ゼインと弟子
──『完全無欠は白か黒』
ディアナが語ったこの言葉で、掴みどころのなかった〝魂の魔力〟と〝属性〟の輪郭が見えた気がした。
例えるならば光と色の三原色。
等しい割合で混ぜれば白に近づく光の三原色と、混ぜれば黒に近づく色の三原色。
……均一な五芒星こそが魔法使いとしての完成度を表す……。
まさに『完全無欠は白か黒』なのだ。
「ディアナ、弟子を取る時に刻む〝呪〟というのは、足りないものを補う……加えてやるということなのか?」
問えばディアナが視線を天井にやり、何事かを考える。
「うーん……言葉としては間違って無いんだけどね、魔力を補ってやるって意味なら違うわね」
補うのは魔力では無い……。
いかん、よく分からなくなって来た。
そもそも私が三人を弟子に出来たのはなぜなのだろう。
先ほどのやり取りで端末……いや、時計がショーンの魂の魔力に適合した事は納得できた。
ショーンが長い間悩み続けた〝動かない時間〟を可視化するための代表的なツールだからだ。
だがそれだとニールとギリアムには何の関係も無いという事になる。
呪を刻む……
「ま、あんたが何に悩んでるかはよーく分かるわ。そういう時は原点に帰んのね。ポイントは〝儀式〟と〝叡智〟よ!」
ニヤッとするディアナの顔をジッと見る。
そう、こういうところだ。
普段のディアナはトップ・オブ・ポンコツで、余計なことをペラペラ喋る。
なのに魔法を授ける時には決して正解を言わない。
「…原点……か。そうだな、ニールと初めて出会ったのはお前も知ってるかもしれないが、戦場のど真ん中だ」
「ふんふん?」
「あの頃の人間は今とは比べ物にならないほど頻繁に戦をしていた。いつか人間を駆逐するために戦術を学ぼうと私も……」
「くちく?」
「忘れろ。とにかく、恐ろしく腕のいい狙撃手がいるという噂を聞きつけ、しばらく戦場に出入りしたのだ」
「へー!」
「……あの頃のマスケット銃はとにかく扱いづらくてな。真っ直ぐ飛ばない銃で器用に照準を合わせるニールを見た時は驚愕して……」
言いながらハッとする。
これでは原点ではなく思い出話だと……。
「ふーん、ま、そうでしょうね。ニールとあんたの原点が戦場だっていうのは当然だわ」
「は?」
ディアナの顔が白ける。
「……ニールの属性」
「ニール……聖魔法……そうか!そう言えばそうだった。なるほど聖魔法……」
確かに聞いた。聖魔法は戦場でこそ最も需要があると……。
「ああ……だからなのだな。ニールと行動を共にするようになってから、あいつはよくぼやいていた。自分は役立たずだ、何もできない、できる事が見つからないと……」
変なことを言う男だと思ったのだ。
魔法も使わずにマスケット銃で200メートル先の木の枝を狙える能力のどこが役立たずなのかと。
だから私は……だったら私の役に立て、というようなことを言った。
お前のことを手足として使ってやるから何も考えずに働けとかなんとか……
「そしてニールは右腕になった」
「は?」
ディアナがへの字眉になっているが、ニールとの原点は以上だ。
「次はギリアムだな。……ギリアム……はぁ……。思い出すだけでも涙が出るほど辛い日々だった」
呟けば今度はディアナの目が爛々と輝き出す。
「いいわねいいわね!そういう不幸話大好物!」
…こういうところは非常にポンコツらしい。
「ギリアムは出会ってから2年間、全く口をきいてくれなかったのだ」
「えっ!?」
本当にそうなのだ。
イエスともノーとも何も言わず、ただ頷くか……頷くだけ。
「陸上での生活が辛かったのだろうな……」
ぼんやりと若い頃のギリアムを頭に描いていると、馬鹿魔女が何かを言っている。
「いや、あんたがウザかったんじゃない?」
ウザ……コイツの職場環境は再考せねばならん。
覚えて来る言葉が安っぽくて馬鹿に磨きがかかっている。
「とにかく!私は喋りたくないという相手に無理に喋らせるような真似はしない。人間の口なら無理矢理割らせるが、ギリアムには……毎日手紙を書いたのだ」
「……手紙………?」
「そうだ。あの時一筆箋という代物を知った」
「いや、手紙……毎日…?」
「だからそうだと言っている。何だそのアホ面は」
「うっざーーー!!」
「…………………。」
お前の魔法陣1000枚の課題の方が10倍ウザい。
「ああでもギリアムって滅茶苦茶厳しく育ったっぽいもんね。それこそムチでビシバシ的な……」
……は?
