ガーディアンの裏の顔
「…悪いな、トラヴィス。迷惑をかける」
「いえいえゼイン様、やり甲斐のある仕事を与えて頂き光栄でございます」
「……様は要らないと何度も言っている。君は年上で魔法使いとしても大先輩だろう」
「いえいえ、習慣ですので」
トラヴィス・サーマン。
整った容姿と美しい所作を身に付けた、アーデンブルクの元軍人。
ニールたち3人と必死に口説き落として、ガーディアンへと入って貰った。
用意できるポジションはたくさんあったが、本人の一番の望みは『自由がきくこと』であったため、籍はサラスワの基地兼研究所に置く事となった。
…とは言え、朝夕のディアナの送迎は頑なに自分がやると言って聞かないのだが。
本人いわく、それこそが使命らしい。
「ディアナの様子はどうだった」
「はい。今日から新しい修行に入るのだと、大変機嫌良く出勤なさいました」
「……そうか。全方位に警戒を頼む。おそらくトラブルが起こる」
「ふふ、畏まりました」
私のデスクの前に立つトラヴィスが、しげしげと60階フロアを見渡す。
「不思議な空間ですね。妖精が竜の世話をする姿は初めて見ました」
「……だろうな。虫は出せるか?餌やりはなかなか……けっこう楽しいぞ」
そう言うとトラヴィスが苦笑いする。
「出せはしますが苦手……いえ、正直に申し上げれば大嫌いでございます」
「そうなのか?軍人は虫など怖がってはいられないだろう」
戦場はとにかく虫だらけだ。
「いえ、その…魔力を閉じる訓練中に嫌というほど食べさせられまして……」
「!?」
「虫は体積の割に魔力量の多い生き物でして、虫を食しながらでも揺るぎなく魔力を閉じることが出来なければ、一生弟子のままだと……」
「………地獄か」
「……ええ、喉ごしは最悪……でしたが、祖父に認められたくて努力しました」
「…偉いな。私ならば破門だ」
原型を留める虫など絶対に口に出来ない。
しかしベネディクト・サーマン……恐ろしい男だ。
確かにディアナが言ったように、簡単に弟子入りなどしてはいけないのだ。
刻まれる呪も、独立させる物差しも、師匠によって全く違う。
師匠の思想に引っ張られる……か。
「祖父で思い出しました。ゼイン様、ニ、三ご報告差し上げてもよろしいでしょうか」
「あ、ああ。頼む」
言えばトラヴィスが指を振り、一枚の書類を差し出す。
「……新しい身分証をありがとうございました。ガジールに置いていた私の籍ですが、この書類を最後に抹消が可能かと思います」
差し出された書類に目を落とし、一つ頷く。
「……すぐに用意する。翻訳文の添付が必要か?」
「ガジール語を訳せる者がおりますでしょうか」
「私が責任を持ってやる」
そう言えばトラヴィスが一度目を見開き、そしてフッと目尻を和らげた。
「ゼイン様には驚かされます。まさか私のガジールでの仕事まで明かされるとは思いませんでした」
「まあ……似たような組織を運営しているからな」
そう、トラヴィスの経歴で私が一番欲しかったもの。
それは学歴よりも何よりも、ガジールの国家諜報機関の諜報員……スパイだった経歴だ。
考えたものだと思う。
諜報員は、合法的に経歴を詐称できる。
そうして多くの身分を操りながら人間の世界を渡って来たのだ。
「……最初はトラヴィス・サーマンも偽名だと思ったのだがな」
トラヴィスが口端を上げる。
「ガジールでは〝トラヴィス・サーマン〟こそが諜報員を表すコードネームのようなものです。……何百年と所属しておりますから」
私と似たような人生を送って来た男に、口端を上げて返す。
私の手元にある書類。それは死亡診断書。
遠いネオ・アーデンの地で、潜伏任務中に死んだ事になるガジール国の〝トラヴィス・サーマン〟。
「漏洩を防ぐため、私の中だけで完結させる」
そう言えばトラヴィスが静かに頭を下げた。
パッと頭を上げたトラヴィスが再び指を振り、空中に地図を映し出す。
「それでは改めて報告させて頂きます。ショーン様より引き継ぎました案件ですが、1件は間違いなく我々の管轄でしょう」
トラヴィスの言葉に頷けば、地図上に何枚もの衛星画像が重なっていく。
そしてそれが動画となって動き出す。
「海水温の変化に、気象衛星、偵察衛星両方からの画像データを重ねて、数度のシミュレーションを試みましたが、全くもって動きが一致しません」
「……やはりか」
そう言いながら、トラヴィスが地図上に点滅させた数十個の黒い星を見る。
「……ええ。生物がいますね。海中に」
「………………。」
私がこのところ寝る暇もないほど忙しくなった原因は、全てこの件にあると言ってもいい。
ガーディアンに持ち込まれた、原因不明の船舶事故の調査。
