初日
「ディアナさん大丈夫ですか!?もうすぐお城に着きますからねっ!」
「…う………うぅぅ……ぐっ……!!」
「だ、駄目ですよ!あ、ゼインさん、僕です!今どこ……飛行機の中ですか!?き、切ります!!」
「……ぐぐぐ……ぐううううっっっ!」
「ま、まずいです!ええと…あ、ニールさん!?緊急事態です!すぐに水晶の城に来て下さい!…え、接待!?」
「……ぐ……ぐああっっ!!」
よもやまさかこんな感じで自分が魔物化するとは思いもしなかった。
魔封じ状態にも関わらず、抑え込まれた魔力が体内で暴れ狂う。
肉体に宿った異物を食い尽くそうと、魔力が勝手に臨戦体制に入っている。
宿った異物というか……感覚。
「い……痛い……!ショーン、痛いのよ!!私、たぶん、もう、ダメだから、ありったけの兵器を集め……ぐうっっ!島に…最大規模の…防御結界を……!!」
「うわ〜ん!!ギリアムさーーん!!」
ああ……私は何も学んでいなかった。
出し惜しみせずにゼインにチャッチャと運命の弟子の儀式を伝えておくんだった……。
でもアイツは飛行機に乗って……フ、最後まで役立たずだったわね……。
「……筋肉痛っすね。んじゃ帰るんで」
水晶の城の応接間。
ショーンによって描かれた見事な葬送魔法陣の上に寝かされた私をチラッと見ただけで帰ろうとするギリアムの足首をガシッと掴む。
「ま、待ちなさい!ま…待って、お願い……!不測の事態に備えて、あ、あんたも……ぐうぅぅぅ!!」
喋るだけで痛む全身に悶えながらも、ギリアムの足首は離さない。
「いや、筋肉痛で起こる不測の事態って……というかショーン、いい加減泣きやめ。ゼインさんが聞きつけてそれこそ不測の事態が起きるだろうが」
「…グスッグスッ……筋肉痛で魔力暴走なんて聞いたことなくて……」
「そ、そうよ、ギリアム…ぐっ、私に筋肉なんて…あるわけないでしょ……!」
ギリアムが盛大に溜息をつく。
「…姉さん、喋りながら足首掴める生物には、もれなく筋肉が備わってるっす。おそらくっすけど、痛みを逃すために体内魔力操作…してるんじゃないすか?暑さも寒さも平気なんすよね?」
「体内魔力操作……だ、大魔女常設スキル……ぐぅっ!」
ギリアムが頷きながら私の顔横にしゃがみ込む。
「それに良かったじゃないすか。これで姉さんが正真正銘永遠の美……少女だって証明されたんすから」
「えっっ!?」
思わずガバッと半身を起こす。
そして痛みでそのまま折れ曲がる。
「…フ……クク……あー……筋肉痛は、若ければ若いほど即日症状が出る……フ…もんなんす」
「ほ、ほんと?こ、の痛みは、若さの…証拠……?」
目だけでギリアムの顔を見れば、どうにも『諸説ある』的な表情をしている気がする。
「ほんとっすよ。痛みに耐えた分だけ若返る、魔法のような症状っす」
「───!」
よし、耐えよう。
「んで?姉さん今度は何やらかして来たって?……てか何で作業服の下にジャージ着てんだ、この人」
「クラーレットさんの服、もの凄く強い特殊効果があって無属性魔法で解除しないと脱げないらしいですよ」
「めんどくさ。……ハサミで切ってみるか」
「あ、いい考えですね!」
アレクシアにバレたら世界が火の海になりそうな台詞を吐きながら、二人が人間的〝筋肉痛の治療〟を施そうとしてくれている。
ハサミで切れるんだったら何千年も苦労してないっつーの!…などと頭の中で考えながら、私は静かにソファでうつ伏せになっている。
「……イライラするな」
「切れないとなると、切りたくなるのが人情ってもんですね」
「さすが魔法使いの申し子。人情の理解が微妙」
「ええっ?」
笑かすんじゃないわよ……!
ピクリとも動きたくないんだって!!
