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ギリアムの石

「師匠、買い物に連れて行ってくれぃ!」

「…あんたねぇ、まだ太陽も昇って無いのにゴソゴソしてんじゃないわよ。私今から寝るんだから」

「なんで寝る必要があるんじゃ?魔力減っとらんじゃろ?」

「なんで寝るか……?休みだからに決まってんでしょうが!!私が1日何時間働いてると思ってんのよ!買い物なんか行ってる余裕無いんだっつーの!それに今日は女子会に呼ばれてんの。昼からオスロニアなんだから」

「女子会……?婆会の間違いじゃろ。しかしなんじゃ?師匠は貧乏なのか?……ディアナ・アーデンに貧乏は似合わんのう……」

「ブツブツ煩いのよ!貧乏の元凶はあんたでしょうが!!」



 夜も明けきれないうちから動き出す元老人を一喝し、ようやく訪れた休日の朝を噛み締める。

 こう見えて私は忙しい。

 この忙しい話は、初日の一件で激怒したゼインにより、倉庫での人間修行だったはずのものが、『カタログ』の写真を全部覚えるという〝見習い〟へと降格されたところから始まるのである。

 当初の予定では週に3日倉庫に行って見習いするはずだった。

 だが大魔女の脳みそをもってしても1日1ページも進まない状況に青筋を立てた腹黒が、見習いの分際で週休4日などあり得ないと言い出した。

 だから今はそれを毎日倉庫で台紙の補充の合間にやっている。まさに下積み生活である。

 

 話はそれで終わらない。

 夜は60階に出勤することが厳命された。服を着替えるためである。

 ついでに妖精の観察とミニ竜の世話の傍らフロアの掃除をさせられ、腹黒ゼイン相手に一問一答をやるという屈辱を受けている。

 ジャージを切り刻まれて黒魔女になりかけたアレクシアの機嫌も全力でとっているし、双子の教材だって作っている。

 しんどいけれど、将来リオネルが大学に行く時にはものすごくお金がかかるらしく、ゼインが「もう十分だ」というまで働かねばならない。


 そう、私は忙しいのだ。

 とにかくハードなワークなのだ。

 休日の朝ぐらいは誰にも邪魔されずに惰眠を……

 


