世界地図
以前より広くなった60階の会議用テーブルに世界地図を広げ、私とニールはかなり大真面目な話をしていた。
「…ニール、シェラザードの件はどうなっている」
「そうだね。あれから何度か足を運んだけど、土の浄化にはもう少し時間がかかりそうだよ」
「だろうな……。埋められていた人間の数が数だ。あのレベルの汚染が魔獣の暴走を起こさなかったのが奇跡的だ」
「……だね」
世界地図上、北半球で最大の面積を誇るシェラザード。貪欲に近隣国を併合し、世界を二分する政治思想圏を築いている。
「前回の魔獣発生の原因は、結局サラスワだったよね」
ニールが地図上のサラスワを指でトントンと叩く。
「そうだ。シェラザードがサラスワに拠点を置いた際に現地から持ち帰ったミイラが原因だった」
……あの当時、もしかすると魔法使いのミイラなのかもしれないと、焼却するのを相当躊躇った記憶がある。
だが事態は深刻だった。
あの時の私には、聖魔法の使用という選択肢が無かったのだ。
「ゼイン、10年前に立てたサラスワ攻略はほとんど終わりかけてる。そろそろ次の構想を教えてくれてもいいんじゃない?」
ニールがニヤリとする。
私もニヤリとし返す。
「……そうだな。お前はもう分かっているだろうが、私がサラスワにこだわった理由はミイラやシャラマ島だけでは無い」
「そうだね。世界最古の血脈を維持するサラスワの王家は、人間が大事にする〝権威〟を持ってる。お金では手に入らない価値だ」
その通りだ。
いくらネオ・アーデンが力をつけようと、伝統と格式の世界では無価値に等しい。
どの分野においても、どの世界においても、我々魔法使いが権利を行使できる基盤を整えなければならないと考えていた私にとって、貧しく荒れ果てたサラスワは格好の攻略対象だった。
再び地図上で指を滑らせる。
「……私の次の構想では、ここを取るつもりだった」
「………ま、そうだよね」
滑らせた指の先にはオスロニア。
ネオ・アーデンから北西に約5000キロ。そして、シェラザードの最西端からもほぼ同距離。
「世界で最も新しい大地。……ここを取り込めれば、世界の勢力図上、数百年は安泰だと思っていた」
ニールがやれやれと言った顔をする。
「…ほんっとに親馬鹿だよね。結局全部ショーンのためじゃないか」
「当たり前だ。私にショーンより大事なものなどあるわけ無いだろう」
いつかショーンが後を継いだ時に、負わせる重圧は少ない方がいいに決まっている。
「だけど、ポロッと取れちゃったわけだよね。…オスロニア」
「……ポロッと……まさにその通りだ」
オスロニアをネオ・アーデン側に引き入れるために、あの国にはフルオーダーメイドで機材を卸して来た。
国の中枢システムの発注を受ける程には食い込めていたのだ。
……まあ自分が男である以上、決して落とせはしなかったのだろうが。
「オスロニアは今後10か年計画で進めるつもりだったが、丸々10年が空いたことになる。だから……」
再び指を滑らせた先は、オスロニアから東に真っ直ぐ。
「……シェラザード?」
ニールが目を見開く。
「そうだ」
「え、え?シェラザードに対抗するために今まで国際社会で根回しして来たんじゃないの?それにガチガチの独裁者がいる国なんて、ゼインが一番嫌いでしょ?」
「はあ?私が人間の政治思想にこだわりなどあるわけ無いだろう。私の邪魔をしないのなら、独裁主義だろうが享楽主義だろうが知った事ではない。シェラザードが煩わしいのは、国際会議の場で必ずネオ・アーデンの対立軸に立つからだ」
何が気に入らないのか、小さな島ですし詰めにされているたかだか3億人ちょっとの人間を、広大な国土を持つ国の人間が目の敵にしている。
ニールが目をパチパチとする。
「……え、ほんとにゼインって骨の髄まで魔法使い……?」
