弟子取りの儀式
あのあとゼインとショーンは今後身に着ける時計の調整がどうのこうのとか、仕事の進捗がどうのこうのやりだしたので、私は部屋に引っ込むことにした。
実は一つやらなければならない修行が残っているのだ。
「うーむ……。とりあえず生……には付き合う、と。ビールね、ビール。そのあとは……」
そう、人間として参加する〝宴会〟を27歳の左腕女子らしく乗り切るために予習をしなければならないのだ。
ショーンと夜遊びした時は、おじさんショーンが飲んでいるものと同じものを飲んだため、現代の酒の種類が分からない。
「ニール情報によると、女子はだいたいカクテル……?を飲んでおけばオッケーだけどトラヴィス的にはワインを嗜む女性の方が好ましい……」
難しい。
二人の好みがどうでもいいだけに難しい。
「ギリアム的にはやっぱラムをラッパ飲みすねの時代錯誤で、ショーンは一滴も飲むな……と」
いやそんな事は分かっている。
私も悟りを開いた身。自分の酔い姿の醜さは嫌というほど分かっている。
「だが分からん!!」
髪をグシャグシャに掻きむしりながら、ソファの上で役立たず共にキーキー言っていると、ピンと天啓が降りて来た。
……このパターン、あと数分以内にヤツが来る。
そもそもの本体部分であるヤツが……
「ディアナ、入るぞ」
来たーー!!
入って来てから『入るぞ』を言うゼインに向かって仁王立ちする。
「遅い!!」
「は?」
「何のために私がジャージのまんまでいると思ってんのよ!」
「……だからこうして着替えの手伝いに来たんだろうが」
「だまらっしゃい!ゼイン・エヴァンズ本体、ちょっとそこに座りなさい」
ビシッとソファの対面を指差せば、ゼインが眉間に皺を寄せながら席に着く。
「…なんだ。何か重要な話でもあるのか」
「ある!尊い左腕のために知恵を出すという重要な話がね!」
ゼインの顔に疑問符が浮いている。
「だから左腕的宴会を乗り切る方法教えてちょうだい」
「……左腕…ああ、決起会か。ったく迷惑な文化だ。やれ歓迎会に送別会、忘年会に新年会、やる気の起きない決起会に周年行事……」
「あ、ああ…うん」
「意味のわからないランチミーティングに行きたくもないホームパーティー、社内コンペに社員旅行、最近は何だ?朝活?いい加減にしろと思わないか?」
「う、うん」
「ま、私は参加しないがな」
「!!」
社長……それでいいのか。
「それで?何が知りたい」
「あー……」
もう聞いても何の役にも立ちそうに無い上に、本体が参加しないならそもそも左腕に参加義務など無いはずだ…が、とりあえず言うだけ言ってみる。
「普通の人間の女の子は、宴会とかどうやって乗り切るのかなー……なんて」
ゼインが目をパチパチする。
「……ふつうの」
「うん」
「ふつう………」
「そうだってば!とりあえずみんなに聞いた意見はコレ!」
さっきまで見ていた紙を渡せば、ゼインが凄い早さで読んだあと、一言呟いた。
「水を飲め」
「………………。」
とりあえず役立たずに向けてジトッとした視線を送る。
「……まあ、そうは言ったがお前の向上心には感心した」
「え?」
「普通の人間としての知識だけは持っていてもいいだろう」
何か偉そうなことを言いながらゼインが指先を振る。
そして現れたのはたくさん小さなグラスに注がれた色とりどりの液体。
「何これめっちゃキレイ!!」
「カクテルだ。とは言え、人間が製氷技術を手にして以来のものだが。味見してみるか?」
「え、いいの!?これお酒?へ〜!!」
何層かに分かれたキラキラの飲み物……。
「……ゔ、あまっ!!」
「そうだ。若い女性が好む酒は甘いものが多い。いいか、気をつけろよ。甘い酒を勧めて来る男に碌な奴はいないからな」
「お、おけ!」
「次は見た目に反して度数が高いものだ。気をつけろよ。度数の高い酒を勧めて来る男は……」
「わーかった!わかったから!」
そうして一口飲むたびにウンチクと小言を聞かされた結果、宴会では水を飲むことにした。
いい感じでお酒が回り、ソファでダラッとしていると、ゼインがボソボソと何かを喋り出した。
「あー…ディアナ、時間魔法に関する書物は残して無いだろう?いや、子どもの目に触れる所には…という意味だが……」
ははあ、やっぱり部屋に来た理由はこれだったか。
「…まあね。理由は前に話したと思うけど、それは私に限ったことじゃなくて魔法使いの不文律ってヤツね。だからこの図書館にも置いてない」
ゼインが溜息を吐く。
