リクルート
ディアナがトラヴィスと二人になって、そろそろ一時間は経つだろうか。
何だかんだで生真面目な3人は仕事を始めたし、リオネルは魔力を使って空中で模型を組み立てている。
私はというと……自分の思考の渦の中で溺れそうになっていた。
応接から時々届くディアナの魔力の波動に、心がさざめくのだ。
……今はおそらく泣いている。
泣かないと言ったくせに、やはり泣いている。
トラヴィスが語っているのはどの辺りの時代の話なのだろう。……どこでの話なのだろう。
彼の顔を見た瞬間、言いようの無い気持ちが浮かんだ。
……知らない魔法使いだと。
つまり、アーデンブルクが滅ぶ瞬間にはいなかった魔法使いだ。
なのにどこか懐かしいような、厳しかったような、不思議な記憶を呼び起こす顔だった。
……いや、言葉遣いを相当厳しく指摘された妙な記憶を呼び起こす顔……だ。
そしてもう一つの言いようの無い気持ちが浮かぶ理由が頭の中を這い回る。
サラスワで体が崩壊するほどの魔力暴発をしかけたディアナを見てから、言えなくなってしまった話だ。
……アーデンブルクの最期を、私が隠し続けているという事実。
この島の地下深くで今もなお、滅ぶ瞬間の姿を留めたまま、アーデンブルクは眠っているのだ。
一目見れば、何が起きたのか分かってしまうから。
それを見たディアナが今度こそ消えてしまうような気がして、抱えてしまった隠し事。
見上げていた天井から視線をソファに移す。
……ディアナにだけじゃない。話せていないのは彼らにも…だ。
島を失えなかった。
この島が私の全てだった。
だから本当は島の運営を主導できる立場さえ手に入ればよかった。
大きな組織などいらなかったのだ。
だが人間の発展に付き合う内に、後に引けなくなってしまった。
……そして私は自分の我儘に3人の人生を巻き込んだ。
理由も告げないままに。
ふと薬指にはまる指輪が温かくなったことに気づく。
嬉しそうな魔力が伝わって来る。
そしてそれはそれで自分の心に波が立つのを感じる。
……ああ、もう何だというのだ。
何なのだ、あの女は。
そもそも私の400年は何だったのだ。
あれほど探し回った魔法使いが、ディアナの登場を待ち侘びていたかのようにどんどんと目の前に現れる。
私の顔が怖いから出て来なかったのか?妖精か!
いや、それならばディアナの顔だって怖いのだ。あいつだって400年間誰の事も見つけられずに……
そしてまた一人、思考の渦の中で堂々巡りしている事実に気づき、大きな溜息を吐く。
「あー……ゼインさん、またダミーに足跡ついてます」
ショーンの声でハッと我に返る。
「またか……」
呟きながら体を起こし、立ち上がって皆の元へと向かう。
ダミーというのは、私が作った魔法道具…人間には兵器だと思われているが、それらの設計図を保管していると〝見せかけている〟データの事だ。
当たり前だがこれは社内向けの詭弁で、人間に読める形でなど残すわけが無い。
「人間の戦のやり方は本当に変わってしまったな。サイバー戦争はストレスばかりが溜まる」
そう言いながらショーンの隣に座れば、対面からニールがすかさず返して来る。
「いや、ほんと。ドンパチやる方がどれだけ楽か……」
「おい、お前は殺傷沙汰禁止だ。貴重な属性を失うなど許されないからな」
言えばニールがニヤッとする。
「あれ?『聖魔法での殺傷沙汰禁止』じゃなかった?は〜やれやれ、僕ようやく引退だねぇ」
「……引退」
……したいのか?
