解放
サラスワの王様の葬儀へ行ったあの日、実はトラヴィス・サーマンから一度石を見せたいとニールのところに連絡が入っていたらしい。
私にそれが知らされたのは、信じられないことに昨日の夜だった。
確かに日付など気にして生きてはいないが、何となくムカついてゼインに飛行機を献上しろと命令した。
……せっけいず、とかいうものしかくれなかったが。
そして何だかんだ忙しいガーディアンの重鎮たちが全員顔を合わせられたのが今日であり、今日は葬儀から3週間後……もうよく分からないが、とにかく今日という日をめでたく迎えたわけである。
実はこの3週間、ゼインはショーンと一緒に仕事帰りにほぼ毎日城にやって来た。
図書館の本、それからゼインが持参した書物、ショーンが持ち込んだ資料などを突き合わせて、リオネルと一緒にかなり真剣に何かを話し合っていた。
いわゆる悪巧み親子である。
私はなぜか毎日毎日親子の監視下で規則正しい生活とやらをさせられ、アルバイトに行き、三食きっちり食べ、夜に寝て朝起きるという見習いらしい過ごし方をした。
一週間経った頃にニールが加わり、夜勤に行く代わりに与えられた『一般教養問題集』全10巻を付きっきりで指導され、その二日後双子を連れてやって来たギリアムからは、筋トレとかいう地獄を味合わされた。
どうにも男どもは私に隠し事をしたいらしい。
ゼインがトリオとヒソヒソやるのは別にいい。あそこはあそこできちんとした師弟関係がある。
自分たちで目標を作って、それに向けて試行錯誤するのも成長のうちである。
だが待てと。
リオネルは私の弟子である。ついでに双子は無所属見習い未満でしょうが!!
え、なんなの?結局これって私だけが仲間はず……いやいやまさか。私を外してどうすんのよ。トラブルがあったらどうすんのよ?
……仲間はずれ………この野郎ども。
さて、ゼインの邸で繰り広げられているのは、私に言わせれば三文芝居である。
トラヴィスの封印の〝鍵〟となるのは、間違いなく〝記憶〟なのだが、記憶を操る魔法というのは、とにかく全てにおいて面倒くさい。
奪ったら奪ったでゼインみたいになるし、与えたら与えたで本人の混乱は著しい。
何でも解決出来るように思える魔法でも、命、記憶、時間に関わる魔法はすごく難しいのだ。
「……取り乱して申し訳ございません。資料などが残されていたのでしょう。私も何かを見たからこそ、これらを選んだはずですし……」
絶対にお高いだろう家具が置かれた応接間。相当にお高いだろうソファの対面で、トラヴィスがやや困った顔で再び微笑む。
残念ながら私の目はニールほど良くないし、ギリアムほど色々な音を聞き分けられる訳ではない。
けれど三文芝居にはきっと意味がある。
おそらくゼイン達は、それぞれの得意分野を駆使してトラヴィスの封印の鍵を探そうとしている。
「そっかそっか、あるあるだよねー。僕もさ、色んな女の子によく同じプレゼントあげちゃって大顰蹙買うしね」
「それってトラヴィスさんと関係なくないですか?」
「ショーン何言っちゃってんの?何となく選んじゃうってとこがポイントなんじゃん。ああいうのっていつの間に刷り込まれるんだろねー?世間は物で溢れてるのにさ、結局同じの買った時の衝撃?みたいな」
…ほほう、確かに確かに。
私も昔あったわねぇ……。何でか毎日同じ人形を買って………ああ、エルヴィラにか。
まあ男どもの悪巧みは遠くから見守るとして、私もこの美しい男と話したい。
男も女も美人は大好物である。何度見てもいい。
トラヴィスは本気で美しいのだ。
外見も、振る舞いも、声音も全てがエレガント。
アーデンブルクでは希少種とも言える、エレガント魔法使いなのだ。
「ねぇトラヴィス、よかったらどうしてこの宝石を選んでくれたのか聞いてもいい?」
私の問いかけにトラヴィスがハッとする。
「え、ええ。そうですね。物語……一度離れても再び同じところへ……いえ、違います。元の主のところへ………うっ……」
突然こめかみを押さえて顔を伏せるトラヴィス。
「ちょ、ちょっとあんた……」
え、私無意識に声に魔力乗せてた?