「やはりそうか……。だとすれば確認しておきたい事があるのだが、適性を見せた属性魔法を身につけなかった場合、精神や肉体に影響は出てくるのだろうか。ショーンならばいずれは正しく時を操れるとは思う。あの子がもう大人だという事はちゃんと理解している。だが……」
そう言いながらゼインが視線を落とす。
「あんたの懸念はよく分かる。ショーンは頭が良くて素直で真面目。だから不安な所があるんでしょ?」
ゼインが頷く。
「…長く生きれば大抵のことはどうでも良くなる。どうにもならない事をたくさん目にし、自分の無力さや世界の無慈悲さを嘆くうちに〝受け流す〟事を覚えるからだ。だが……」
「〝受け流す〟ことを覚える前に、〝やり直す〟ことを覚えてしまった場合……ね」
ゼインが再び頷く。
…ただ過保護な訳じゃない……か。
認めよう。こいつは親としては私より遥かに能力が高い。
「ゼイン、弟子を導くっていうのは難しいことよ。特に我が子……かける想いが深い子を導くのは本当に大変。……私が失敗したのは知ってるでしょ?」
「……そうだな」
「だから正解は教えてあげられない。でも代々伝わる弟子取りの儀式はある。……その中から叡智を見つけられるか……試してみる?」
ゼインが一瞬目を開いて、そして真面目な顔つきになる。
「知っておきたい。儀式には真理が隠れていると思う。サラスワでスナイデル王を送ったお前を見た時にそう思った」
ゼインの台詞に胸がじんわりと熱くなる。
……そうなのよ、ほんとにそうなのよ。
魔力に目覚めたそれぞれの種族が、自分たちの伝統を何とか形に残そうとしたのが古代魔法。
………そしてその多くは呪文ではなく、儀式として生き残った。
「おっけ、いい感じに魔封じ状態だし、さっきのショーンとの復習も合わせてやりましょ」
言いながらゼインを手招きする。
こくりと一つ頷いてソファの隣へと座ったゼインに、左手を差し出す。
「まずはテストするわ」
「テスト……」
「得意でしょ?聞いたわよー。あんたたち4人、人間として人生やり直すたびに大学行ってたんでしょ?物知りすぎると思ってたのよね」
「………仕方なく、だ。この国では高等教育過程までは在宅で可能だが、大学はそうもいかない。同級生が一人も存在しないまま社会人になればどこかで綻びが出る」
なるほど…。だから双子にも大学に行けって言ったわけか。
「色々考えてんのね」
「それなりにはな。それで?私は何のテストを受ければいい」
「見て」
言いながら手をヒラヒラさせる。
「…見る?」
ゼインが私の左手に目をやり、そして私に向き直る。
「そうよ。魂の魔力を見分けられるかどうかのテスト」
「え………」
ゼインが完全に驚いた顔をする。
「え…じゃないでしょうが。見えなくてどうやって呪を刻むのよ」
言えばゼインが真面目そうな表情をし、私の手を取った。
「…呪を刻む……か」
ゼインが呟きながら手の平をゴソゴソ触る。
瞳を金色に戻し、何かをじっと見ている。正直、めちゃくちゃくすぐったい。
「………ほとんど何も見えないのだが」
「そりゃそうよ。魔封じ状態なんだから」
「はあっ!?」
シワの寄ったゼインの眉間を右人差し指でこづく。
「あのねぇ、今後あんたが弟子取りする時は、今の私ぐらいの状態の子たちを相手すんのよ?自分より魔力の多い弟子なんか滅多にいるわけないんだから!」
「!」
……ったくお酒も飲んで万全の修行体制を敷いてやっとるっちゅーのに……。
神妙な顔つきになったゼインがポツリと呟く。
「……お前は水属性がやや弱いのだな。だから風呂に入りたがるのか?」
「おお……第一関門突破。ご名答。ま、弱いっつってもそこらの魔法使いより遥かに強いわよ。でも魔法使いの完成度としては、さっき話した五芒星がいかに均一な星になるかがポイントなの。……昔はこんなことなかったんだけど。聖魔法を失ってからね、こうなったのは」
そう言えば、ゼインの瞳にやや憐憫のようなものが浮かぶ。
「……強かったのだな、今より遥かに」
おっしゃる通り。
だからあんたが私のどこを見て弱いって思ったのか知りたいわけよ。
「……純粋な魔力というものが世界にあったとして、それがお前の中でお前の色に変わる……あー…言葉が難しいな。違うな、逆だ。本来なら無色であるはずの魔力に、お前の色がつく……から……足りないのに多すぎる……?」
顰めっ面をしてブツブツ呟くゼインの頭をポンポンと撫でる。
「……さすがにショーンを育てただけあるわねぇ」
呟けばゼインが顔を上げる。
「あんたが可愛けりゃスリスリしてあげるんだけど……」
「は?」
「……完全無欠は白か黒。あんたなら意味分かるんじゃない?」
真顔になったゼイン。
さてさて、あんたに叡智は降りて来るかしらねぇ?




