壊滅的センス
ギリアムの顔色がどんどん悪くなる。
手を当てて魔力の流れを確認すれば、想像通りの事態が起きていた。
体の中で魔力が暴れている。まるで何かと戦うように。
呼応…とでも言うのか、海の竜の呼びかけで、抑え込んでいた竜の血が活性化しているのだろう。
魔力は魔力で生き残りをかけて必死だ。
ギリアムの顔に手を当て考える。
…どうするべき?魔力の暴走を止めるために魔封じ結界の中に入れる?
でも竜の血を濃くしてしまったら、それこそ海の竜を呼び寄せる事にならないだろうか。
あの竜はそれほどまでに強い。
モニターとかいうものが映していたのは、かなり高いところからの海の映像。あの距離で吠えた声が画面越しに届くのだ。
……確実ではないが、恐らく古代竜の一種だろう。
「…隠すのが先!魔封じはそれからよ!」
空き部屋の一つにギリアムと妖精とミニ竜を運び入れると、床に魔法陣を展開する。
魔法陣に沿って床を円形にくり抜けば、すかさずその中へと潜り込む。
そして記憶力を振り絞る。
ギリアムは静かなところが好き…船が好きで海が好き……。
頭の中に色々なギリアムを思い浮かべながら、空間内に隠し部屋を作っていく。
床下ではなく、どこだか分からない空間に。
「よし!でき……た?」
できたにはできたのだが、超スピードで仕上げた結果、部屋はカオスなことになっていた。
何色と例えるのも難しいほど赤黒いピンク色の壁と、底なし沼のような青黒い床。
……ううむ、おかしい。
私のイメージではショーンの部屋みたいな綺麗な空間に仕上がる予定だったのだが……。
頭を左右に捻りながら、なぜこんなに魚の内臓のような色彩になったのか考えてみるが、考えている時間はないのだった。
「ま…まぁ、仮宿だしね?居心地いいと出たくなくなるし……」
誰もいない空間で言い訳をしつつ、最後に扉の接続に入る。
えーと、さっきの城の空き部屋と繋げるでしょ?60階とも繋げた方がいいのか…ゼインの結界を破ることになるから後回しにしよ。面倒くさいし。
色々考えたが、結論として扉は明るい色にしようと決め、真っ黄色の扉を壁に描いた瞬間に、遠くから声が聞こえて来た。
「……ディアナさ〜〜ん!いらっしゃいますかーー!?」
ショーンである。
「いるわよー!すぐもどるー!!」
空き部屋に戻る前に今しがた出来上がった部屋をチラッと見て、最初からショーンに頼めばよかったと思った。
「あ、ディアナさん!ギリアムさんどうされたんですか!?顔色真っ青です!あと妖精とミニ竜……」
焦り顔のショーンを手で制し、ゆっくりと言葉を出す。
「……オッケー、説明するから頑張って聞き取ってちょうだい」
「は…はい」
ショーンに模型と霊木を持たせ、ギリアムを水平を保ったまま慎重に宙に浮かべる。
ショーンを視線で促し一旦空き部屋の外へと出ると、城の廊下側からドアノブに空間接続の魔法陣を描く。
カチャリと扉を開けばそこは私が作った……
「………ええと、クジラのお腹の中……ですか?」
ショーンの台詞に妖精どもが霊木から首を伸ばす。
『かいめつてきせんす』『かいめつ?』『すくいようがないこと』『へー』
「だまらっしゃい。ショーン、これは話せば長くなるのよ。そうあれはギリアムと初めて屋敷妖精を見つけた日だった……とか言ってる場合じゃ全然無いの!」
「聞いてません!」
「とにかく聞いてちょうだい。実はね……」
踏めばパシャパシャと音がする、海をイメージして作った床を進み、ギリアムの船をイメージして作ったはずの幽霊船のようなベッドにギリアムを寝かせる。
ギリアムの周りに魔封じ結界を施し顔色を見ながら微調整する。
その間舌の根の乾く間もなくショーンに事の顛末を語り続けていた。
