ショーンの部屋
ギィ〜ガァ〜ギギギ…ギギ…ギィ〜〜
「や、やめろ!呪いでもかけるつもりか!」
「はぁっ!?『悪魔の断末魔』って曲だからこれでいいのよ!」
「いいわけ無いだろう!うちの社員を地獄に落とす気か!!」
「……地獄ぅ?私が人間をそんな優しい場所に落とすわけ無いでしょ!!落とすなら〝生き地獄〟!これ鉄板!私に宴会芸など命じた忌まわしき人間などのたうち回って苦しむがいい!ホーホッホッホ!」
「………馬鹿魔女が」
城で過ごすショーンの元に、過保護男がやって来た。
必死で見習い修行をこなす私に突如降って湧いた重大事件のため、緊急集合をかけたのだ。
大魔女にとっての重大事件。
それは……飲み会である。
「…この度、当センターは役員の臨席を賜り夏の大決起会を開催する運びとなりました。つきましては万障お繰り合わせの上……訳すと全員強制参加!!」
ショーンに取り出してもらった私宛の社内メールとかいう紙を応接のテーブルに叩きつける。
「さすがディアナさんです。現代語上達しましたね」
「当然よ!…って問題はそこじゃ無いの!何で私が宴会芸披露係なのよ!!」
「どう考えてもお前が一番暇そうだからだ」
「何ですってー!?」
とにかく、そういう理由で私は昔取った杵柄、バイオリンの特訓に勤しんでいる。
見習いの衣装であるジャージを着て頑張っているのだ。
「う〜ん…ディアナさん、曲目が良くないのかもしれませんね。こちらの『天使の夕涼み』にしてみたらどうですか?」
「天使………」
大魔女としては天使のために音楽など奏でたくは無いが、天使のようなショーンが言うなら仕方がない。
「……ちょっと待ってなさいよ」
ゆっくりとバイオリンを構え、弦を弾く。
ギギギィ……ギギギ…ギィ〜…ギギギギギィ
「……普通にド下手くそなだけではないか」
「なぁんですってー!?弓を持たせたら右に出る者はいないって有名な私が下手くそ!?耳おかしいんじゃないの!?」
「耳を作り変える魔法でもあるのか」
「ばかたれ!!」
ぐぬぬぬ…こんなはずでは無かったのに……!
昔はもっと…もっと…!!
「ええと…ディアナさん、楽器の選択からやり直しましょう?ええと………」
「ショーン、貸せ」
ゼインがショーンから板鏡をひったくる。
「………カスタネット。この一択だな。バックミュージックさえしっかりしていればどうとでもなる」
「…ああ……いいですね。ふふ」
「カスタネト?何それ」
ゼインとショーンが一瞬目を見開いたあと真顔で固まる。
「あー……カスタネットの歴史は古い。起源は3000年以上の古代まで遡る。……お前にピッタリだ」
「そ、そうですね!元々は二枚貝を打ち鳴らして……」
ゼインがスイっと指を動かし、赤と青のコロンとした物体を出す。
「…普通の人間への道のりは長く、そして険しい。健闘を祈る」
「ディアナさんファイト!」
「うーむ……。ま、可愛い楽器だし、確かに私にピッタリね!よーし、目指せ!金一封よ!借金返済!」
「「………………。」」
ここで拍手でしょ!ったく空気読めないわねぇ。
「ところでディアナ、ショーンは今どういう状況だ」
ははん、結局それが本題か。
「ショーンは大人の階段残り2段ってとこよ」
「2段……とはどういう状況だ」
「あんた自分の時はどうだったのよ。……ってそういや自分の属性すら知らなかったわねぇ……」
いたわしや……。
魔封じ状態でハンカチが出せないが、心の中で涙を拭ってみる。
「ディアナさん、属性が固まると肉体の形状も固まるんですか?……できればもう少し大人の姿になりたいんですけど……」
えー……できればそのままの天使でいて欲しいんだけど……とは言えるわけもない。