と喉元まで声が出かかる。
「……僕さぁ、もっと修行したい」
「!!」
ニールの口から出たとは思えない台詞に正直驚く。
「……しゅ…しゅぎょう……」
「だから時間が欲しい。……魔法使いとしてもう少し強くなりたい」
口がポカンと開く。
「あー…いっすね。俺も何となく正念場な気がしてるんすよ。今を逃せば本気で詠唱魔法が身に付かないような焦りが……」
ギリアムの言葉に今度は焦る。
「そ、そうなのか!?調子悪いのか!?見せてみろ!」
ショーンの隣を飛び上がって、ニールとギリアムの間に無理矢理体を捩じ込む。
両手でギリアムの両頬を挟んで覗き込めば、ギリアムが変な声を上げる。
「…いや、はのゼインはん、ほうじゃなくて……」
「大丈夫、大丈夫だ。何かしら方法はあるはずだ。修行…修行か……」
詠唱をすっ飛ばしていっそのこと無詠唱……いや、駄目だ。二度と基礎を疎かにすまいと誓ったのだ。やはりここはディアナに頭を下げて……。
グルグル考えていると、ギリアムが両手を解く。
「だーかーら!……俺も時間が欲しいっていう話っす!人間相手にプログラム組むぐらいなら、魔法陣描く練習したいんす!……スピーチの練習より、詠唱の訓練したいんす」
「そ、そうか……」
気持ちは痛いほど分かる。
私だって……私だってそうなのだと声を大にして言いたい。
自業自得すぎて絶対に言えないが。
「なんじゃ、ならワシと交代するか?ワシはそのピコピコをやりたい」
「……………ピコピコ」
リオネルの間伸びした声で現実に戻る。
「ワシ、言語は言語でもプログラミング言語っちゅーもんの方がいい」
「あー……」
いい考えだと言おうとして口を閉じる。
確かにリオネルなら仕組みも理論もすぐに理解するだろうが、手取り足取り教えてやる時間が無い。
…というか、絶対に手に余る。
「……語学学校を主席卒業したら考えよう」
「……意地悪ゼインめ」
リオネルが唇を尖らせてブーブー言っていると、ショーンが言葉を発した。
「あ、じゃあしばらくは対人間用の業務は僕が担います」
「ショーンがか?それはいいが……」
「その代わりと言ってはなんですが、しばらく魔法を使うのを控えさせて頂きたいんです」
……今度は本格的になぜ。
ショーンが手の平を見つめる。
「ディアナさんの見立てでは、僕…そろそろ属性が安定しそうなんですって」
「……は?」
「魔力の色に混じり気が少なくなって来たって言われました」
「あー…確かにそうだね。澄んで来てるよね」
ニールがショーンをまじまじと見ている。
「ショーンが本当にお子様卒業とか寂しいっすね、ゼインさん」
「あ……ああ。いや、めでたい事だ。それで?魔法は使わない方がいいのか?」
「そうは言われなかったんですけど、話が難しくて……」
…ディアナは説明が超絶下手くそだからな。
「要はの、属性が引っ張られるような環境に身を置くなっちゅーことじゃ。自然体で固まる属性が一番魂に馴染む…と言われておる。…はずじゃ。多分」
……どっちなんだ。
「……魂に馴染む属性という言葉が気にかかる。ショーン、環境を一定に保つ方がいいのなら、在宅勤務に切り換えるか?」
「ええと…そうですね……。しばらくお城で暮らしてもいいでしょうか」
「城で?……それは構わないと思うが…」
「良いに決まっておる。ショーンはあの空間が好きか?」
「はい!」
…そうだな、魔法使いならきっと誰もが安心する空間だ。
魔力が枯れた世界において、あんなに彩り豊かな魔力に溢れた場所は無い。
ふと気づけば書斎の扉の前に二つの魔力が並んでいる。大きくて強い、二つの魔力。
……そうだな。思考の渦で溺れている場合などでは無い。
私は私らしく、我儘を貫き通すしか無いのだ。
「……この状況下、我々がやるべき事はただ一つ。ニール、ギリアム、ショーン!」
「「「はっ!」」」
「……トラヴィス・サーマンの身柄確保!!」
扉に向けてビシッと指を差す。
「人事関係任せて!」「引継書すぐ用意できるっす!」「僕の調査案件纏めてます!」
……全員考える事は一緒か。さすが私の弟子だ。
トラヴィス・サーマン……きっと素晴らしい魔法使いだろう。
だがそんな事よりも、今は彼の人間としての経歴が喉から手が出るほど欲しい。
というか絶対に部下にする。
「ゼインおぬし……清々しいほどの唯我独尊っぷりじゃの」
リオネルが白けた目を寄越す。
当然だ。知らないのか?私はゼイン・エヴァンズだぞ。
と心の中で思ったが、兄弟子に敬意を表してこう言っておいた。
「……その使い方は誤用だな。勉強時間が足りないのだろう。寮に入れ」と。