「手紙っていうのが良かったのかもね」
ディアナがなるほど、的な顔をする。
「……なぜお前にギリアムの育ちが分かる」
「は?見てりゃ分かるじゃない。ナイフとフォークの使い方とか、模型の作り方とか、顔に似合わず超慎重なとことか」
「───!」
いや、確かにそうなのだ。
あいつは滅多に親の話をしないが、いわゆる〝前妻の子〟という立場で育った。
昔の貴族にはよくある話なのだろうが、ギリアムの場合は家出したくなるような家庭環境に置かれていたのだと思う。
「……ちなみに、手紙が良かった…の意味は……」
「ああ、あの子耳良すぎて本音と建前が通用しないじゃない?そもそも他人の言葉ってもんを信じてないのよ。アンタを見極めるのに手紙は効果があったんでしょうよ」
おそらく私は今間抜け面をしている。
目から鱗が落ちるような気持ちとは、今の状態を言うのだろう。
「ま、あんたは知らず知らずのうちにあの二人に呪を刻んだってわけよ」
ディアナが当然だ、みたいな顔をしている。
「……呪を?」
「そうよ。さっきあんたが言ったでしょ?〝儀式〟には真理が隠れてるって」
「…言った」
「お揃いの贈り物を身に付けさせるのも、それに呪を刻むのも、弟子取りの儀式って形で残ってるんだけどね、何を刻むかは師匠の考え方次第なの」
「は?」
「弟子を取るのは師匠だし」
「なるほ……は?」
ディアナが私の手を取る。
「だからこれはあくまでも私のやり方。…足りないものを補うの。その子の魂が求めるものを与えるの。魂の魔力が、なるべく均一な五芒星になるように」
魂が求めるものを与える……。
「ゼイン、修行が二段階に分かれる理由がわかる?書物を読んで、師匠の真似事をして、それで最終到達できるのは一流魔法使いまで。あんたが口にする〝叡智〟はその外にある世界なのよ。授けられる叡智もあれば、自分で見つけ出す叡智もある」
ディアナの言葉は難しい。
だが、私に魔法使いとして一段高い世界の話をしてくれていることはわかる。
「……ニールとギリアムは、もしかすると200年以上弟子でいてくれている……のか?」
呟けば、ディアナが私の手の平をなぞり出す。
「んー……師匠側から見ればそうね。でもね、弟子の側から見ればやっぱり贈り物をもらうことにこそ意味があんのよ。会社でいうところのブラックIDみたいなもん。持ってれば所属先が分かるでしょ?安心すんのよ。それにね、師匠からの分かりやすい守りの効果っていうのは弟子の心を掴むのにひと役買うわけ」
「急に商売じみて来るな」
「トリオの時計にガッチリ特殊効果つけてるあんたが言うな」
……なぜバレているのだ。
ニールとギリアムはまだしも、ショーンの時計に保護魔法を5種類付けているのもバレているのだろうか。
しつこく手の平をなぞるディアナに問う。
「……さっきから何をしている。いい加減くすぐったいのだが」
「ん?ああ……あんたちょっと指輪外してくれる?」
「………は?」
指輪を……外す?
「とりあえず今まで預かった子たちは、弟子取りの儀式まで修めたら卒業試験だったからさ」
そつ……ぎょう………?
「アレもねー、内容考えるの大変なのよ。これも弟子取りの儀式からずっと繋がってんの。五芒星が均一になるようにっていうのが始まりじゃない?だからさー……」
なぜ卒業……?
ディアナは私に継承魔法を作らせたいんじゃなかったのか?
指輪が無くても弟子は弟子……なのか?
変わらずにいられるのか……?
……本当に?
私とディアナの間には何も無い。
古い思い出も、共有する記憶も、弟子の証以外に何も……。
ぐるぐる回る頭の中、弟子にとっての贈り物の意味がようやく腹落ちした。
腹落ちした瞬間、そこで意識も落ちた。




