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魔法使いの発達

 暗闇に浮かんでいた球体が、今は明かりの中に漂っている。

 明かりの中で改めて見るショーンの部屋は、オスロニアの地下施設で見た以上に大量の画面と複雑な機械で溢れていた。

 その部屋の中にテーブルと椅子を出して、私の言葉を一言一句聞き逃すまいとやや前のめりになるゼインとショーンの前で、私は改めて魔法使いの成長過程について話をしていた。



「魔法使いの子どもの魔力が安定しない事は周知の事実。それが成長に伴って一定になっていく。昔の魔法使いはそれを経験則として知っていたから、魔力を制御出来る人物に我が子を預けるようになったの」

「…という事は、師弟制度は後付け…という事か?」

 ゼインが言う。

「そうね、明確に制度化される前から慣習としてあったわけ。知っての通り普通の人間からも魔力を持った子は生まれてくる。そして、親より魔力が強い子だって当たり前だけど生まれてくる。ショーンはどう思っているか分からないけれど、例え1000年前に生まれていたとしても、あんたは私やゼインみたいな人に預けられてたと思うわ」

 

 ショーンのクリクリとした瞳を見つめながらそう言えば、少し見開いたその目尻がフッと柔らかく下がった。

「僕は生みの親に感謝してます。赤ちゃんの頃の話を聞けば聞くほど、育てるのしんどかっただろうなって……。あ、僕が見つかった時のお話ってした事ありましたっけ?」

「あー……孤児院で…てことしか……」

 私の言葉にゼインが懐かしそうに続ける。

「…ショーンはテレビ画面越しに見つけたのだ」

「え?テレビ?」

「そうなんですって。『地震で倒壊した建物の中から男の子の赤ちゃんが見つかった……』っていうニュースが全世界に流れたらしいんです」

「あまりにも局所的な地震だったから、ニールとギリアムと3人で画面を食い入るように見ていたのだ。そして赤子の救出場面で……」

「コップガッチャーン!ですね!」

「ああ。3人同時にグラスを落とした。……大騒ぎしながら震源に飛んだな」

「昔の僕すごいですよね。一度に3人の魔法使いを呼び出すなんて」

 ゼインとショーンが目を見合わせて微笑み合っている。


「…う……うぅぅぅ……」

「どうしたディアナ、馬鹿に付ける薬が必要か?」

「……うぅぅぅぅ……うわ〜ん!私ダメ!こういう話にめっぽう弱いのよ!ショーン…良かったわねぇ。腹黒なのに優しい父親んとこに貰われて……」

「……おい」

「性格極悪な分、頭はいいし……」

「…おい」

「可愛げは無いのにお金だけはあるし……」

「おい」

 

 ジャージの袖をグシュグシュ濡らしていると、ショーンが呟いた。

「……本当にいいお父さんなんですよ。実の両親のことも必死に調べてくれて……」

「え!?」

 思わず顔をガバッと上げる。

「『真実告知』っていうやつです。4歳ぐらいでしたかね?ゼインさんが5センチぐらい高さのある資料を作って説明してくれたんです。僕の両親は人間という生き物で、ゼインさんと僕は身体的特徴上は99.9パーセント親子じゃないけれど、ゼインさんが息子だって決めたから僕はゼインさんの息子だって……」

 こ……小難しい……が、ゼインが頑張ったことは分かる。

「……ずっと〝お父さん〟って呼んでたんですけど、ゼインさんが全然歳取らないから難しくなっちゃって……」

 困ったように微笑みながら頭を掻くショーン。

 そしてその隣ではゼインがまばたきもせずに泣いている。

 

「あー……ほんっと乾いた大魔女の心に沁み入るわねぇ……」

 言いながら社内メールの紙をひっくり返す。

 それを見た二人が首を傾げる。

「今ちょうど歳の話も出たことだし、本題に移りましょうかね。……発達と属性の話」

 二人がハッと姿勢を正す。

「4大属性はもちろん知ってるわよね」

「当然だ」

「基本中の基本です!」

「よろしい。端的に言うならば、5番目の属性が固まる時、それが大人への階段残り1段よ。ゼイン、ショーン、指先で五芒星を描いてごらんなさい」

 

 そう言うと、二人が不思議そうな顔をしながら指先で宙に五芒星を描く。

「えっ、ゼインさん上から描くんですか!?」

「いや、ショーンこそ左下から描くのか?バランス取れないだろう」

 お互い初めて同じ場で描いたのだろう。これは五芒星あるあるだ。

 私もひっくり返した紙の上に五芒星を描く。

「不思議でしょ?私は絶対左上から描くの。要はこういう事。魔法使いはそれぞれが自分の中に五芒星を持つ。最後の頂点がどこに来て、どんな属性を現すかで〝魔力の色〟が決まるのね」