「…竜………ですか」
「そうなのよ。ギリアムとミニ竜の様子、それから妖精の話をまとめるとそうなる」
「海の竜……なんですね。ゼインさんのさっきの連絡の意味が分かりました」
相変わらず仕事が早い。そろそろ私も本気出して魔法使いの通信手段を構築すべき時かもしれない。
……するのはリオネルだが。
「とにかく、どうやら竜は仲間を探してるみたいなの。ゼインは色々と方向性が決まるまではギリアムの居場所を隠したいみたい」
そう言えばショーンが浮かない顔をする。
「……違いますよ。方向性が一つしか無いからギリアムさんを隠すんです」
「え…?」
「ディアナさん、昔はどうだったか分からないんですけど、現代では例え小さな動物だって人間を襲ったら駆除されるんです。……僕らは厳密に言えば人間の営みからは外れた存在ですけれど、そこのルールを無視出来るほどの…ええと何というか……」
ショーンが一生懸命に言葉を選びながら私に何かを伝えようとしてくれている。
「……ゼインさん、死ぬほど悩んでるって言ってました」
「……は?」
「何の話だろうと思ったんですけど、ゼインさんのことだから僕らに気兼ねして一人で背負い込むつもりなんだと思います。…だからディアナさんに助けて欲しいって……」
ゼインが……死ぬほど悩む?
んなアホな、と思ったのも一瞬、確かにトリオに関することならありえなくはない。
「……分かってる。ショーン、ちゃんと分かってるわ。襲われたのが人間だったから竜を放っておけなんて言わないわよ。襲われたのが魔法使いだった時と同じようにする」
そう言えばショーンが少し興味深そうな顔をする。
「竜と戦うノウハウがあるんですか?」
「ノウハウって何?」
「あー…ええと、定石、セオリー……あ、戦術!」
戦術……。
「そうねぇ、戦術だったらトラヴィスの方が詳しいでしょうね。でも私の方が断然詳しいことがある!」
低い声を出してショーンの鼻先に指を突きつける。
「……実は竜はね………」
「ゴク…りゅ……竜は……?」
「すっごーく高級な素材だったの。んふっ!」
「素材………」
「そうよぉ!髭の一本から爪の先まで余すとこなく高級品!!だからゼインはどの方向でサバくか悩んでるってわけよ!それこそ大魔女ディアナ様におまかせあれってね!!」
ショーンがスンッとした顔をする。
「…………ディアナさんて……魔女なんですね」
「ん?」
「すっごく……魔女なんですね」
「そうよ。けっこう大魔女」
ショーンが大きな溜息をつく。
「…今の話、ギリアムさんにはしないで下さいよ?」
「え、何で?できれば髪の毛欲しいんだけど。でもラッキーだわ!本物の竜からならギリアムの髪の毛1000本分に相当する髭が取れる!!」
「もう!ゼインさんに言いつけますよ!」
はいはい、本当はわーかってるわよ。ゼインは竜を討伐したくないんでしょうよ。でもやらなきゃなんないから大魔女に土下座して雰囲気作りを頼んだってとこよ。
……あ、土下座がまだだった。ツケね。
「とにかく、ギリアムさんには……」
ショーンが呟いた瞬間、背後から静かな声が聞こえて来た。
「あー……大丈夫っすよ。俺、聞こえないフリ得意なんで……」
「「!!」」
それからはドタバタだった。
「ギリアムごめん!本気で冗談なんだって!髪の毛じゃなくて本当は歯!歯が欲しいの!!」
「ディアナさん!!何のフォローにもなってません!髪も歯も爪もダメです!!」
「え!?じゃあせめて筋肉だけでも触らせてちょうだい!お尻の筋肉でいいわ!大魔女の一生のお願い!!」
「「…………………。」」
とりあえずショーンにより、ギリアムと二人きりの時には半径1メートル以内への接近が禁止された。




