見える音
「……深淵に沈みし我が記憶よ…アタッ!」
「たかだか10時間前の記憶を呼び起こすのに高度な魔法を使うな!」
ペシリと背中を叩かれて、両頬を膨らませる。
「だって探し物魔法も取り寄せ魔法もダメだったじゃない!ど…どうすんのよ!あの中には借金と一緒にリオネルの学費が……!!」
「それについては問題無い」
言いながらゼインが自分のデスクへと向かう。
「問題無いって何が!?」
私もドタバタとゼインの後を追う。
「…位置情報も辿れない……か」
テレビのような…多分、モニターを覗き込みながらゼインが言う。
「……これ、例の盗撮機械?」
背後から尋ねればゼインが真顔になる。
「迷子防止、誘拐阻止を願う親心を具現化した尊い機械だ」
「…………………。」
多分、知ってはならないストーカー用の機械に違いない。
「ディアナ、指輪はこの世界には無い」
ゼインが真剣な顔のまま振り向く。
「……この世界に………?」
「ああ。取り寄せ魔法でも探し物魔法でも現れないのがその証拠だ。加えてあの指輪は形状記憶合金で出来ている。滅多なことでは壊れない」
……小難しい単語が出て来たが、要は固いのに柔らかい例の糸みたいなものでできているということだろう。
新時代の技術ってやつは……。
「あ、分かった」
ポンッと両手を打つ。
「何がだ」
「指輪は多分アレクシアの秘密空間に行っちゃったわ」
ゼインが気持ち悪そうな顔をする。
「……変態魔女の……秘密空間……」
「そうそう。やっぱりアレクシアの服には魔法鞄の仕組みが使われてたってわけよ!」
そうじゃないかと思っていたが、脱いだ瞬間に消えるから確認しようが無かったのだ。
「どういう事だ」
ゼインの顔に疑問符が浮いている。
「だからね、ホリーダに言われたわけ!給食センターは装飾品禁止だって。いぶつこんにゅーよ!だから指輪をジャージのズボンのポケットにしまったの」
「そこではない。魔法鞄の仕組みの方だ」
魔法鞄の……
「いやいや、あんた知ってんでしょ?空間魔法駆使してデッカい家作ってんじゃない」
「あれは建築魔法の書物から引っ張った知識だ。魔法鞄は取り寄せ魔法と転送魔法がメインだろう?空間魔法………」
ゼインが私の右手を取り、人差し指をじいっと見つめて何かを考え込んでいる。
「あ…アレクシアに返してくれって言っとくから」
「いや……」
「あれ?お二人さんメロドラマ中?」
二人でバッと声の方を振り向けば、エスカレーターを上がって来たニールと目が合う。
「……ニール。もうそんな時間か」
言いながらゼインが私の手を振り解く。
「なになに?何かあったの?」
ニールが近づいて来る。
そしてゼインもニールの方に体を向ける。
「何でもない。……ディアナ」
目線だけ向けて来るゼイン。
「な…なによ」
「新しいものを用意する。それまで一人で勝手に出かけるな」
「は…はあ?」
新しい…?新しい借金てこと?
それは本当にいらない。
しっかしこれはもしかするとゼインは魔法鞄の真髄を知らないのかもしれない。
魔法学校を卒業した生徒なら誰でも……と考えて自己嫌悪に陥る。
……かんっぜんに自分のせいだった。
よし、今日は燃えかす状態だがゼインに修行をつけてやろう。久々に泣くほど難しいヤツを……などと考ていると、エレベーターの辺りに魔力が集まり、見慣れた円環がカッと光る。
え、転移魔法陣?
珍しいこともあるものだと、エレベーター前までふよふよ浮いて行く。
「……帰ったっす」
「ただ今帰りました」
魔法陣からはギリアムとトラヴィスが出て来る。
「あ、姉さん来てたんすね」
「ああ、うん。これから痛めつけ……夜勤…の予定」
「働きもんすね」
親指を立ててギリアムがゼインの元へと向かう。
「ディアナ様、先ほどぶりでございます。お仕事ならば私が代わりに……」
「何言ってんのよ。エレガント魔法使いはエレガントな仕事しなきゃダメでしょ!」
「ですが……」
まごつくトラヴィスにニールから言葉が飛んで来る。
「トラヴィスー!報告!集合!!」
「ただ今!」
スッと頭を下げてトラヴィスもゼインの元へ向かう。
……ははあ、悪巧みの時間だな?
