宝石店
「うーん……もう少し落ち着いた感じがいいかな…」
「落ち着いた…って何よ、黒じゃダメなわけ?」
「いや、そうだねぇ…こう、良いとこのお嬢さま的な……」
出かけるにはまだ早すぎるということで、皆で簡単な朝食をとったあと、私は何着も何着も服を着替えさせられた。
ニールが言わんとすることが難しすぎて疲れる。
「いいとこのおじょうさま……それって、生まれた家が金持ち……的な感じ?」
「そうそう!微妙に違うけどそんな感じ!何となくイメージついた?」
そんな知り合い一人しかいない。
「……アレクシアか」
「え?」
指をパチンと鳴らして、アレクシアが来ているような膝丈のワンピースに細いベルトの服に着替える。
「あ、いいね!……でもパッションピンクはやめようか」
なんでよ。
「いやあ、疲れた。もう出かける前から疲労困憊だけど、終わらせなきゃ帰れそうに無いから僕とギリアムも着替えるね」
私が渋々青色に服を変化させたのを確認し、いちいち一言多いニールと、沈黙を守るギリアムが黒づくめに黒メガネという怪しいいでたちへと変身した。
とりあえず、人間生活は面倒くさいということを再確認した。
そしてようやく準備が整ってリオネルを呼ぼうとすると、きれいサッパリ姿が見えない。
「あれ?リオネルは?」
「あ、リオネルなら図書館だよ。俺たち城の図書館で勉強するから」
「……は?」
ダニールの言葉に一瞬固まる。
「俺たちアーデン語ヤバいんだよ。マジでヤバい。ディアナたちが普通にシェラザード語喋るから気づかなかったけど、買い物どころじゃない。リオネルに助けてもらう」
「ダニールはマシじゃんか。俺なんかクラス最下位だし」
ちょっと待て、私の睡眠を妨害した張本人がもはや買い物にすら行かないと……?
そしておいザハール、聞き捨てならんな。今の言葉。
「ザハール、あんた最下位なの?本気で言ってる?」
「あー……うん。そもそも勉強のやり方わかんない」
なんということだ……。
カリーナから預かった子を馬鹿に育ててしまったら彼女に顔向けできないではないか!
自分の修行とかやってる場合じゃなかった。
「ザハール、ほったらかしてごめん。明日から私がみっちり特訓するから!とりあえず今日はこれ読んどきなさい」
そう言いながら一冊の本を手渡す。
「……『わ…たしはかわ…いいおんな…のこ』……?」
「聖典よ。全ページ暗記して」
「はっ!?」
「じゃあ明日テストね!行ってきます」
「えーー!?」
「あっはっはっは!さっきの本なに?聖典!?超ウケるんだけど!」
ギリアムがどこかから運んで来た車の中で、ニールはずっと爆笑している。
「何言ってんのよ。あの本の女の子が私の理想の着地点なんだから。ピンクの髪の毛二つ結びー、緑色の大きな目、レースのハンカチが友だちでー……」
「あっはっはっは!何それ何それ!友だちヤバいじゃん!」
「……金髪碧眼優男のおぬしにはわかるまいよ」
「あはは、優男っ!じゃあじゃあギリアムは何男?」
ギリアム……。
「…色男かしらねぇ……?」
「ひゅう〜!」
「あざーす」
よく分からないが車内は盛り上がっている。
「それよりニール、私がゼインから貰った指輪っていくらぐらい借金できるの?つうはんじゃない最高級の宝石買えると思う?」
そう聞けばニールがハッと我に返る。
「あ、ああ指輪……。買えないね」
「えっ!?買えないの!?」
「…ええと、そうだね。すごく複雑な理由があって……」
「姉さん、今回は魔法の道具を使うんすよ」
ギリアムが鏡越しにニヤッとしている。
魔法…!さすがゼインが偉そうにしている魔法使いの国だ。
買い物にまで魔法を仕込むとはなかなかやりおる。
ニールたちが連れてきてくれたのは、大理石敷きの正面玄関が出迎える立派な建物。
「ディアナちゃん、この間この宝石店に来たの覚えてる?」
ここに……?