 

 私が描いた五芒星をジッと見たあと、ゼインが再び宙に魔力で五芒星を描く。

「各属性の強弱によって星の形も異なるわけか……」

「そういうこと。そしてここからが大事よ。5番目の属性は、基本的に他人には秘密にするの」

「「えっ?」」

 二人が驚いた顔をする。

「まぁこの時代において魔法使い同士がドンパチやる事は無いでしょうけどね、5番目の属性は自分の強みであり、弱みでもある。闇と光の反作用は分かりやすいし、氷なんかも弱点曝け出すわけじゃない?」

「「なるほど……」」

「属性が固まって自分だけの五芒星が定まったら、それを最も維持しやすい形を肉体が象る。…ショーンはもう少し大人の見た目になれるわよ」

 ショーンが少しホッとした顔をした。


「そしてここからは追加講義。ゼインは何となくイメージつくと思うけど、この自分だけの五芒星のことを古い言葉で〝魂の魔力〟というの」

 ゼインがハッとした顔をする。

「魂の魔力量は生まれた瞬間に決まってしまう。それが最大化される時に大人になる……っていう話はショーンにもしたわよね」

 ショーンがこくりと頷く。

「だけど、魂の魔力の〝質〟は変化するの。大人になってからも」

「「え……?」」

 二人の声が揃う。

「……その悪い例が私」

「「────!!」」


 目を見開く二人にニヤッとして見せる。

「五芒星が崩れると、それに合わせて外見も変わる。私だってねぇ、聖魔法を失う前はセクシーダイナマイトで……っていうのはヒ・ミ・ツ!」

 バチコーンとウインクを飛ばせば、予想に反して二人が神妙な顔をしている。

「……笑うとこなんだけど?」

「いや……笑ってやりたいが、セクシー……が嘘くさすぎて……」

「あぁん?」

「ち、違うでしょう、ゼインさん!ええと……あ!ディアナさんがゼインさんの歳を取らせた方法も、魂の魔力に関係するんですよね!?」

 おおう……。さすがは優等生。

 まことに次代の継承者に相応しい。


「……なるほどな。私も今理解した」

「えー?なにをー?」

「魔女の接吻(キス)で歳を取らせるには……五芒星のバランスを保ったまま魔力を吸い取るって事だな?」

「あ、バレた?そこが大魔女が大魔女たる所以なわけよ。修行に修行を重ねた高度なスキルをだねぇ……」

「違う。お前は最初から私の属性を見抜いていた。死にかけていたあの場面でスキル云々を発揮する余裕は無かったはずだ」

 ふーやれやれ、である。

 ようやくディアナ様の意図に気づいたようだ。

 魔法使いの発達の話=叡智の話に決まっているのである。


「フフン、ゼイン・エヴァンズ、いいところに気づいたわね。私は最初っからあんたに言っといたはずよ?『簡単に弟子入りなんてするもんじゃない』って!」

「!!」

「師匠が弟子に対して絶対的に優位なのは、相手の弱点を見抜くからに決まってんじゃない」

 ゼインが目を見開く。

「弟子入りの時に……」

「…ま、私ぐらいになると大体の属性は分かっちゃうんだけどね。なんせ私は……」

「魔法学の祖なのだろう?属性の体系化こそが最大の研究成果だと聞いている」

 …リオネルだな。

「まぁね。その道のプロってことよ。プロの大先輩から今日の集大成についてのヒントだけあげるわ。あんたは本能的にショーンの属性をきちんと理解している。師弟関係がきちんと出来ているのがその証拠」


 ショーンがやや不安そうにゼインを見る。

「ゼインさん、僕の第5の属性ちゃんと見えてますか…?」

「いや、それが情け無い話さっぱり……」

 フフフフフ……ゼインよ、ここからが貴様の魔法使いとしての器が知れる時間だ………!

「…見えない……そうか、見えないのか!」

 ……え、気づく?

「長い子ども時代も、リオネルをあそこまで若返らせた事にも全て説明がつく……!」

 は〜……つまらん弟子だ。

 私はいつ師匠として偉そうにすればいいのだ。


 ピンッとゼインの額を指先で弾く。

「言ったでしょ?あんたはそれなりに完成された魔法使いだって。正しく弟子を取れるかどうかはここに掛かってる。さ、あんたがショーンに贈ったものは何?」

 ゼインとショーンは開いた口が塞がらないという顔をしていた。

「だからさ、ソレは私の中では〝時計〟なの。端末じゃダメなのよ。わかった?」

 最後ぐらい偉そうにふんぞり返って言ってみた。

 二人は仲良くこくんと頷いた。

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