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父と息子

「ゼインさん、サラスワも何とか落ち着きそうですね」

「ああ。シェラザードの支配を逃れたことが大きいな」


 砂漠の国サラスワ連邦。

 私とショーンはこの国に最後の仕上げに訪れていた。

 10年…いや正確には12年半前、王の代替わり時に起こったクーデター。

 それを唆したシェラザードがこの国で本当に狙っていたものは、東南諸国進出へのハブとしての機能だった。

 大陸の南端に引っ掛かるようにぶら下がる半島であるこの国。

 そのために歴史のどの時点においても、この地は他国の代理戦争の舞台だった。

 要衝であることは間違い無い。

 だがいざとなれば世界中を転移できる私が、せっかく手に入れたサラスワをそんなつまらぬ事に使うはずも無い。



「ショーン、何事も手に入れてからが本番だ。我々は短いスパンで物事を考える人間とは違う」

「はい。何せここは精霊が存在する国ですからね」

 ショーンがにこりと笑う。

 そう、ディアナに扮したショーンの演説とギリアムの降らせた雨により、この国ではますます精霊信仰が強まった。

 大人たちはこぞってディアナの作った学校へと子どもを通わせ、次世代の幸せを願う。

 ガーディアンが提供した海水の淡水化装置も本格稼働を始め、この国は未来へと歩き出している。


「ゼインさん、サラスワに産業が必要だという話は理解できたんですけど、まさか川砂の採掘に現地の人を雇うとは思いませんでした。どうしてネオ・アーデンからの派遣ではだめだったんですか?」

 採掘場の建設予定地を眺めながらショーンが言う。

「ショーン、子どもを学校に通わせ続けるにはある程度の条件がいる。親の稼ぎだけで子どもを食べさせられる環境が必要なのだ。そこの改善無くして学校だけ作ったところで意味など無い。再び彼らは同じ暮らしに戻る」

 ショーンが何かを考え込んでいる。

「…親の稼ぎだけで………」

「どうした?」

「あ…いえ、そういう視点で物事を考えたこと無かったです。何というか、ゼインさんが凄く人間らしいというか……。いつもだったら利益になる所だけ確保して、後は人間の営みだって放ったらかしですよね?」

「………人間らしい…だと?」

「あ、ごめんなさい。『お父さんらしい』でした!」

 ショーンがにこにこしている。

「……長期間に渡って利益を手に入れ続けるための下準備だ」

「ですよね!」

 当然だ。人間など時々私の暇つぶしになる泥人形だと思っている。



 ショーンにとことん魔法使いらしい私を見せるため、砂漠の国を西へ東へ飛び回る。

 今回の移動手段である垂直離着陸機は便利だが、何かを見て回ることには向いていない。

 砂漠を走る船が本気で欲しい。小型で操舵性に優れ小回りがきくような……


「リオネルと船でも造るかな……」

 そう呟けば、ショーンが悪戯気に笑う。

「懐かしいですね。ゼインさんよく色々な物を作って実験してましたよね。少しは余裕が出てきたんですか?」

「余裕……?無かったように見えていたのか」

 ショーンからの意外な言葉に少し面食らう。

「…そうですね、ここ30年ぐらいで会社の規模が凄く大きくなりましたよね。ゼインさん毎日毎日遅くまで仕事して、人間のように暮らす時間がどんどん長くなって、少し…苛々してるのかなって。あ!僕がそう感じてただけですよ!ゼインさんはいつでも紳士です。うん」


 ショーンの目に映っていた自分の姿に少し気恥ずかしさを覚える。

「…苛々か。確かにな。そもそもこれほど事業を大きくするつもりは無かったのだ」

「そうなんですか?」

「ああ。……どうすればこの世界を渡っていけるのか、かなり長いこと悩んでいた。我々がこの世界で自由に生きるために何か一つ力を得ようと、ニールと二人で当時人間が覇権を争っていた海に出た」