「…わかったわかった。魔法使いの発達の授業その2やりましょ」
ショーンがパッと顔を上げる。
「僕の部屋でやりましょう!ゼインさん、僕の部屋凄いんですよ!魔法使いの部屋です!」
「あ、ああ。…魔法使いの部屋?」
城に来て以来、ショーンが溢れ出る魔力でゴソゴソと何かをしていたのは知っていた。
知ってはいたのだが……
「これまた見事な……何?」
扉を開けてすぐに目に飛び込んで来たのは、暗闇の中に浮かぶ色とりどりの球体。
それぞれがクルクル回りながら、ぶつかるかぶつからないかの絶妙な弧を描きながら動き回っている。
「ショーン、見事だな。宇宙空間を再現したのか」
「そうなんです。対人間業務というと、今の主戦場は宇宙でしょう?ただ仕事するのもつまらないなぁって思って」
宇宙……。
「……ディアナ?」
「あ…ああ、こういう形で星を見たのは初めてで…」
夜空に浮かぶ星は何度も何度も見上げて来た。
あまり得意じゃなかったけど、星の並びで行う占術は魔法使いの基礎スキルだし、星や月の力が強いことはわかっていたから、それを取り入れながら発展したのが魔法陣だ。
「……きれいね」
不思議な調和を持って回り続ける球体を見ながら溜息をつく。
「宇宙空間ではきっと魔法は使えないだろうな」
ゼインが呟く。
「そうなの?」
「そう思う。土も無いし風も吹かない。水が流れることもなく、火は燃えさえしない」
「確かにそうですね。そう考えると、僕たちもやっぱりこの星にしがみついて生きなきゃならないんですね」
ショーンが残念そうに言った台詞に、ゼインは小さな声で返す。
「………私は引っ越し先を探してもいいと思っているが」
ははあ、なるほど。トラヴィスに探させるわけか。
「ディアナさん、そういうわけで僕が魔法使いとして一人前になるためには、宇宙空間に小さく浮かぶこの星の生命力が必要です!」
「そ…の通りよ!」
「…僕なりに自分が魔法使いとしてなかなか大人になれない理由を導き出してみたんです」
ゼインが『えっ!?』という顔をしたのをバッチリ見た。
「…足りないんだと思います。生命力が。魔法使いを通常のスピードで大人にするだけの生命力が、もうこの星には足りないんだと思います」
ショーンが述べた考察は全然違っているのだが、目から鱗が落ちるような気持ちになる。
「……ショーンあんた……かしこ〜いっっ!かわいい〜!!んもうお姉さんヨシヨシしちゃう!!」
ここぞとばかりに抱きついてショーンの頬っぺたにスリスリと頬寄せる。
「ディ……アナさんっ!離して下さい!さすがに恥ずかしいです!」
「ええ〜?いいじゃないのよ、ラストチャンスなのよー?大人になっちゃったら流石に犯罪じゃない。そのぐらいの倫理観は……」
言いかけたところで背中に強大な凍てつく波動を感じた。
というか魔封じ状態でも感じる、恐るべき冷気……。
「……ディアナ、現代社会では未成年者に対する過度なスキンシップはそれだけで犯罪だ。あと自称でもお姉さんを騙るのはやめろ。お前は……ババアだ!!」
過保護男がショーンから私を引き剥がす。
「はいカッチーン……。ああそうですか。ご指摘頂きありがとうでございましたねぇ…?生意気なガキンチョなんかこうしてくれるわっっ!!」
今度はゼインに飛び掛かる。
「ババアは性別を凌駕すんのよ!つまり無敵!!」
「や…めろ!アホが!!現代社会では同性相手でも犯罪……!」
すったもんだやっていると、目の前がパッと明るくなる。
「はい、お終いです!……はぁ。本当に魔法使いっていつ大人になるんでしょうねぇ……」
ショーンの溜息に横目を滑らせれば、グシャグシャになったゼインの髪の毛が炎の蛇になっていた。
……レベルアップおめでとう。




