状態を見るのに、微妙な差異までは見分けられないだろうと思案しておりました。…ギリアム殿の様子を見るに、試行錯誤する時間も無いだろうと」

「…封印の影響?」

 トラヴィスが軽く視線を落とす。

「いえ、今私に流れている魔力は自分のものだけでは無いのです。ディアナ様のお話では、祖父の魔力が私の中で溶けている……と」

「溶ける……?え、ベネディクト・サーマンの魔力がトラヴィスの中にあるってこと?」

「ええ。…今こうして生きているのも、祖父のおかげだろうと」

 トラヴィスが少しはにかむ。

「私は上の世代から随分と過保護に守られていたようです。…お恥ずかしい話です」

  

 彼の話は何となくしか理解できないけれど、上の世代からしてみれば、それだけ守る価値のある存在だったって事だ。

 僕は知ってる。

 子どもだからって、親から守ってもらえる存在ばかりじゃ無いってことを。

 想像の域を出ないけど、ベネディクト・サーマンには数多くの子孫がいたはずだ。

 だけどトラヴィスじゃなければならなかった。

 ……そこには並々ならぬ事情がある。

 


「ニール様にはもう一つ感謝申し上げねばならない事がありました」

「……何?」

 トラヴィスが僕の瞳をじっと見る。

「な、何?」

「いえ…おそらく、私は自分の記憶を封じる最後の日にあなた様をお見かけしました」

「……え?」

「20年前……魔法使いとしての自我を失う前にもう一度アーデンブルクを見ておこうと、私は島に帰ったのです。……リオネル様をお探しする、最後の機会だとも……」

 僕は静かに彼の瞳を見つめ返す。


「当時、ネオ・アーデンの街は大騒ぎになっておりました。大規模なアパート火災が発生していたのです」

 アパート……?

「あ、子どもが取り残されてた?」

 トラヴィスが頷く。

「はい。……実は私は子どもの居場所が分かったのです。ですが、言い出せなかった。『なぜ分かったのか』に答えられる自信が無かったのです」

「ああ……まぁ、ね」

 それは仕方無いと思う。僕も似たような事をやって来た。

「ですがあなた様は……あの時はよもや魔法使いだとは思いもしなかったのですが、救助隊に的確に子どもの居場所を指示していらっしゃった」

「────!」

「その鮮烈な瞳の記憶が……私の封印を解くきっかけになったと思います」

 うーん……妙に気恥ずかしい。

 しかしそうか。端末を付けてる負の部分が出たんだ。

「……もう少し早く出会えてたのに、辛い思いさせてごめんね」

 そう言うと、トラヴィスが柔らかく眉を下げた。




 しばらく街を歩いたところで、二人同時にピタリと歩みを止める。

「……面倒ですね」

「……そうだね」

 正面を向いたまま、横目でお互いの位置を把握する。

「…聞くまでも無いと思うんだけど、ちなみに、体術の方は?」

 そう問えば、トラヴィスが僅かに口端をあげる。

「オッケー!!」

 

 バッと二人同時に路地の反対側へと飛びずさる。

 トラヴィスが壁を蹴り、ヒタヒタと着いて来ていた足音の裏側へと飛び降りる。

「な、なんだ!?」

 物盗りかどうかは知らないが、薄汚れた男たちの集団が頭上を舞ったトラヴィスを視線で追う。

 …3、4…6人か。めんどくさ。

「はいはい君たち、用があるならちゃんと手順踏んでくれる?僕たち忙しいんだよね」

 屋根の上から適当にこの辺りの国の言葉で呼び掛ければ、今度はギョッとした顔で男たちが僕の方を見る。


「お前らどこのシマのもんだ。ここがどこだか知らねぇわけじゃねぇだろうな」

 適当に喋ったけど通じたみたい。ゼインのスパルタ教育も受けとくもんだねぇ。

「ごめん、知らない」

「ああん!?」

 どうやら凄んで来る眼帯スキンヘッドがリーダー格らしい。

「ここはドン・スネイクの縄張りだぞ!よそもんに入られたとあっちゃあ、ドンの名に傷がつく。…やれ!」

「「おうっっ!!」」

 スキンヘッドの掛け声で、男たちが銃を構える。

 ……こういう時思うよね。魔法使いって卑怯だなって。

 撃たれる恐怖ってのが無いんだもん。

 それにしてもドン・スネイク……頭領(ドン)・スネイク?