「…船ごと浮遊魔法陣で宙に浮かべて、当面常駐出来るようにして来たっす」
「幻視もお上手でしたよ」
とりあえず竜の世話をする振りをして聞き耳を立てている。
ギリアムとトラヴィスは何やら船を空に置いて来たらしい。
「10キロ圏内で魔力感知システム調整して来たっすけど、もう少し広げるべきっすかね?」
「…そうだな、あの航路は何だかんだで使われたままだからな。高速コンテナ船が24、5ノットか?だとしたら……」
あー……ね、この辺から理解不能だわ。
耳もだんだん閉じて来るというものである。
指先からウニョウニョ虫を出して手を伸ばす妖精をおちょくっていると、隣のミニ竜が急に騒ぎ出した。
『キ……キェェェッッ!!』
『ギャオッ!ギエッッ!!』
翼をバタつかせ模型の中を狂ったように飛び跳ねるミニ竜。
「な…なんなのよ?ご飯あげるわよ。ちょっと待ちなさ…」
背筋の悪寒をグッと耐え、右手いっぱいにウニョウニョを出す。
『ちがう、まじょちがう!』
レドが騒ぐ。
「なーにが違うってのよ。ウニョウニョじゃなくてパリパリ……気持ち悪いんだけど……オェ」
『ちがう!まじょばか!』『ごはんじゃない!』
「はあ?グリンもブラウもどうしたの?」
一番口うるさいゴルドは二匹の竜をジッと見ている。
具合悪いの……?
ふとそんな事が頭に浮かんだ瞬間だった。
「「ギリアムッッ!!」」
「ギリアム殿!」
後ろから聞こえた叫び声にバッと振り返る。
振り返った先で目に入ったのは、会議机の前でうずくまるギリアム。
「……ギリアム?」
『ギエェェッッ!!』『ギャーーオ!!』
呟けば今度は竜が鳴く。
何か起こってる。変な汗が出る。
とりあえずギリアムの様子を………そう思った時だった。
『ナナとハラあたまいたい。おとをとめろ』
竜の様子を見ていたゴルドが口を開いた。
「ゼイン!この部屋何か音出てる!?」
会議机のゼインに叫ぶ。
「音?いや、音源は何も無いはずだ。ギリアム大丈夫か!?」
「うぅ……」
うずくまっていたギリアムがとうとう両膝を床につく。両手で耳を押さえかなり辛そうだ。
「ゼイン、ギリアムの回りに防音結界!ニール、痛みを取ってあげて!」
「「わかった!」」
音…音……
「トラヴィス」
「はい、ディアナ様」
「音の波に色を付けてちょうだい」
「畏まりました」
「私も手伝おう」
ゼインとトラヴィスが二人してゴソゴソ何かを始めた瞬間、部屋が真っ暗になる。
あっちはあの二人に任せておけば大丈夫なはず。
「ゴルド、着いておいで!」
『わかった』
指先に明かりを灯すと、妖精を肩に乗せニールとギリアムの側へ駆け寄る。
「ギリアム、横になりなさい」
指を鳴らし、少し硬めのベッドを出す。
「…すんません……」
真っ青な顔のギリアムを、ニールとベッドに寝かせる。
「ニール、悪いんだけどナナとハラの〝色〟見てくれない?滞ってるところがあったら流してあげて欲しいの」
「……なかなか難しいこと言うね。でもやってみる」
飼育スペースへと向かうニールの背を見送り、ギリアムを見る。
時折苦痛に顔を歪めるところを見るに、防音結界が効いていないのだろう。
結界を貫通する音……?
ギリアムとミニ竜だけに症状……。
「…うっ!」
ギリアムが再び頭を押さえた。
「…ゴルド、通訳しなさい。あんた聴こえてるんでしょ。ナナとハラとお父さんの頭痛いの止めてあげなきゃ!」
肩に乗ったゴルドに語りかけると、ゴルドがぐりぐりした瞳で私を見る。
『どこだ、どこだってきこえる』
「…どこだ?」
私が小さく呟いた声をゼインが掻き消す。
「ディアナ!」
呼ばれた声に振り返れば、暗闇の中ぼんやりと浮かび上がる光の模様がある。
ギリアムの頭に溶けない氷を乗せるとゼインの元へ向かう。
「…模様が変わるのね」
「ああ、トラヴィスが波形を可視化したのだ」
「いえいえ、ゼイン様の粒子がお見事でした」
仕組みも二人が何を褒め合っているのかも分からないが、目の前で流星のように形を変える光を出している物は分かる。
ゼインの机の上にある、さっきのモニターだ。
「…ゼイン、この機械って何?モニターとかいうヤツじゃないの?」
「認識としては間違ってない。今は簡易型魔力感知システムが捉えた海域を映している。初期型だが使えるかと思って船から打ち上げさせた」
「音も出てるの?」
「いや、集音機能など付いていない」
とりあえず一言言うならば、簡単な単語を使え。
要はゼインが魔力を込めて作った音を集めない機械から音が出てるということだろう。
……ゼインが作った機械……。
似たような疑問を前にもどこかで感じたのだが。
『……りゅうがほえてる』
突然の妖精の呟きに、その場の一同が目を見開いた。




