ディアナの過去
「遅くなったか?」
「あ、ゼインお帰り。いいタイミングだね。ようやく今資料が揃ったとこ」
ニールの招集通知から約半日、私とショーンはようやくガーディアン・ビルへと戻って来た。
現地の駐在員への引き継ぎに手間取った以上に、転移するための言い訳探しに時間がかかったためだ。
「ディアナからの依頼は確認した。トラヴィス…サーマンだったな。そんなに難しい相手なのか?」
ニールとギリアムが揃っていて、正体を明かせない者など想像もつかない。
「難しい…ね。僕もギリアムも正直言って初めての経験。…あれ、ショーンは?」
「先に城に行った。双子が気になるらしい」
「へー!ショーンも年下ができて嬉しいんだね。……僕も年下がよかった」
「は?…お前……なんか顔腫れてないか?」
ところどころだが、ニールの顔に赤いまだらが……
「ゼインさん、ニールさんなかなか勇気あるっすよ。もはや猛者っすね」
「猛者?」
「ちーがーう!……ジャレてただけだよ」
……猛獣とでも遊んだのだろうか。
「それよりゼイン、リオネルさんの所へ行こう。はい、これ資料。…なかなか面白い経歴だったよ」
そう言ってニールが手渡してきたのは、珍しく数枚の紙に纏められたトラヴィス・サーマンの経歴だった。
「……外国籍なのだな」
「そうみたいだね。超イケメンだったよ。貴公子!みたいな。ね?ギリアム」
「…そうっすね。歯はダイヤ、瞳はサファイアって感じすね」
「………分かりにくいな」
パラパラと紙をめくった後、私たち3人はリオネルの元へと転移した。
「……死ぬ。もう死ぬ。短い人生だったなぁ、ザハール…」
「ほんとだね…ダニール。俺…せめて彼女ぐらい欲しかった…。できれば可愛い子」
城のリオネルの部屋では、双子がますます阿保になっていた。
「二人とも情け無いのう。たかだか教科書3冊で音を上げとったら、師匠の修行には着いていけんぞい」
「…ショーン、双子はどうしたのだ」
床にうつ伏せになる双子を目の端に入れながら、苦笑いしているショーンへと近づく。
「あ、ゼインさん。なんでも双子くん成績が酷いことになってるみたいです。ディアナさんが明日から特訓するらしいんですけど、その前段階までリオネルさんが仕上げたんですって」
リオネルが近づいてくる。
「本当に最近の子どもは嘆かわしいわい。若いくせに脳細胞が全く使われとらん。覚えるっちゅう作業ができんのじゃ」
「ああ……なるほど。それは……まぁ、時代のせいなのか、資質のせいなのか…」
「師匠はワシより厳しいんじゃぞ?……鬼婆じゃ」
「そう…なのか?子どもには甘そうだが……」
少なくともサラスワの子ども達には優しかったような気が…
「……ゼインよ、優しいだけの魔女が何千もの弟子を一流に育てられるわけなかろうが。…着いていけん者を最後まで着いて来させる……この意味わかるかのう……」
ニールとギリアムが目を見合わせて呟いている。
「僕らゼインに拾われて良かったね」
「全くっす」
……まるで私が甘いみたいな言い方だな。
「それでなんじゃ、お前さん達勢揃いして。何かあったんか?」
双子を宙に浮かべながらリオネルが尋ねる。
「あー…ディアナちゃんからリオネルさんに〝魔法使いの軍人〟についてレクチャーを受けろって言われたんだけど…」
「軍人?……師匠め、面倒くさい話を押し付けおったな……」
リオネルが顔を顰める。
「面倒くさい…すか?」
「どうせベネディクトの話じゃろ?」
ベネディクト……?
確かリオネルの封印を解く際に名前があったな。彼が目醒めて最初に口に出したのもその名前だ。
ディアナの魔力を消化できる年数として、一番短い期間だった記憶がある。
「……なんじゃ、ベネディクトがどうかしたんか」
急に顔付きが変わるリオネル。
「…サーマンを名乗る人物が現れた。ニールとギリアムでも人間か魔法使いか判断がつかなかったらしい」
リオネルの目がまん丸に見開かれる。
「…なんとなぁ。…あい、分かった。双子に何か食べさせんといかんからの。食堂に移動じゃ」
ガツガツガツガツ……
ゴクゴクゴク…
やや耳障りなBGMの中、リオネルは普段とは違って真面目くさった話をしている。
「…おぬしらも分かっておるとは思うが、魔法使いは人間より少しのんびりしておるだけで、争いが無かった訳では無い。好戦的な者はどこの世界にもおる」
4人で頷く。
「…仮にじゃ、おぬしらが何万人といる魔法使いの中で名を上げようと思えば何をする?」
名を上げるために……。
「…すでに名のある魔法使いに勝負を挑む。それが一番手っ取り早い」
私の言葉にリオネルが頷く。
「その通りじゃ。魔法使いの世界にもそういう時代はあった。…けっこう長いこと」
リオネルがどこか遠くを見つめながら記憶を辿っているのがわかる。
私では計り知れないほど遠い昔の記憶を……。
「…そうじゃな、どこから話していいもんか難しいのう……」
リオネルが悩んでいる理由は分かっている。ディアナには私たちに聞かせたく無い話がある。
血生臭い歴史だからかなんなのか、ある一定の話題になると途端に誤魔化し始める。
私もディアナに全てを話せるかと言われればそれは難しいのだが、リオネルが知っていて私が知らない話など不公平以外の何物でも無い。
……というか、非常に腹立たしい。
「リオネルさん、ディアナさんは何をもって有名になった方なんですか?すごく偉大な魔女なんでしょう?」
…ショーンのこの性格はどこで培われたのだろう。
単刀直入、目的のためにとことん無駄を削ぎ落とし……ああ、私か。それはそうか。
「あ、僕も気になってたんだよね。魔法学校ができたのは、ディアナちゃんへの弟子入り希望者が溢れたからなんでしょ?」
「ニールさん頭いっすね。俺は魔法学校の先生だったから有名だったんだとばかり思ってたっす」
……確かに。
学校を作らねばならないほど有名だった……という話の方がしっくり来る。
「なんじゃ、お前さんたちは師匠の事をなーんも知らんのじゃな。耳の穴かっぽじってよーく聞くがよい。ワシの師匠ディアナ・アーデンの名を不動のものにしたのはな………」
「「「…したのは……?」」」
ニールたち3人の声が揃う。
したのは……?
私も心の中で唱える。
「世界で初めて魔法を分類体系化した、魔法学の祖だからじゃ!!」
……………は?




