訃報
「だから聞かせろ。お前は何を隠している。双子の封印は躊躇いなく解いただろう?なぜトラヴィスの封印は〝解くべきでは無い〟という選択肢が出て来る」
ゼインの眉根の寄った顔を見て、思わず目をパチパチする。
あー……しまった。失言してた。
聞き逃すっていう可愛げは備わらんのか。
「……色々あんのよ、私にも」
「誤魔化すな。その色々が分からなければ方向性が定まらないだろう」
う……しつこい。
「方向性……はあんたに任せる」
「は?」
「………トラヴィスは人間として立派に仕事してるじゃない?私の範疇じゃないというか何というか……」
ゼインが溜息をつく。
「…ディアナ、分かってるだろう?私に〝封印を解かない〟などという選択肢は存在しない。お前が嫌がる何かがあっても、私は必ずトラヴィスの記憶を元に戻す」
「………………。」
「だがその前にお前に何かしらの準備が必要ならば、それを考慮すべきだとも思っている。だからもう一度聞く。お前がトラヴィスの封印を解くのを躊躇う理由は何だ」
「それは……」
「…あんなに弟子を探していたでは無いか。400年も旅をして……」
「………………。」
400年の旅の果てをサラスワだとするならば、私の旅の始まりはガジールだった。
100年の眠りから醒めたあと、この島を飛び出して最初に向かったのがあの国だった。
……ベネディクトがいると思ったのだ。
アーデンブルクの緊急時の取りまとめを任せていたという理由もあるが、何よりも私は彼に会わなければならなかった。
……謝らなければならなかった。
エルヴィラを討ったことを、エルヴィラを追い込んだことを、他の誰を差し置いても、ベネディクトに謝らなければならなかった。
……だけど、会えなかった。
それなのにトラヴィスが現れた。
サーマンの姓を持つ、ベネディクトの後継が現れた。
封印されているのは彼自身の記憶なのか、それとも、ベネディクトの記憶もなのか……。
沈黙が落ちる空間に、ゼインがふぅっと息を吐く。
「…わかった。大丈夫なんだな?」
「……何が」
「トラヴィスの封印を解いた時に、泣いたり魔力暴発したり崩壊したりしないな?」
え……?
「私はある程度の事は全て事前に想定して行動するようにしている。そうやって生きて来たし、そうやってあの3人を守って来た。…だが、お前の思考と行動は全く読めない。常に想定外だ」
……思念読めるのに何言ってんだろ。
「大丈夫、泣かないし。てか何でそんなに心配症なのよ」
「決まってるだろう。お前が弱いからだ」
んー…ん?
今何て……?
「…は?…よ…わ……よわ……?」
「…老婆か。何度も言う。お前は弱い」
弱い…?私が?この古の魔女で、顔見ただけで世界中の人間が震え上がる大魔女の私が?
弱い………?
ゼインが眉間の皺を濃くしながら私を見る。
「お前が何を怖がっていて、何に傷付くのか知っておかねば、ちゃんと守ってやれないだろう」
「守る………」
「そうだ。言っておくが魔女としてのお前の話じゃないからな。魔法に関してお前が誰かに守られねばならない状況など訪れない事ぐらい理解している」
じゃあ私の何を守るのよ。私があんたを守るんでしょ?あんたは……私の弟子じゃない。
「ゼイン、私の弱いところって………」
……どこ?
その言葉を言い出せないでいる内に、ゼインの時計が点滅し出した。
「…チッ、何だというのだ休みの日まで…………」
そう悪態をつきながら時計を見たゼインの顔が一瞬で変わる。
「……ディアナ、スナイデル王が亡くなった」
「…スナイデル……えっ王様!?」
「ああ。…何てことだ。昨日サラスワに行ったばかりだというのに……」
ゼインの顔に後悔…のようなものが浮かぶ。
私の顔には何が浮かんでいるのだろう。
「…国葬はまた正式に案内があるだろうが……とりあえず直ぐに弔問に行くべきだな」
「行く…って、王様のお葬式に?ゼインが?」
「ああ。ようやく前に進み出したサラスワを再び混乱させるわけには行かない。スナイデル王個人との繋がりではなく、代が替わってもガーディアンはサラスワの後ろ盾になる事を他国に示さねばならない」
「他国に…よく分かんないけど、つまり、ガーディアンの代表としてお葬式に行くってこと?……人間として」
ゼインがこくりと頷く。
私も王様に会いに行きたい。
お礼を言いに行きたい。
でも人間としてのディアナ・アーデンは、そんなことできない種類の存在だ。
……何の力も無い、27歳会社員なのにアルバイト生活。
ついでに言えば力は無いのに借金はあって、人が作った家…というか城に勝手に住み着き、息子…のような弟子が通う語学学校の学費を、これまた弟子である金持ちの社長に払わせたという、端的に言って底辺の部類に入る人間……
「……行くか?一緒に」
ゼインの言葉に床を睨んでいた顔をバッと上げる。
「え、行ってもいいの?」
尋ねれば、呆れ顔と軽いため息が返される。
「いつも言っているだろう。変な顔をするな、出来もしない遠慮をするな、と。お前が口にさえ出せば、それなりのものを提供できる準備は……その…何というか、一つ伝えておくならば……」
突然モゴモゴと口ごもり出したゼインの言葉を遮る。
「行く!行きたい!私まさか王様がこんなに早く死ぬなんて思ってなかった。……今ならまだ会える」
肉体の一部があるうちは、きっと会える。
「…わかった。会社の関係部署に連絡するから準備しろ。何分で……」
「すぐ!!」
ゼインの言葉に被せ気味に返事をすると、私は急いで準備を始めた。
魔法鞄を大開きし、部屋の空っぽのクローゼットの扉を開けて呪文を唱える。
「『お片付けの時間』っっ!!」
叫べば鞄からすごい勢いで大量の服が出て来る。ちなみに全部黒である。
その様子をゼインは時計に話しかけながら目を丸くして見ていた。
ローブの次ぐらいに格式が高いらしい服に袖を通し、鏡の前で髪を纏めながら考える。
…人間のお葬式……冠婚葬祭……真珠か。
「リオネル!ダニール!ザハール!『即時集結』!」
図書館で団子になっている3人を呼び寄せる。
「…え、は?どゆこと?」
「何で俺らディアナの部屋に…?」
「双子よ、師匠に呼ばれたんじゃ。…ヒソ…緊急時以外滅多に使われない高位呪文じゃ。多分……本気で怒られるぞい」
「「えっっ!!?」」
「馬鹿言ってんじゃ無いわよ。子ども相手に本気で怒るわけないでしょ?そんな体力無いっつーの」
「じゃあ何じゃ?」
「リオネル、真珠出して。10秒でネックレスにして」
「ほほう?」
「ディアナ、俺とザハールは?」
「真珠とか出せないんだけど」
双子に紙束を押し付ける。
「…封印を解かれた後の、肉体と魔力の親和性、それから違和感をまとめといてちょうだい」
「「…は?しんわせー?」」
双子を無視してリオネルが頷く。
「万事わかったぞい。師匠、ワシ……飛行機欲しいんじゃけど」
リオネルがヒラヒラと真珠のネックレスを振りながら言う。
……ほう、駆け引きだと?いつそんな汚い子どもになった。
「………おっけ。善処する」
ゼインの「行くぞ」の声で、私たちはガーディアン・ビルへと転移した。