「覚えてないから来てないと思う」
「…………おっけ、適当に見て回ろうか」
「適当に……わかった」
黒づくめの二人が恭しく開けてくれた扉をくぐり、彼らを引き連れて店内をウロウロする。
目に映るのは、ピアス、指輪、ネックレス、イヤリング……大小さまざまな石を美しくカットして作られたアクセサリーたち。
「可愛いわね、このピンクの石」
ついつい目がいったピアスのショーケースの前でポロッと感想をこぼせば、すかさず店員と思われる男が声をかけてくる。
「ピアスをお求めですか?こちらのピンクダイヤのピアスは若い女性に人気のデザイナーが手掛けておりまして、お値段もお求めやすくなっておりますよ」
キラッと白い歯を光らせる店員。
「へぇ。お求めやすいっていうのは家賃一年分ぐらい?」
「はい?」
それなら確か銀行口座に入ってるって前にニールが言っていたから手が届くというものだ。
「……でもねぇ、私ってピンク似合わないんでしょ?私に似合うようなすっごく強い石ない?」
私を見る店員が笑顔のまま固まっている。
「…何点かお持ちしましょう」
店員が頭を下げて立ち去り、ガラスケースの中から品物を選んでいる。
くるっと後ろを振り向けば、ニールとギリアムが肩を震わせていた。
え、なんで?
「…ヒソヒソ…彼何持ってくると思う?」
「……ヒソ…燃え盛る隕石とかすかね」
はぁん、そうかねそうかね。
いずれ二人には死んだ後でも夢に見るような魔法をお見舞いしよう。
「お待たせいたしました。何点か見立てさせて頂きました」
本当に彼が隕石でも持って来たらどうしようか。乙女心にヒビが入る…そんな下らない事を考えながら彼が差し出すトレイを覗き込んで思わず息が止まる。
「…ブラック…ダイヤ?」
男の顔を見上げて凝視する。
「ええ、その通りでございます。なぜかこのピアスが最初に浮かんだのです」
彼が捧げ持つトレイには、丸みを帯びるように複雑にカットされた小さなブラックダイヤのピアスが載っていた。
リオネルがくれたものが四角だったことを考えれば全く同じとは言い切れないが、こんな偶然……。
どこかで彼に会ったことがあるのだろうか。
肌身離さず付けていた宝飾品はあのピアスだけだから、顔を覚えられていたのならばその可能性も……。
下から伺うように男の顔を見つめれば、藍色に近い美しい瞳が柔らかく細められる。
「…ですが、私はこちらの方がお似合いだと思います」
そう言って彼がトレイに置いたのは………
「ム…ムーンストーン………!」
思わず叫びながら立ち上がれば、ニールとギリアムが駆け寄って来る。
「どうした……え?」
私の視線を辿ったニールが途中で言葉を失う。
「姉さんの色……?」
トレイを覗き込んだギリアムが、小さな声を漏らす。
「ええ、ムーンストーンでございます。お客さまによくお似合いだと思いますよ」
美しい笑みとともに紡がれた言葉に、3人で男をバッと見る。
ニールに至っては、黒眼鏡の奥で目を大きく見開いて、穴が開きそうなほど彼を見つめている。
半透明で、柔らかく銀色に輝くムーンストーン……。
何度も何度も例えられた、私の魔力を示す色。
……そして、月の名を戴く宝石………。
「あんた………」
「ディアナちゃん!」
口を開きかけた私をニールが遮る。
「…コソ…とりあえず両方買うって言って。これ見せながら」
ニールが私に耳打ちしながら何かを手に乗せる。
「…なに?この重たい名刺」
「……もちろん魔法の道具だよ。少し時間を稼いで欲しい」
「!!」
ニールがそう言うってことは、この男には何かある。
「りょ、両方買う!」
ニールに言われた通り、微妙に重たい手の平サイズの金属名刺を見せながら男に叫ぶ。
「それは……まことに失礼いたしました。すぐにお部屋をご用意いたします」
え…?魔法用の部屋用意してくれんの?
彼は……魔法使い……ってこと?
全く魔力を感じ取ることができない男の背を目で追いながら、少しだけドキドキ鳴る心臓の音を聞いていた。