背中の上でゴソゴソしている二人に心の中でツッコむ。
「ここは一つ、僕の秘密ツールの出番ですね。これとかどうでしょう?」
「……なるほど。あ、通った」
「フッフッフ……これが現代の最新工具の威力です!」
はあっ!?マジで!?
アレクシアの服ってハサミで切れんの!?嘘でしょ!?
打消しってのはねぇ!4大属性を全く同じ魔力濃度でぶつけ合って相殺する事で作り出すっつー超絶技巧なのよ!?
熟練の魔法使いが4人もいるのよ!?
頭の中で、昔の弟子たちが泣きべそかきながら無属性魔法を作らされていた記憶に苦いものを感じていると、背中にヒヤッとした何かが触れる。
「つ、つめたっ!!何!?今何したの!?」
「湿布貼ったっす」
「しっぷぅ!?」
「2500年前に起源がある、ディアナさんに相応しい治療ですよ」
「……美少女には想像も出来ない時代の話ねぇ……」
「「ははははは……」」
二人の乾いた笑い声とともに、ふくらはぎ、肩、二の腕と、どんどんヒヤッが増えていく。
そしてうつ伏せの鼻にスーッとした何とも言えない香りが届く。
こ…れは…気持ちいい……!
「あー……塗り薬もあるっすけど、これ以上は命の保証が……」
「で、ですね」
「いえ、純粋な医療行為っす!姉さんが死にそうな声出して……」
「そ、そうなんです!筋肉痛で魔力暴発を……!」
二人が何かゴチャゴチャ言い出した。
「いや、その、……クラーレット所長の魔法に現代の技術がどこまで通用するのか実験を……」
「……マルチカッターは通用しました……」
二人の声が急速に萎んでいる。
「あ、痛いの消えて来た気がする!」
起き上がろうとすると、誰かの手が後頭部を押さえる。
そして感じる、しっぷぅよりも冷たい魔力……。
「………動くな」
「あー!その声は役立たずゼイン!…って、ちょっと離しなさいよ!苦しい!!」
「ほう……。即時汚名返上すべく本物の馬鹿につける薬を塗らせて頂こう」
「はあっ!?」
緩んだ後頭部にガバッと顔を上げてみれば、そこには久々に見る弟子の柔らかな微笑み。
そして瞼に触れる冷たい指………
「───ギャーーーーッッッ!!」
眼球に衝撃的大ダメージを受けたのも一瞬、ゼインによってジャージが回収されたことで痛みは消えた。ついでに筋肉痛も。
だが一言言わねば気がすまない。
「あんた……偉大なる大魔女様に何してくれちゃってんの……?」
全身白黒の横縞服を着せられた私は、テーブルを囲んでギリアムとショーンとゴソゴソしているゼインを空中から見下ろす。
「超高齢老婆相手に不名誉な犯罪の片棒を担がされている現場を見せられたかと思ったこっちの身にもなれ」
「はあっ!?意味分かんないんだけど!そうじゃなくて何か言うことあるでしょ!!」
「…馬鹿につける薬の正しい用法は分かったか?」
「ぐっ……この、この……!」
顔すら上げずに、切れ端になったジャージにかけられている魔法を暴こうとする弟子が生意気どころでは無い。
「だいたい私のどこが馬鹿なのよ!あんたに言われた通り倉庫に行ってアルバイトの修行して来たんでしょ!」
言えば、ようやくゼインが冷ややかな視線とともに顔を上げる。
「そこだ。私はデンバーにきちんと申し送りをしたはずだが?出荷検品時のチェックをするモニタールームで働かせろ、と。筋力が無いお前が筋肉痛に陥るような指示をするわけないだろうが」
「……あー………」
「修行初日の報告をしろ」
「……………。」
私は告白した。洗いざらい。
開始20分でモニタールームにあるボタンをとりあえず全部押して倉庫を大パニックに陥れたこと、出来る仕事が何も無くて『お届け先シール』を印刷する機械に台紙を補充する係になったこと、それが滅茶苦茶重くて大変だったことを。
優しいギリアムとショーンは肩を震わせて涙を浮かべながら私の苦労話を聞いていた。
優しくないゼインは……肩を震わせながらひたすら怒っていた。