持ち込んで来たのは世界最大手の損害保険会社。
自社での事故調査をやり尽くした結果、お手上げ状態となり話が回って来たのだ。
トラヴィスが拡大して見せたのは、西の大陸と東の大陸を繋ぐ最大の貿易航路の画像。
黒い星が示したのは、行方不明となった船が残骸として発見された場所、だ。
「……デカいな」
「そうですね。これまでに襲われた船の中には10万トン級のコンテナ船も含まれますから」
「実物の映像が欲しい。保険会社への報告書の中身も考えねばならん」
「現地調査もお任せ下さい…と言いたいところですが、浮遊魔法で往復できるような距離ではありませんね。まずは拠点を置いて、調査のための転移魔法陣の設置に取り掛かかるべきかと」
「…そうだな」
トラヴィスの存在ははっきり言って心強い。
ニールもギリアムも頼りになる存在だが、魔法に関しての見識の深さと戦闘経験という面では、私でも彼には追いつけ無いだろう。
ニールとギリアムが魔法使いとしての時間を欲しがっている今、トラヴィスは内向き外向きどちら側でも彼らの穴を埋める事ができる人材だ。
「洋上の拠点と言えば通常は船でしょうが、こちらが要らぬ攻撃を受ける訳にも参りません。いかがいたしましょう」
薄く微笑むトラヴィスに肩を竦めて見せる。
「使える物は何でも使ってくれて構わない。…途中まで海を行くのなら、ギリアムを連れて行ってやって欲しい」
そう言えば訓練された所作で頭を下げる。
「畏まりました」
スッと静かに転移するトラヴィスを見送り、彼の魔法に感嘆する。
…あれ程完全に魔力の気配を消したまま魔法を使うには、どんな修行をすればいいのだろう。
虫を食べずとも身につけられないものだろうか。
加えてあのクラスの魔法使いがディアナの直弟子では無かったという事に空恐ろしさすら感じる。
どれだけの層の厚さだったのか……。
リオネルの言い分もわかる。きっと私も〝ラッキー弟子入り〟というものだ。
「ほんと優秀すぎてビビるよね」
「!!」
突然現れるニールに肩が跳ねる。
「…ニール……?どうやって現れた」
「トラヴィスに習ったんだよ。流石に魔力は消せないでしょ?せめて気配だけでも消せたら人間相手の仕事でも使えそうだなと思って。でも適性が無いみたいでさー……。簡単なの1個だけ。残念」
「ほう、どんな魔法なんだ?全く気配が分からなかった」
「影魔法」
影……。
「闇属性の派生だから、そもそもそっちに適性無いと自然体では使えないみたい。僕の場合は逆に光に振り切ってあえて影を作るっていうややこしさ」
「…なるほど」
ニールが私の机の端に少し腰を落とし、溜息をつく。
「……ディアナちゃんの聖魔法の件だけどさ、500年前同じ場面に立ち会ってたら僕ならどうしただろうってずっと気になってたんだよね。結論同じ事したんだろうけど、この間ポロッとトラヴィスにこぼしちゃって……」
「トラヴィスは何と?」
「……『エルヴィラは祖父が弟子にするべきだったのです。王道を歩むディアナ様には、王道を歩む者だけが弟子になるべきだった』って」
王道を……
「魔法使いの属性って一緒にいる人に影響されるのかな?想像の域を出ないけど、ベネディクト・サーマンは闇属性が強かったんだろうね」
「……トラヴィスの能力を考えればそうかもしれないな。育てたエルヴィラの属性は……本来的なものなのか、引っ張られたのか……」
ニールが不安げに私を見る。
「…ショーンは大丈夫だよね?僕ら悪影響与えて無いよね?もう本気でアレやコレや後悔しまくりなんだけど!」
「そうだな、お前は大いに反省しろ。…まぁショーンは大丈夫だ。大丈夫なように導く。第5の属性は本来秘匿とするらしいが、お前にもショーンから報告がいくだろう。それより……」
「…分かってる。今母親の家系を調べてるところ。今回初めて知ったんだけど、僕の母方の親族って占い師がたくさんいたみたい。…ま、ほぼそっちの家系でアタリでしょ。資料が古すぎて追いかけるには限界あるけどね」
「…悪かったな、知りたくなかったなら……」
ニールが首を振る。
「そんな事あるわけないでしょ。自分のルーツを知りたく無いなんてあるわけないじゃん」
ルーツ………。
そう、ニールの五芒星を均一に導くためにどうしても足りない要素。
それは第5の属性以上にニールの人生に関わっている。
……瞳の能力の根源だ。
「ゼインがアーデンブルクの魔法使いを探すのだって、そういう事だと理解してたけど?」
「!」
「……無いんでしょ、親の記憶」
ニールが透き通る瞳で私を見る。
「……そうだな。でもそれはもういい。欲しかったものは見つかった」
「……え?どういうこと?」
それは……秘密だ。




