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銀月

 初めて手放しで何かを美しいと思ったのは、人生で一番最初に知った魔法陣……葬送魔法の陣だった。

 混沌のアーデンブルクにおいてその時一番必要とされていた魔法は、悲しいけれど死者を送る葬送魔法で、基礎魔法を教わる暇さえ無かったあの頃、私の面倒を見てくれていた魔法使い達が唯一地面に円環を描いて授けてくれたのがそれだった。

 

 私はあの時いくつだっただろうか。

 毎日不満だった。幼かったけれど、攻めて来るのが人間だという事は理解していた。

 …人間を倒したかった。一人でも多く。

 なのに私が手伝わせて貰えたのは〝送る〟ことだけ。

 命を終えた魔法使いたちを、煌めく粒子に変えるだけ。

 でもそれが一番大切なのだと、それが最も尊いのだと、頭を撫でてくれた者がいた。



 砂の上を流れるように長く長く伸びる波打つ銀色の髪。

 額に浮かぶ古代紋、それを隠すように巻かれた額飾り。

 身を覆う白金の布はさざ波のように揺れ、その隙間から溢れるのは銀色の粒子。

 ……ディアナの魔力。

 ただひたすらに美しかった。

 暗い砂漠に佇むディアナは、本当に美しかった。


「でね、王様にはちゃんとお礼言っとこうと思って」

「なんじゃ、ディアナはよもや本当に精霊であったか」

「んなわけないでしょ!私は魔女なの!大魔女!今日は特別出血大サービスの衣装で見送りに来たってだけだし!」

 ……ただひたすら美しいのだがな、外見は。

 遠目から見れば、幽霊と言い合いするコスプレした痛い女だ。


「…スナイデル王、突然のことで驚いた。体調が良くなかったのか?」 

 昼間埋葬された王の幽霊は、自身の墓標に腰掛けて頬杖を付くポーズで私たちの前にいる。

「……若い頃から儂の体はボロボロじゃ。何度も毒殺されかかったからな。その張本人の弟はヘラヘラした顔で葬儀に来とったわ。…腹の立つ」

「毒殺?兄弟喧嘩にしては激し過ぎない?」

「……色々あるんじゃよ」


 そう、色々ある。

 サラスワのように国王に権力が集中する国では継承争いなど当然の事だ。

「スナイデル王、あなたは妃を一人しか娶られなかったのだな。…王子も一人」

 王がフッと皮肉気に笑う。

「そなたなら分かるだろう?……女は面倒くさいのだ」

 そう言って視線を下げるこの王は、紛うことなき賢王だった。

 その人生をサラスワの再起のために賭けたのだ。

 ……もっと早く出会いたかった。

 変わっていくこの国を、もっと長く見せてやりたかった。


 スナイデル王の霊が頬杖を解き、背筋を整え、ゆっくりと頭を下げる。

「…ディアナ、それからゼイン・エヴァンズ。儂は目に見えぬものに縋る事はせぬと申した。…だがこうして儂の目に映るそなたたちに伏して頼みたい」

「……申されよ」

 そう言うと王が頭を上げ、ジッと私の瞳を見る。

「…この国を……サラスワ連邦国を頼む。遠くから見ていてくれるだけで良い。いつでもそなた達が見てくれているのだと…民の心が安らかであるよう……この通りだ」

 

 再び頭を下げる王の霊の髪を、ディアナが優しく梳く。

「王様、魔女は(ことわり)を大事にするの。与えられたものには相応しいものを返す。……私にセルウィンの名を貸してくれてありがとう。私のことずっと前から知ってたのに黙っていてくれてありがとう。私はサラスワのみんなのお陰で旅を終えられた。飛行機に乗れて…仲間に会えた」

 ディアナがフッと微笑む。

「この恩は100年やそこらじゃ返せないわねぇ…。ゼイン、どう思う?」

「…まぁ、そうだな。私が師を得られたのも、よく考えればセルウィン王家のおかげだ。子々孫々まで恩返しせねばならん」


 俯いた王の霊の足元に、溢れるはずのない光の雫が落ちる。

 と同時に私たちの後方からザッザッザッと砂を踏み締める足音が聞こえて来た。

 ディアナと二人振り向けば、そこにはスナイデル王とよく似た若い顔が、こちらも瞳に何かを煌めかせながら駆け寄って来る。

 …まずい。

 私はそう頭をよぎった一瞬で姿を消すが、勘の悪いディアナはそのままだ。

 危機感という言葉はこの女の辞書には無い。これはもう絶対だ。


「…精霊よ……来て下さったのですね……!」

 砂に足を取られながら必死にディアナの元へ駆け寄る若き次代の王。

「し、失礼した。わたくしはジェマ・サンドロス・セルウィン。先だって父王の元に現れた精霊とお見受けする」

 ……結局スナイデル王は口ではゴチャゴチャ言いながらも、目に見えぬ何かを信じていたのではないか。


「あー……精霊…じゃ……んん、何かしら?」

 …読んだ!ディアナが空気を読んだ……!

