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葬儀

 王様のお葬式は静かだった。

 儀礼的な事は全く分からなかったけど、きっとサラスワでの死者の送り方は『祈る』のだと理解した。


 ドーム型の空間の中でたくさん灯された蝋燭の中、王様の肉体は静かに横たわっていた。

 どこか懐かしいような、やっぱり聞いた事の無いような祈りの詞を、私とゼインはドームの端っこで聞いていた。

 ……めっちゃ行儀悪く片肘ついて空中に寝転がりながら、自分の死体を見下ろす王様のつまらなそうな顔に笑いを堪えながら。


『…笑うなよ、絶対に笑うなよ……!!』

『……わかってるわよ!王様、あの人間嫌いだったみたい!…ベロベロベー!!ベロベロしてる…!!』

『…笑わせるな……!!』

 

 今日は王族や王様の友達、いわゆる〝親しい人間〟に見守られながら埋葬されるはずだと言うのに、王様は完全に不貞腐れた子どものようだ。

 …まぁ、アレが本当の王様の姿なんだろう。死んだらだいたいの幽霊は本来の姿に戻る。

『王様……奥さん一人しかいないのねぇ………』

 前の王様には7人の妻がいた。8番目は知らないところで無かったことにされたどこかの大魔女だ。

『それだけじゃ無い。後継の男子も一人だけだ』

 ドームの中で一番王様に近い所に座っている人間の男…遠目から見ても王様にそっくりな彼が、きっと次の王様なんだろう。

『…あの子、ゼインの顔見てホッとしてたわね』

『……色々あるんだろう。上に立つ人間には総じて色々ある』

 色々……きっとゼインにはその〝色々〟も分かっているのだろう。


 

 真面目くさった様子でお葬式の様子を見ている〝ゼイン・エヴァンズ〟の横顔をチラッと盗み見る。

 飛行機を降りる瞬間にピンと来た。

 有り余るほど身についているはずの振る舞いと知見を新たに身につけなければならない理由が突然降りて来たのだ。

 いや、大嘘をついた。

 空港に迎えに来ていたガーディアンの社員とゼインのコソコソ話を聞いたのだ。


『…ご一緒に参列されるのですね。お披露目はいつのご予定ですか?』

『あー……二度目の上に歳が歳だ。派手なことは避けたい。…要相談、と言ったところだな』

 

 これは間違いない。

 私、やっぱり出世した。

 

 そうなのだ。忘れかかっていたが、私はディアナ・セルウィンの時は顧問に登り詰めていたのだ。

 歳が…の下りは完全に余計だが、どうやら今度は相談役に抜擢されたらしい。

 超絶厳しい人間修行の理由も分かったというものである。

 ニールをクビにしたわけでは無いということは、私こそがガーディアンの社長である隣の全身真っ黒男の左腕ということになろう。

 ガーディアンの社長=ネオ・アーデンの王様=島の持ち主。

 つまり左腕が失敗する=社長じゃなくなる=島を失う=えらいこっちゃ、である。

 これは出し惜しみしている場合では無い。本気を出さねば……!

 などと考えている間に、気がつけば葬儀が終わっていた。

 

 


「まぁ知ってはいたが、サラスワは土葬なのだな。私はあまり土に埋められたいとは思わないのだが」

 布でグルグル巻きにされた王様が、派手な壺に入れられて砂を被せられる様子を遠巻きに見ながら、ゼインが呟いた。

「ふーん?ちなみに、ちなみになんだけど、現代の人間の埋葬方法は何があんの?」

 私の頭の中には、燃やす、川や海に流す、土に埋める、ミイラにするぐらいの知識しかない。

「そうだな、ネオ・アーデンでは加水分解がメインなのだが、そろそろ骨が残る埋葬方法は限界に近い。堆肥化技術も面白いが、堆肥を作ってどうするという話にもなるし、今も昔も抜け殻の処理方法は悩ましい問題だな」

 意味不明な上に全く悩ましげに見えない様子で喋っている事だけは確かである。

 


 王様の埋葬が終わったあと、人間たちは皆先ほどのドームに籠り、何日間か祈って過ごすのだそうだ。

 喪に服す……らしい。

 私たちはドームの中にいる人間たちに型通りの挨拶をしてその場を後にした。


「ディアナ、とりあえず仕事は終わりだ」

「そうなの?…仕事してた?」

 見逃したのだろうか。誰とも喋らずにペコッとした姿しか見てないけど。

「ああ。今日ここに来たことに意味があるのだ」

「ふーん…そういうもん?」

 ゼインがもうすぐ落ちてしまいそうな夕陽を見ている。

「…お前はまだやる事があるのだろう?夜まで時間潰すか」

「!」

 こういう時は可愛げがなくて物分かりが良すぎるところが好ましい。

「ちょうど教えて貰いたいこともある」

「……じゃあおぶって涼しいとこまで連れてってくんない?……体力の限界」

「却下」

 ………私は弱いっつったのどの口だ、こら。



「ゼーハー……ゼー……も、本当に限界……!砂に足取られて、普段の100倍しんどい……!!」

「砂漠の民の苦労を知るいい機会だろう?…ほら、目的地まであと少しだ」

 ようやく差し出された右手に両手ですがりながらゼーハーゼーハーと砂の丘を登る。

 本当に冗談抜きで筋力は老人並みなのをコイツはわかってない。

「…老婆か」

「アホたれ!!だいたいあんたこそ何でそんなに体力あんのよ!!」

「鍛えてるからに決まってるだろう」

「鍛え……何のために」

「……スーツを着こなすためだ」

 ……真顔で何言ってんだ、この男は。

「…というのは半分冗談だが、私の一日は9割人間としての生活だからな。だから聞いておきたい事がある」

 ゼインの視線の先には……夥しい数の墓標。

 王様が埋められた場所のように整えられる事もなく、砂さえ無い荒れ果てた地面剥き出しの墓地。


「…人間の墓地?」

「そうだ。ここは相当古い場所だと思う。霊さえいない」

 ゼインの言葉に頷く。

「ディアナ、この度の件で一つ気になったことがある。魔法使いの死と、人間の死の根本的な違いは何だ」

 うわお、どこまで行っても揺るぎない真面目っぷりである。

 水の一杯も出さないところも徹底している。

「はぁ……。あんたには教材を準備する必要は無さそうね。古代魔法使いのやり方に則って修行つけることにするわ」

 ゼインの瞳がキラキラし出す。

「古代の……?」

「そうよ。盗んで覚える段階から、師匠に尋ねて血肉とする……って感じに」


 が、しかし、である。

 それではつまらないのである。

 ついでに新時代の魔法使い相手に古くさい森羅万象など語っても、小難しい言葉で返り討ちにされるのが目に見えている。

「あ、いいこと思いついた!フリースタイルよ、フリースタイル!」

「……フリースタイル」

「そうそう!倉庫の昼休みに食堂で若者が騒いでんのよ。知らない?音楽かけながら悪口言うやつ」

 ゼインの顔がスンッとする。

「……認識に多大な誤解がありそうだが、何となく察した。修行は問答法で進める…という理解でいいか」

「いえ〜す!へいへい、よーよー、はらぐろゼイン、カモンッッ!」

「……『氷結』」


 ……なぜ今私は氷漬けになったのだろう。


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