「は?」
「どう考えてもシェラザードの目の敵はゼインでしょうが」
「……まだ何もしてないが?」
「………そーゆーとこだよ」
変な顔をしたニールが顎に手を当てて何かを考える素振りをする。
「……ああ、もしかして双子が鍵だったりする?」
「なんだ、お前もシャレとか言うのか」
「けっこう普通に言ってるんだけどね。気づいてないのは目の前の黒髪ぐらいで」
………聞いた覚えは無いのだが。
「ダニールとザハールねぇ……。まぁ、魔法使いとしては未知数だけどさぁ……」
「お前の言いたいことは分かっている。だから……リオネルだ」
「!」
私が自分より圧倒的な知識を持つ魔法使いの心配などするわけが無い。
リオネルは魔法使いの世界だろうが人間の世界だろうが、気ままに、それなりに生きていける。
……ディアナが存在する世界であれば。
「20年…いや30年計画になるかもしれないが、あの双子はシェラザードに帰す」
「…え?」
「……偉大な魔女シエラ・ザード、そして偉大な魔法使いロマン・フラメシュの後継である彼らは、シェラザードを再び春の来る国にしなければならない」
ニールが目元を柔げる。
「…そっか、そうだね。それにはたくさん繋がりを作っといてあげないといけないね。魔法使いの先輩と同級生を得て、ガーディアンの社員として祖国に凱旋だ!」
「ああ」
「……ほーんと、魔法使いには優しいよね。いつかゼインの優しさがみんなに伝わるといいんだけど」
目を細めながらニールが気色悪いことを言う。
「……熱でもあるのか?元々あの国は落とす予定だった。空いた10年で、手始めにシェラザードの食糧供給ラインをプロイスラーから奪う」
「え」
「ついでにあの国のトップは75歳を超えてる。2、30年も経てば死んでるだろう。お前は次のトップ候補を籠絡しろ」
「………………。」
若干白けた目をしたニールの端末が点滅する。
「…おっと、噂の双子その1から通信だ。……はいは〜い、どうしたの?…え?はあっ!?……うんうん、え〜〜……」
「どうした、トラブルか」
ニールがげんなりした顔を向ける。
「……リオネルさんが指一本で電子辞書分解したって」
「は?」
ニールが再び端末と話し出す。
「もう、勘弁してよ!……分かった。後でそっちに行く」
何だか面倒くさそうな事態が起きた事は間違いない。
「はあ……。リオネルさんが設計図なしに電子辞書から多言語同時翻訳機作ったって大騒ぎしてる」
な……何だと……?
「それは……もはや大学などと言っている場合では無いのでは……」
「……他所の会社に引き抜かれる前に何とかした方がいいね」
……古の錬金術師を舐めていた。
常識の無さも舐めていた。
「ま、会社の試作品って事で何とか収めて来るよ。……それよりディアナちゃんの方が心配なんだけど」
まあニールの懸念もよく分かる。
一言一句漏らさずに詳細に記したマニュアルを渡しはしたが、あの魔女が目を通した確率は五分より低いと思われる。
だが仕方がない。
どれだけ考えを巡らせても、あの魔女に現代社会の基本のきを学ばせる場所が出て来ないのだ。幼児教育より前の段階の学び場が必要だ。
だがそんなものは無い。
だからせめて生活用品からでもと……
「あのさあ、上級者の僕から言わせてもらえば、いじめて気を引くとか子どものやる事だからね?」
「は?いじめ?」
ニールが溜息をつく。
「……女の子は怖いよ?男にされた仕打ちは死ぬまで忘れない上に……」
死ぬまで…?凄まじい記憶力だな。
「どれだけ謝っても評価は二度と覆らない」
評価……
「嫌われたら最後、好かれることは無い」
───!!
ニールの話に一瞬心臓に衝撃が走ったが、そもそも〝女の子〟に好かれたくも無いし、評価されたい相手の記憶力は鶏以下だからすぐにどうでもよくなった。




