竜の咆哮
「つまりこの海域で暴れているのは竜って事だな?」
『さがしものしてる』
「探し物……?」
ゼインが妖精を詰めている。
妖精相手に尋問ができる弟子など初めての事である。…いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
ゴルドの発した言葉を取り掛かりに、私たちはゼインのデスク前に集まってモニターをグルリと囲んでいた。
モニターの真ん前には目つきの悪いゴルド。
さすがは正体不明の生き物、妖精である。
魔力感知システムとかいう機械が集めた音を見事に通訳してみせるのだ。
「ゴルド、もう一度聞く。お前には〝音〟では無く、〝声〟が聞こえているのだな?」
『…おととこえちがう?わからない』
ゴルドが首を傾げる。
確かに改めて聞かれると、何と説明すべきなのだろう。
ゼインが小難しくない言葉で説明してくれたら助かるのだが。
「……システムは切る」
説明せずにゼインが立ち上がり、モニターを真っ暗にした。
ギリアムが横たわるベッドの足元側に座り込み、隣にいるトラヴィスに話しかける。
「ねえトラヴィス、現代人は音と声の違いをどう捉えてんの?両方とも同じ呪文体系よね?」
尋ねればトラヴィスが顎に手をやり、しばらく考えた後に口を開く。
「…そうですね、術式としては同じものが使われていると思います。防音結界は音も声も同時に防ぎますし……。ですが、耳に届いた時に意味を持つかどうかで変わる…という説明でお分かりになりますか?」
「…うーん……呪いと祝福みたいな……」
何となく違うと思いながら腕組みしていると、ニールが話に入って来た。
「ディアナちゃん、要は双子が今苦労してる状態だよ。双子にとってシェラザード語は意味を持つ音、つまり声。アーデン語は勉強する前までは耳を素通りするただの音だった」
…なるほど。さすがはゼインの通訳として長年働いて来た男だ。
「ディアナ様、言語を持たない生き物も、同種間同士では意思の疎通を〝音〟つまり〝声〟によって行います。ギリアム殿は……」
トラヴィスはギリアムに流れる血について理解したのだろう。
「一つ分からない事が」
「……言ってみろ、トラヴィス」
ゼインが私たちの輪に加わり、床に座り込む。
「魔力感知システムは映像データのみこちらに届けるのでしたよね?……なぜ竜の声が届くのでしょう」
ゼインが眉間に皺を寄せて黙り込む。
「…分析してみないと確実な事は言えないが、海上の他の音は拾っていないと思う。……それ以上は分からない」
ゼインにも分からない事があるのだと少し意外な気がしたが、トラヴィスの質問で実は私も気になってた事をようやく思い出した。
「ゼイン、前に私がギリアムに魔封石の話をした時のこと覚えてる?」
「ああ。純粋な魔力のみを吸収すると」
「そうそう。結局時計はどうやって作ってたんだっけ?何か似たような話あったでしょ?」
そう言うとゼインがハッとする。
「私が作る魔道具は、魔力以外にも作用するということか……?」
「それこそ検証しないと分かんないんだけど、時計は竜の力を制御してたわよね。……魔力より強い力を」
トラヴィスが声を出さずに目だけ開いて驚いていた。
「……呼ばれた気がするんす……」
ベッドから聞こえた声に全員が立ち上がる。
「ギリアム、大丈夫か!?」
「まだ頭痛い!?」
「いえ…痛みは消えました」
ギリアムが起きあがろうとするのをゼインが静止する。
「そのままでいい。…話せるか?」
「はい…」
とりあえずベッドの周りに人数分の椅子を出す。
「…言葉として理解したわけじゃないんすけど……すごく強い命令みたいなものを感じたんす。…頭の中に直接……戻って来いって……」
「戻って来い……?」
ゼインの呟きに全員が目を見合わせる。
「探し物って……まさか仲間ってこと…?」
ニールが遠慮がちに言う。
「………トラヴィス」
「はい、ゼイン様」
「…他の仕事は全て後回しでいい。ギリアムの石探しを最優先で頼む」
「…畏まりました」
軽く頭を下げて転移の構えを見せたトラヴィスを、ニールの声が追いかける。
「待って!石探しなら僕も手伝う!…手伝える」
ニールの言葉にトラヴィスが微笑む。
「では共に参りましょう」
「ゼインごめん!しばらくよろしく!!」
ニールがそう言い残し、トラヴィスと共に消えた。
「ディアナ、リオネルはいつ帰る」
ゼインがいつも以上の真顔で私に尋ねる。
「……ええと、出発してから一週間後」
「分かった。ギリアムと妖精…それからナナとハラを連れて城へ戻ってくれ。この世界からギリアムを隠せ。……頼む」
────!!
初めて深々と下げられた頭に驚愕する。
そしてゼインの言わんとする事が初めてはっきりと理解できた。
仲間を探す竜の目と耳から、ギリアムを守れということだ。
「一つ約束なさい。絶対にあんた一人でどうにかしようなんて考えないこと!」
ドビシッと鼻先に指を突きつければ、ゼインが片眉を歪める。
「考えるわけないだろうが。リオネルに検証を頼みたい物がある。それを準備したら城へ行く」
「絶対よ!?絶対の絶対に絶対よ!!」
しつこく念押しすると、ゼインがキョトンとした顔をする。
「……まさか、心配してくれているのか?」
「あ、あ、当たり前でしょ!?それに心配して欲しいんでしょうが!あんた3人のためなら飛んで火にいる夏の虫なんだから、一人で竜に近づいちゃダメよ!」
フッという小バカにした声がしたと同時に、突き付けていた指先が取られる。
「残念だが、竜を相手に向こう見ずになれるほどの蛮勇は持ち合わせていない。……装飾品禁止ならば直接手の甲に埋めるか……」
「はっ!?」
「冗談だ。…ほら、誰も見たことのないような魔法でギリアムを守れ」
そう言って私の指先にフワッと唇を寄せた。
「───〜〜〜ッッッ!!?」
プイッと背を向けてどこかに消えてしまったゼインのいた空間を放心状態で見ていると、いつの間にかベッドによじ登っていた4匹の妖精が、ぐりぐりとした目玉でじーっと私を見ていた。
『まじょへんなかお』『へんなのはかおいろ』『かおはもともとへん』
失礼な妖精の中でも一際口が悪いゴルドは舌鋒鋭かった。
『いまのなに?ゆびのやつ。おしえろ』
指のやつ指のやつ指のやつ………。
頭の中に先ほどの映像を流すと、なぜか顔で火属性魔法が発動できるほど温度が上がる。
「…ゴルド、ああいうのは見て見ぬふりを学習するっすよ」
『みてみぬふり……むずかしい』
背後で繰り広げられるギリアムとゴルドの会話に、一瞬で顔が冷えた。事の重大さを思い出したのだ。
そうゼインは……最近脳細胞がヤバい。
「あんたたち!!今見たことは絶対に秘密よ!世界的大企業の社長がおかしくなったとあっちゃあ、社長失脚、貧乏文無し、島失うのトリプルコンボ!えらいこっちゃよ!!」
両手を広げて力説するが、ギリアムがフリフリと首を横に振る。
「……妖精に口止めが通用すると思ってんすか?」
ギリアムの視線の先では、4匹の妖精が自分の指先に口づけて、変な時のゼインの物真似をしていた。
なんかこの先もしばらく生きようと思ったのも束の間、長かった人生がようやく終わるような気持ちになった。




