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ギリアム心の声

 まあ…別にいいんすよ。

 そもそも事の始まりが俺に合う石を見つけるっていう名目で始まった一件だとしても、俺としては何の文句も無いんすけどね?

 ……台本以上に人目を憚らずイチャイチャされると、正直どう突っ込んでいいのか戸惑うんすよ。



「…その小さな石よりこちらの方が良くないか?」

「はぁー?そんな重い石毎日ぶら下げて歩けるわけないでしょ。私の首の筋肉を何だと思ってんのよ」

「ピアスじゃなくてネックレスはどうだ。その石なら100個ほど繋げればそれなりの効果が……」

「だーかーら、首がもげるんだって!」

 

 いや、分かってますよ?色々と十分に分かってるんすけどね、ゼインさんけっこうマジで姉さんの石選んでますよね。

 


「さすがはエヴァンズ社長でございますね。そちらのルースは確かに石の価値自体はさほど高くはありません。ですが普段使いとしてお持ち頂くなら悪くはないと思います。ちなみに、こういったデザインはいかがでしょう」

「ふむ、チョーカー……」

「……あんた私に首輪つける気?」

「あー……」

「ふふ、お察しいたします」

 

 目の前であのゼインさん相手に急所をピンポイントで刺しながら堂々とセールストークを繰り広げるのは、〝見えない男〟トラヴィス・サーマンである。

 先日の宝石店での姉さんからの依頼で〝物語のある石〟を世界中から取り寄せて持って来た。

 そう、ここはゼインさんの邸。

 あの日ニールさんが帰り際に指定したのがなぜこの場所だったのか。

 理由は色々あるだろうが、咄嗟の判断でこの男が結界を越えられるのかを知ろうとしたんだと思う。

 ……まあ結果はご覧の通り。

 ああいう時のニールさんの頭の回転の早さは本当に尊敬する。

 もう何も疑う必要は無い。

 ……彼は確かに魔法使いだ。

 


 とまあそんな分かり切った話は置いておいて、今日ここに集まったのはあの日のメンバープラス邸の住人…つまりゼインさんとショーンな訳だが、上記の理由でゼインさんは現状役立たずの状況だ。

「……ギリアム、二人は無視して進めちゃおうよ。見た感じ相当力の強い石ばっかりだよ」

「そっすね。…え、俺が進めるんすか?」

「修行して」

「………………。」

 ゼインさんと違ってこういう容赦ないところも尊敬してる……と言っておくっす。


「あー…ええと…トラヴィス…でいいすか?姉さ…ディアナお嬢様の前に、俺たちが宝石見てもいいすかね」

「ええ、もちろんです」

 白い歯を光らせ、美しい所作で宝石の入ったケースを俺の目の前に差し出す男。

 身のこなし、物言い、そして一瞬で空気を読む能力、どれを取っても一流だ。

 今日は黒づくめじゃないニールさんと俺を見てもピクリとも脈拍が上がらなかったし、俺の下手な演技に顔色一つ変えもしない。


「……あの、トラヴィスさん?」

 小難しそうな顔をしてずっと手元のタブレットで資料を読んでいたショーンがようやく口を開く。

「何でございましょう、ショーン様」

 ……ショーン様。

「あ、ええと、ここにある石は古いばかりでは無いですよね。〝物語〟の選定基準が何かあるのですか?」

 …ショーンは賢いな。そうそう、そういうことを聞きたいわけだ。さすがだ。

 あと様付けに怯まないところも、さすがの箱入りおぼっちゃまだ。


「選定基準……素晴らしいご質問でございますね。ええ、確かに私は石の持つ物語にいくつか条件を定めました」

「へぇ!聞いてもいい?」

 お、ニールさんも参戦すね。よろしく頼むっす。

「はい。まず最初に悲劇を除外しました。悲劇にまつわる石は確かに得体の知れない力を感じさせるものですが、お求めになっている〝強さ〟とは相容れないように思えたのです」

「えと…何で…っすか?俺たち愉快な雰囲気してたっすか?」

 普段のニールさんと姉さんは確かに底抜け陽キャって感じだが、あの宝石店では相当抑えてたはず……。


「…ふふ、そうですね。言葉にするのは難しいのですが、あの時ディアナ様が求められていた強さは、悠久の時をのびのび生きるような……全てのものを包み込むような……そのようなゆったりとしたものだと思ったのです」

 ……半端じゃないな。半端じゃない。

 それで自分を本当に人間だと思って暮らしてんのか?どう考えても無理があるだろ。


「へー!じゃあ僕は?僕からは何を感じる?ちょっと見てみてよ」

 おお…『見せる』すか。何とも高度なスキルすね。

「ニール様でございますか?あなたは……本当に美しい瞳でいらっしゃる。希少石であるパライバトルマリンをご存知ですか?あなたの瞳はあの石のようです」

「へ…へぇ……?」

 ニールさんが狼狽えてる。

 まぁ男に瞳を褒められても嬉しくは無いだろう。ニールさんだし。

 ……ってそこは問題じゃない。

 トラヴィスが初めて何かを誤魔化した。


「悲劇以外では何を除外したんですか?例えばこのネックレス……僕、どこかで見たことあるんですよね」

 ショーンが取り上げたのは、蜘蛛の巣のような複雑な細工の中にいくつかの青い石が縫い付けられた、超高そうなネックレスだ。

「……こちらをご覧になった事がある……?」

 抑えてはいるが、今度は本格的にトラヴィスの声に困惑が浮かぶ。

「…どこでだったか、このネックレスをした人の写真……ううんと……記事?を見た気がするんですけど……」

「記事、ですか」

 …プロだな。この男。

 わずかに揺れる声音以外、顔から微笑みは消えないし、背筋も伸びたまま。

 ゼインさん、魔法使い云々抜きにしてこの男スカウトした方がいいんじゃないすか?欲しがってたでしょ、デキる調査員。



「……ここにある宝石は、全て一度盗まれた事がある代物だな」

 お、ゼインさんようやく参戦すか?…ああ、違うすね。右手は姉さんの耳たぶすか。

 でもトラヴィスは初めて微笑みを消したっすよ!ちょっとそろそろ本気出してもらえないっすかね……。

「…ご存知なのですか?」

「ああ。ショーンは私が投資用に集めた記事を読んだのだろう。いわく付きの品は総じて将来価値が高まるからな。ただ…トラヴィスが言うようにこれらは悲劇に該当しない。つまり……」

「あ、僕分かりました。全部持ち主のところにちゃんと戻ったんですね!」

「ああ。……だな?トラヴィス」

 

 しばらく黙りこくったトラヴィスの声に、この日初めて明らかな警戒が浮かんだ。

「記事……ええ、確かに一部はそうでしょう。ですがショーン様が手に取られた品が盗まれたのは、新聞が民衆の手に届くようになる時代より遥か昔の事でございます。写真付きでなど……」

 ゼインさんがようやく姉さんの方から体をトラヴィスの方に向けた。

「そうだったか?ならば記憶が混濁しているのだな。どうも最近は昔のことばかりが鮮やかに蘇ってな」

 ……どこのじじいなんすかね、この人は。

 まあ、確かに超高齢なんすけど。



 ゼインさんの白々しいセリフは、おそらく彼の何処かに引っかかったんだろう。

 この日初めて俺の耳にトラヴィスの鼓動が響いて来た。

 そしてその鼓動が早く大きくなった時、隣のニールさんの瞳が何かを捉えた気配がした。

 そして俺の頭にも流れ込んで来る。

 言葉に表せない、不思議な鎖の一部が消えかかっている映像が。

 ……そう、見えたんだ。封印の綻びが。

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