 何てことを考えてたら、トラヴィスが物凄い早さで男どもに手刀を放ち出した。

 ……強い。

 的確に首を打つ手際に思わずパチパチと拍手する。

「…ニール様、おふざけも大概に」

「あ、そう?僕の出番無いなと思って」

 そう言えばトラヴィスが肩を竦める。

「な、何をした。なぜ撃てない!!お前たち……何者だ!!」

 最後に残ったスキンヘッドがガチャガチャと引き金を鳴らす。

「…あなた、この国ではその様な銃が流行っているのですか?暑いので維持管理が大変でしょう」

 トラヴィスの言葉にスキンヘッドが自分の手元に視線をやる。

「………はっ?」

 そして呆然と言葉を出したスキンヘッドの首元をトンッとなでればそれでお終い。

 いやぁ……見事だったよね。


 パンパンと服の埃を払ってトラヴィスが元いた場所に戻って来る。

 僕も屋根から飛び降りて、再び並んで歩き出す。

「……チョコレートですか。理由を伺っても?」

 トラヴィスが前を向いたまま僕に問う。

「あー……やっぱりアイスの方が良かったかなぁ。でも難しくない?冷たいから気づかれちゃうじゃんね?」

「………はい。……と、申しますと?」

 ……ですよね。

「僕ね、修行中なわけ」

 言えばトラヴィスが目をパチパチする。

「ギリギリまで相手を傷付けずに事態を回避する方法を考える修行」


 トラヴィスが一瞬だけ歩みを止めた後、少し俯く。

「……なるほど、聖魔法ですね。せっかくお強いのにもどかしいものですね」

「強く無いって。僕基本飛び道具専門だし」

 トラヴィスが顔を上げる。

「何と。聖魔法使いの共通項なのでしょうか。ディアナ様と射的で競われてみてはいかがです?」

「………は?」

 トラヴィスの言葉が耳から脳までなかなか届かない。

 ディアナちゃん…筋力ゼロのディアナちゃん…射的…え、武闘派?ゴリゴリマッチョ?

 昔は怖かったってそういう……


「ディアナ様は弓の名手でございますから。…お美しいのですよ、ディアナ様の弓構えは」

「えーー!?そうなの!?…意外。正直意外」

 そう言うと、トラヴィスがクスリと笑う。

「ここだけの話、祖父はディアナ様の矢にハートを撃ち抜かれたのだそうです。…ふふ、叶わぬ片想いの始まりです」

「あー……やっぱりお祖父さんって……」

 だよね、そうだよね。

 ディアナちゃん以外みんな気づいてるよね。

「……愛していたのだと思いますよ。消えるその瞬間まで。ですが叶わぬ事も重々承知しておりました」

「そうなの?長い事一緒にいたらワンチャンありそうなもんなのに」

 盗聴器無いよね。ゼインには絶対聞かせらんない。


「ディアナ様は、自分より強い男性が好みだと……」

「…はい?」

「……アーデンブルクにディアナ様より強い者などいるはずもなく……」

 ……いや何でトラヴィス護衛してんの?

「ゼイン様はきっとお強いのでしょうね。いつかお手合わせ願いたいものです」

「あー……ゼイン強いけどね、戦う前に罠にかけるタイプだよ?しかも多重トラップ」

 今のトラヴィスのその思考がもはや罠に掛かった後なんだって。

 トラヴィスが顎に手をあてる。

「それは……なるほど?ディアナ様が一番弱いところですね」

「ははは………」

 彼はなかなかいい性格をしている。



 何となくだけど、上の世代が彼に期待したのが分かる気がする。

 絶妙なんだ。

 完璧じゃなくて、絶妙。

 過酷な世界を生き残るために必要なのは完璧さじゃない。

 時に守られて生き延びる強かさもいる。

 ……そして、他人がそうしたくなるような雰囲気と容姿も……ぶっちゃけた話、いる。

 

 

「それじゃあ仕事に掛かろうか?」

「はい」


 僕とトラヴィスは、夜闇の中を静かに目的地まで歩くのだった。

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