男子会
オスロニアの女子会から城へと戻ってみれば、食堂に男どもが大集合しているのに気づいた。
……ははぁん、こちらも男子会ですか。
魔力を極限まで抑え、抜き足差し足で食堂隣の食料庫まで忍び入り、アレクシアとカリーナからの土産を納める。
男子会とやらは一体どんな話題で盛り上がるのだろうか。…痛い話でもするのだろうか。
興味本位で聞き耳を立てれば、時折笑い声を交えた楽しそうな会話が漏れ聞こえて来る。
「そうなんじゃ。結局最後に魔法使い同士の小競り合いを防ぐためにできたんが〝黒衣〟の制度じゃな」
「それじゃあ土地ごとに黒い服の魔法使いがいたんですか?」
「土地ごとにっちゅうか、勢力圏ごとに、じゃの。師匠から独立したワシの兄弟子も何人か国を預かったのがおったがな、黒衣を纏うことは無かったの」
「へぇ〜……てかまあそうだよね。いざとなったらディアナちゃん相手に出張らなきゃってことでしょ?大人しく勢力下に入った方がいいよね」
「1000人壊滅させる魔女っすもんね」
…なるほど。
大魔女偉人伝で盛り上がっているわけか。
フフフ……お前たち、大いに崇め奉るがよい。
「そう考えるとシエラ・ザードとロマン・フラメシュの凄さが改めて分かるな」
「そうじゃぞ、ゼイン!黒衣の魔法使いは揃いも揃って化け物ばかりじゃ!……そして魔女はみんなブサイク」
「えー?シエラ・ザードは美人だったよ。ザハール、こないだ図書館で絵を見つけたよな」
「ああ……まあ、でも正直ロマン・フラメシュの方が美人だったけど」
……おい、どうした。
崇められるどころか、凄まじく下げられている気がするのだが。
「確かにロマン・フラメシュは女と見間違うほどの容姿だったすね。双子は彼の弟の子孫すよね。何でフラメシュは自分の子どもを残さなかったんすか?」
「あー確かに。何か決まりでもあんの?ゼイン知ってる?」
「さあ…どうだろう。リオネル、何か理由があるのか?」
「………古き友の永遠の秘密じゃ」
「「「…なるほど」」」
「え、なになに!?何がなるほど!?ダニール分かった!?」
「…色々あるんだよ」
「えっ!?」
はー!?永遠の秘密って何!?
何で今ので会話が成立したの!?男子にしか分かんない的な話!?
リオネルを締め上げたいが、盗み聞きがバレるのはマズい。
そろそろ食堂に参上しようかと、続き扉の取手に手をかけた時、トドメの言葉が聞こえてきた。
「ま、師匠は論外じゃな」
「ああ…一般的には超高齢だもんね」
「違うぞ、ニール。超ブサイクだからじゃ!!」
バターンと扉を開け放つ。
「…あんたたち……随分と楽しそうな話してるわねぇ……?」
ゆらゆらと全身に魔力を漲らせ、全方位に髪を逆立たせる。
「「げっ!!」」
「……今『げっ』って言ったのは…リオネル・ブラーエと、ニール・アードラーだったかしらぁ……?」
「し、師匠!!」「ディアナちゃん!いつから…!」
「…おめでとう、二人とも。あんたたちには『毎日髪の毛が100本ずつ抜ける呪い』をプレゼントするわ。……私の呪い、死ぬまで続くから」
「「ひぃぃぃ〜!!!」」
二人がバッと頭に手をやるのを横目に見ながら、ゆっくりと空中から古くさいノートとペンを取り出してみせる。
「…おまけに歯も抜いとく?」
ぶんぶんと頭を横に振る二人を見ながら、心の中でお腹が捩れるほど笑う。
ニールはさておき、リオネルはついこの間まで老人だったのに一体何を気にしているのか片腹痛い。
「ディアナ、遅かったな。オスロニアで何かトラブルでもあったのか?」
涙目のニールとリオネルそっちのけでゼインが話しかけてくる。
「べつにー。カリーナおすすめのイケメンアイドルで盛り上がっただけよ。いい言葉よねぇ、イケメン。夢があるわー……」
別に嘘ではない。アレクシアの男嫌いを治すには、綺麗な男の子から慣らせばいいのでは、という話で盛り上がったのだ。