ガシャンガシャン!!チャリンチャリン……

ジャラジャラジャラジャラ……


「……うるさい」


ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ……


「……リオネルッ!!うるさいわよ!!何してんの!?」

「金貨出しとるぞい。買い物に連れて行ってくれい!」

 ………あのお馬鹿、やりおった。




「はー……これまたすごいっすねぇ……。古代遺跡の墓でも暴いて来たんすか?」

「馬鹿言ってんじゃ無いわよ。本物の錬金術師が出したに決まってんでしょうが」

「すっげー!リオネルすっげー!」

「ザハール、金貨の山登ろうぜ!」

 双子め……朝っぱらからうるさいやっちゃ。


 城で一番広い場所、そう大広間。

 その大広間いっぱいに積み上げられたのは、名実ともに錬金術師のリオネルが、その名を不動のものにした秘術で出した金貨の山。

 だがギリアムの反応は冷めたものである。

「…で、何で俺呼ばれたんすか?」

 ギリアムがゆるっとしたシャツ姿で欠伸を噛み殺しながら言う。

「ああ…ごめんね。リオネル経由で連絡が取れるの双子しかいなくて。…双子イコールギリアム…的な…」

「…この間といい勘弁して欲しいっす。みんな俺を暇人か何かだと思ってないすか?」

 ……トリオの中で一番暇そう……いや、余裕がありそう!だとは思っている。


「あー……と言っても今頃ゼインさんはショーンとサラスワっすね」

「そうなの?ゼインが役立たずで何かごめん。でもせっかくだから、リオネル買い物に連れて行ってくれない?この子が外に出たがるなんて数百年に一度のことで……」

 そう持ち掛ければ、ギリアムの眠そうな目が一気に見開かれる。

「謹んでお断り申し上げるっす」

「は!?何でよ!私よりあんたの方が適任でしょうが!」

「そうじゃ!そうじゃ!師匠は世間知らずのスーパー箱入娘なんじゃぞ!金ならあるんじゃからよかろう!」

「あ、リオネルさんいたんすか」

「なんじゃと〜!ずっとここにおったじゃろ!そもそもおぬしの物を買いに行くんじゃからな!」


 リオネルの言葉にギリアムが眉間に皺を寄せる。

「俺の…すか?」

「そうじゃ!頼まれとった守り石じゃがな、おぬしに合う石がないんじゃ。その胸のオニキスじゃ石の力が足りんのじゃろ?」

 ギリアムがハッとした顔をする。

「ニールさん呼ぶっす」

「なんでよ」

「石を見るならニールさんが一番っす。あと、不測の事態に一人で対処する自信無し」

 不測の事態……?



「おはー……えー…なに、今度は遺跡でも盗掘して来たの?」

「…………そんなとこよ」

 ギリアムに呼ばれたニールは、これまた珍しく全身黒づくめのシャカシャカした服を着て現れた。

「ニールさん、はよっす。すんません呼び出して。走りに行くとこだったっすか?」

「あーいいよ、大丈夫。何かあった?」

「あー…実は………」

 コソコソと耳打ちし合うギリアムとニールの会話が引っ掛かる。『走りに行く』とはどういう事なのだろう。

 目的地まで走って行く…のではなく、走りに行く……?走りに行くまでは歩くのだろうか。

 そんなどうでもいい事を考えることしばらく、ニールが少し笑みをたたえた顔で私の方を向いた。


「ディアナちゃん、リオネルさん、金は確かに現代でもお金に換えられるんだけどね、持ち込む量によっては大問題になるんだ。前回のアパートの契約の時もそうだけど、アレが原因でディアナちゃんの部屋に泥棒入ったでしょ?」

「ああ、そうだったわねぇ!リオネル、駄目よ。片付けなさい」

「でも師匠貧乏なんじゃろ?ワシが欲しいのは最高級の宝石じゃぞ?誰か献上してくれるんか?」

 私たちのやりとりをニールがクスクス笑いながら聞いている。

「なるほどね。まぁ…裏ルート使って換金っていう手もあるけど……これはゼインに相談するか。わかった。とりあえず二人に重大な事実を伝えよう」


 ニールがずいっと顔を寄せてくる。

「重大な……」

「事実じゃと……?」

「そうだよ。あのね、最高級品っていうのは店に並ばないの」

 店に並ばない……。

「え、じゃあどうやって買うのよ。売り物じゃないってこと?」

 ニールがパチンとウインクする。

「ディアナちゃんならわかるでしょー?」

 ………なるほど。伊達に見習いをしているわけではないというところを見せてやろう。


「…ええとアクセサリーはカタログ12ページからで、左上から急な冠婚葬祭にもこれ一つあればもう安心な養殖真珠のネックレスが8ミリ42センチ、8ミリ50センチと来て、次はピアスとのセットが……」

「ス……ストーッッップ!ちょ、ちょっと待って、フッ、フフ…」

 は?

「クッ……ニールさん!ダメっすよ!姉さん大真面目なんすから……!」

「なによ、店に並ばないなら〝つうはん〟でしょうが。そのくらい分かったんだからね!」

 腰に手を当ててふんぞり返れば、ニールとギリアムが目を見合わせる。

「……あっはっはっはっはっは!!ひー!やめて、もう腸がおかしくなる!!」

「ククククク……!見習い期間1000時間で足りるっすかねぇ?」

「………………。」

 なんか、明らかに馬鹿にされている。

「フフ、おっけ。じゃあ最高級品に巡り合うための実地訓練に行こうか」


 ……嫌だと言いたいが、見習いにそれは許されないのだろう。


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