「ガーディアンの始まり、護衛船事業ですね。人形を船に乗せてたんですよね。…クラーレットさんみたいだ」

 ……正直言ってあそこまでのクオリティは無かった。それこそ泥人形だった。

「まあ、そのおかげでギリアムに出会えた。…あいつが賞金首だったのは知ってるな」

「もちろんですよ。処刑場から忽然と消えた伝説の海賊なんでしょ?まだ手配書が有効とかなんとか……」

「ああ。…手配書の似顔絵は何度見ても笑える」

「…王子様みたいですよね。どういう瞬間を切り取ったのか……」

 本当に笑えるのだ。緩くうねった赤髪を海風に靡かせる姿といい、斜め45度からの構図といい、何もかもが笑える。



「あ、そろそろシャラマ島ですね……えっ!?ちょっとゼインさん見て下さい!砂地に緑が……!」

 ショーンの声で窓の外を見る。

「……こう来たか」

 機体を降り、目の前に広がる点々とした緑が生える砂地を歩く。

「何をどうしたらこんな魔法のような事に……あ、例え話にならないですね。誰だろう……」

「………クラーレットだ」

「えっ、クラーレットさん!?仲良くなったんですか?」

 ショーンが大きな目をパチパチする。

「なるか。あの魔女が私の言うことなど聞くわけ無いだろう。…聞かせただけだ。マカールに」

「…なるほど。ディアナさん絡みですね」

 至ってその通り。さすがはショーン。


「オスロニアの新会社の最初の出荷先はサラスワにして欲しいと伝えた。オスロニアの運営に関してはディアナの望みが最優先だ。だが本当の狙いは別にある。サラスワに無償配給するばかりでは利益にならんだろう?」

 ショーンがふむふむと頷きながら顎に手を置く。

「……まさか砂漠を生産拠点に?」

 私は頷く。

「クラーレットには氷の大地を農地に変えた実績があるからな。クラーレットの側でマカールに囁いたのだ。『砂漠での栽培技術を人間が確立して何年だ?種蒔きで人間に負けてディアナが悲しんでいた』とか何とか……」

「種蒔き?」

「ああ。魔女の習わしのようなものがあるようだ。大地に魔力を放出していた。…まぁこの感じだと全属性魔法を限界まで駆使しているな。それでも緑溢れる…とはならないか」

 いきなり草原になればそれはそれで問題があるが。


「ふふ、ディアナさんて不思議な人ですよね」

 ショーンがクスクスと笑う。

「不思議?……思考回路が理解不能ということか」

「ふふ、少し違います。皆さんディアナさんに褒められたくて一生懸命じゃないですか。…きっとアーデンブルクもそうやって出来たんだろうな」

 ……アーデンブルクが?

「ディアナさんはきっと弟子の皆さんに魔法を教えていただけですよ。周りの魔法使いの方々がディアナさんの気を引きたくて一生懸命だったんだと思います」

 ショーンが点々とした緑を見ながらそうこぼす。

「なぜ…そう思う?」

「……リオネルさん見てて思ったんです。リオネルさんの1番はディアナさん。だけどディアナさんはどうだったんでしょう。たくさんのお弟子さんがいて、きっと皆さんに平等に優しかったんだと思うんです。リオネルさん……甘えられて嬉しそうじゃないですか」


 ショーンが私を見る。穏やかな顔で。

「…ゼインさんも」

「私…も?」

 ショーンが頷く。

「ゼインさんも本気出したらいいんですよ。僕はもう大丈夫です。リオネルさんと違って、最高の魔法使いをずっと独り占めして来ましたから」

「ショーン……?」

「……目指して下さい。ディアナさんの1番。ゼインさんの1番は…ディアナさんに譲ります」

 柔らかく微笑むショーンを見て、この時私の心はようやくちゃんと理解した。

 …ショーンはもう一人前の大人なのだと。


「1番……か。なるほどな。確かにリオネルもそう言っていた。……アーデンブルク建国の理由は明らかになったな」

「ふふ、そうでしょう?」

 だがな、ショーン。

 やはりお前とディアナは違う。

 ショーンを手の平に乗せたあの日の感動は何ものにも代え難い。

 生きる理由を得た日だった。

 私とニールとギリアムが、本当の意味で同志になった日だった。

 ただひたすら……ひたすら可愛いかった。

 


 腕の端末が点滅し出したことに気づく。

「……ショーン、今度飲みに行くか?」

「えっ!?ゼインさんお酒飲むんですか!?」

「教育的観点からお前に見せなかっただけで、飲める。ギリアムよりは強い」

「えー!行きましょ行きましょ!女の人のいないとこに行きましょう!」

「…………は?」

「………しまった。ニールさんから口止めされてた……」

 ったくあの男は……。


「ショーン、そのニールから緊急招集だ。ややこしい事態が起きたらしい」

 ……魔女の行く先にトラブル有りか。

 次は何が起こるのやら。

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