結論、ドレスが一番似合う男の子までは決定した。
「…この中だと………」
ぐるりと雁首揃える魔法使いたちを見回して、大袈裟に溜息をつく。
「……はぁぁぁぁ」
まぁ、合格はショーンだけだろう。でもショーンは嫌がりそうだから内緒である。
「で?あんたたちトラヴィスの封印を解く方法は見つかったの?」
椅子を出して座りながら、落第した学生みたいな雰囲気の魔法使いたちに話しかける。
「…封印すか?」
「はぁ?こんなに遅くまで何やってたのよ」
「ええと、ディアナちゃんそんなこと言ってた?…リオネルさんに軍人についてレクチャー受けろって……」
「ついでに封印じゃないって話だった気が……」
ニールとギリアムが何かボケている。
「魔力は封印じゃないって話だったでしょうが。きーおーく!記憶は封印されてるに決まってんじゃない」
「「ええぇぇ………」」
「あー…悪いが話が見えない。トラヴィスは魔力を閉じているだけでは無いのか?封印とは何のことだ」
ゼインが割り込んで来る。
「簡単な話でしょ?魔力を閉じる修行は並大抵の努力じゃ出来ない。ここにいる誰もが頑張って人間の振りをしてるけど、完全に魔力を消せている者なんかいない」
全員が頷く。
「…というわけよ」
ゼイン以外がズルッと椅子を滑る。
そしてゼインはこめかみに青筋を浮かべている。
「何が〝というわけ〟なんだ!分かるわけないだろう!ちゃんと、最初から、順を追って、丁寧に、話せ!」
…条件多いっつーの。
しかし何でみんなこんなに頭の働きが悪いのか。
悪口言ってるヒマがあるなら頭の体操でもしろってのよ。
「ったく、わーかったわよ。ニール!」
「な、何?」
「あんたは魔力の色だけを見てるわけじゃないでしょ?相手の毛穴だって見えるんだもの。表情ならなおさら見逃さないんじゃないの?」
「…そうだね」
「じゃあ次ギリアム!」
「うす!」
「あんたは声音で相手の嘘が分かる」
「…だいたいは………」
私はうむうむと頷く。
「つまり、あの場においてトラヴィスは一度だって隠し事をしなかったってことよ。わかる?」
ニールとギリアムが目を見合わせて頷き合っている。
「…魔力を閉じる修行は、自分に魔力がある事を自覚していないと成立しない。自分の魔力と語り合いながら訓練に訓練を重ねるの。なのにトラヴィスは私たち3人を見て、魔法使いのまの字だって頭に浮かんでいなかった。私たち3人よ?表情一つ変えずに、誤魔化しや戸惑いを覚える事なく話ができる……さあ、ここからは自分たちで考えてご覧なさい」
ゼインとトリオが双子を見る。
「…え、なに?ザハール、お前なんかしたんだろ」
「はぁ?ダニールこそやましい事あるんじゃねーの?」
横目でお互いを牽制し合う双子にショーンが語りかける。
「違うよ、二人とも。あのね、トラヴィスさんは多分〝魔法使いが存在すること〟に関する記憶を封じられてるんだ。…それも大人になってから」
「…ショーンの言う通りだな。ディアナの話を纏めると、トラヴィスは魔力を閉じる修行をきっちり終えてから魔法使いである自覚を失っている。魔法使いに出会いながら、相手を魔法使いだと認識出来ない者、それは…〝魔法使いの存在を知らない者〟だ」
はい、よくできました。
てか超遅いんだけど。何時間あったと思ってんのよ。
「…さあ、ここからが始まりよ。トラヴィスの記憶はなぜ封印されているのか、封印は解けるのか、それとも…解くべきでは無いのか」
みんなを見回しながらそう言えば、食堂が再び賑わい出す。
「ゼイン!資料の洗い直しやろう!」
「ああ」
「なんじゃなんじゃ、ワシにも見せんか!」
男子会はまだまだ続くらしい。
久しぶりに刺激の多い一日にすっかりくたびれた私は、そのままこっそり自室へと転移した。
あとは男どもに任せる。
仲良くおやりなさい。