「……父王を迎えに来られたのですか?…言葉をお伝え頂くことはできるのでしょうか」

 ディアナがチラッとスナイデル王の方を見る。

「あー……本当はそういうのは生きてる間に伝えるべきだと思うんだけど……ま、私も身に覚えがあるから聞いてあげる」

 サンドロスの顔がパッと輝く。

「ありがとうございます……!父王に…父に一言、心からの感謝をお伝え頂きたい。父が歩んだ茨の道からは一つ残らず棘が消え、私は平らな平らな道を歩かせて頂いている。…弱き息子だと思われていたのかもしれない。だが私は精霊の加護を信じ、この道を前へ前へ歩き続けるとお伝え下さい!」

 ディアナがじっとサンドロスの顔を見たあと、墓標の上で気まずそうに苦笑いするスナイデル王を見た。


「…ディアナ、儂は肉体が朽ちる時間を待ちとうない。砂の大地は散々見て来た。……早く次の時代を見たいのだ」

 王の言葉にディアナがこくりと頷いて、サンドロスを手招きする。

「お父さんがまたここに帰って来られるように、手を貸してちょうだい」

「は、ははあっ!!」

 ディアナがサンドロスの左手を取る。

 そして夜空を見上げ、口元で何かしらの(ことば)を唱える。


『……月を戴く我が名をもって、レガレ・スナイデル・セルウィンに光の道を示す。…迷わず進め。再び我が手に還りし時を……砂の大地にて待つ』

 

 葬送魔法の原型……だろうか。

 ディアナが左手で描く光の道は、まるで星屑を集めたように煌めきながら、高く高く天まで伸びていた。

 




 ……銀月の君、か。

 帰りの飛行機の中で、暗闇しか映さない窓の外をずっと眺めている対面のディアナを盗み見る。

 目にする全てが美しかった。

 そう、紡がれる詞も美しかった。

 だが……である。


「……あー……つっかれた。あの仕事向いてないのよねぇ。歯が浮き浮きすんのよ…ブツブツブツ……」

 ……お前に向いた仕事などこの世にあるのか?あるなら教えて欲しいのだが。

「ブツブツ……何のために葬送魔法陣作ったと思ってんのよ、ったく……」

 何のためって……は?葬送魔法陣を…作った……?

「ディ…アナ、お前が葬送魔法陣を……?」

 思わず声をかければ、ディアナが半目でこちらを向く。

 今のは寝言……?

 いや、寝言は寝て言え。せめて。

 

 だがフラフラと頭を揺らし出したディアナに違和感を感じ、咄嗟に手を伸ばす。

「お前……大丈夫か?魔力……減りすぎだろう!!」

 驚いた。本気で驚いた。

 触れて初めて気づいたが、底無しであるはずの魔女の魔力がゴッソリと減っている。

「あー……ほら、葬送魔法って、アレじゃない?最上級魔法……」

「あ、ああ」

「……儀式じゃなくて、本気でやると、こうなんの」

「わ、分かった。とりあえず寝ろ!」

 座席を後ろに倒し、ディアナの体を横にする。

 そしてその青白い頬にかかる髪をそっと払う。

 


「……最も尊い………か」

 

 寿命を待たずに死んだ者、肉体を、魂の魔力を保ったまま息絶えた者を送る魔法………。

 呪文が存在しない、誰しもは扱えなかったはずの魔法………。

「ディアナ、お前は………」

 ……魔女…だよな?

 口に出そうとして止める。

 そして時折上下するディアナの体を見つめる。


「………ちがうっつーの」

「────!!」

 ちが……違う…だと?

「…けんじょー…決まってん…しょ……むにゃ」

 ……けんじょう?あ、献上…か。

 は?献上?

「ひこーき…げっと……ぐぅ」

「……………馬鹿魔女が」

 


 やはり根っからの魔女だったディアナの寝顔を映す窓の向こうでは、地表で見るより鮮やかで、とても大きな銀色の月が輝いていた。

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