ヤバ、なんか呪いかけたのかも……。
「大丈夫ですか!?」
ショーンが立ち上がりトラヴィスの元へ駆け寄る。
「……集めて……戻らなければ……待たせて……」
よほど頭が痛むのか、トラヴィスの顔がどんどん青褪めていく。
これは……大魔女スキルで何かをやらかしてしまったに違いない。
ヤバいヤバい、大魔女ヤバい!
「ニール、どうだ」
「もう少し……!」
「…ギリアム」
「綻びは見えてるっす!」
なーにをすっとぼけたこと言ってんだこの3バカは!
どんな作戦立てていたかは知らないが、記憶を無理に引き出すと自我が崩壊する可能性がある。
「トラヴィス、手を出しなさい!」
魔力の流れを見ようと私がトラヴィスの方へ手を伸ばそうとした時、それより早くゼインの左手が動いた。
「痛みを取ろう」
そう言ってトラヴィスのこめかみへと伸びたゼインの手を、パシッとトラヴィスが掴む。
「!?」
ゼインがギョッとする。
「…指輪……指輪………?…銀色の…………」
血走った瞳でトラヴィスが必死に記憶を辿ろうとしている。
「…せきぞう……」
そう呟いたトラヴィスの瞳からフッと意識というものが消える。
「はっ!ディアナ、リオネルだ!リオネルを呼べ!!」
左手を掴まれたままゼインが叫ぶ。
「リ、リオネル!?ええと…わかった!」
リオネルリオネル……私が喉に魔力を集め呼び出し呪文の準備に入ると、それを見たギリアムが部屋に防御結界を張る。
それを見たショーンが今度はその場にいた全員に防御魔法の呪文をかける。
ニールが聖属性を手の平に集めるのを視界に入れながら私は叫んだ。
「リオネル!『即時集結』!!」
カッと一瞬の明滅のあと、響くマイペースな声。
「なんじゃあ?飛行機ならまだできとらん……ほ?」
ゼインと私の間にポンッと現れたリオネル。
「リオネル、指輪だ!指輪!トラヴィスに指輪を渡せ!」
「はっ?はあっ!?ワシの宝物じゃぞ!?」
「リオネルさん早く早く!!」
「な、なんじゃショーンまで!」
「リオネル大丈夫。彼よ、彼がトラヴィス。封印が解けかかってる。〝鍵〟の欠片はあんたの指輪みたいなの」
静かに諭すと、リオネルがトラヴィスをチラッと見たあと、「いやじゃぁぁ…」と涙目で小さく叫びながら左手小指から指輪を引き抜き、めちゃくちゃ圧をかけてくるゼインの右手に乗せた。
「ふぃ〜ん!!」
変な泣き声を上げて、リオネルが私の腰に引っ付く。
ゼインがおそるおそるリオネルの指輪をトラヴィスの視界へと入れると、意識の感じられない彼の瞳が見開き、そしてその瞳を閉じたと同時に声を出した。
「………リオネル…ブラーエ……確認」
彼の口から響いて来るのは、懐かしい低い声。
「……トラヴィス・サーマン…帰還。命令完遂により…この時を以て…この者を解放する……」
その光景を、私は心の何処かでずっと待っていたのかもしれない。
低く小さな声が宙に消えると同時に、光に包まれたトラヴィスの体。
黒に近い、青と灰色を織り混ぜた、懐かしい光。
……ベネディクトが纏っていた魔力………。
再びトラヴィスの瞳が開いた時、応接に雨が降った。
夥しい数の宝石の雨が。
まるで久しぶりの外の世界を喜ぶかのように、キラキラと煌めきながら跳ね踊る、美しい…雨だった。




