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人間生活

「ふふふ〜ん♪ふふふ〜ん♪さあ出来上がりましたわ!まぁ素敵!ディアナ様の日常着まで仕立てられるなんて光栄の至りですわ!」

「……………。」

 

 何回めだ?このパターン。

 アレクシアは暇なのだろうか。


「まったく、ディアナ様に修行など無用の長物ですわ。けれどもありとあらゆる着せ替えが楽しめる、その一点において小さな事は水に流すことにしましたの」

 ゼインは一体全体アレクシアをどうやって手懐けているのか。

 そして朝から着せられているこの珍妙な服……。

「…アレクシア、このジャージとか言う服、どう考えても似合わないんだけど……」

「まぁ!ディアナ様に似合わない服などございませんわ!せかせか働く人間の女は大抵こういった姿をしているものです。私のディアナ様に常識知らずなどという烙印を押させるわけには参りませんわ」

「………常識的魔女だからとりあえずこれ着とく」

「ええ!毎日のお召し替えはお任せ下さいね!あ、髪はポニーテールでいきましょう!」

 ……ジャージを何着作る気なんだ。

 


「おっはよー!あ、ディアナにクラーレットさん!リオネル見なかった?」

 バターンと元気よく開かれる私の部屋の扉。

「あらおはようダニール。お迎えありがとね。……リオネルなら……そこ」

 指でベッドの下を指差す。

「あー!師匠の裏切り者っ!!ワシには語学なんぞ必要無いんじゃ!!世界10か国の言語は読み書きできるんじゃ!!象形文字も楔形文字も使いこなせるんじゃ!!」

 ダニールがベッドの下を覗き込む。

「だめだよー、リオネル。〝僕〟だろ?ちゃんと喋れるようになったら大学に行ってもいいってゼインさんが言ってただろ?」

「ワシは……ちゃんと喋れる!人間が嫌なんじゃ!賢しら顔で講釈垂れる人間が嫌なんじゃ!!」

 …わかるわよ、リオネル。

 ついでにショーンチョイスの服も似合って無いわ。


「…お前たち……ここをどこだと思うておる!!ディアナ様の聖域に男が入って来るで無い!!失せぬか!!」

「…変態魔女。おぬし何でまだ生きとるんじゃ」

「黙れリオネル!あの日の恨みはいつか晴らす!!」

「あれ?二人は知り合いなの?仲良いね」

「「黙れ!!」」

「あははは!息ピッタリじゃん。ザハールに目覚まし動画送ろっと」

「「やめんか!!」」


 ……もしかして、今後毎朝このやり取りが繰り返されるのだろうか。

 



 リオネルが目醒めてから早いものでひと月が経った。

 色々と事前準備を終えたらしいゼインが私たちに課した修行は、本当に修行の名に相応しい代物だった。

 まずはリオネル。

 あの子には、双子とともに語学学校行きが言い渡された。

 喋り方と見た目の不一致が甚だしいというのが一番の理由であるが、リオネルがゼインとショーンにしつこく現代の機械の仕組みを聞くから、どうせなら大学に行けという話になったのだ。

 そして私。

 リオネルと一緒に言葉を学んで来いと言われるかと思いきや、私は人間社会で学生をするには老けていて、よその会社で普通に働くには能力が足らないという散々な評価を受けた。

 大魔女に対して本当に失礼な話だ。

 とにかく人間への擬態能力落第の私は、昼間の空き時間を使ってそこそこ落第気味の人間でも受け入れてもらえる〝アルバイト〟という名の修行に出ることになった。

 

 

「……こていしさんぜーってアルバイトと関係あんのかしらね」

「え?ディアナさん何か言いました?」

「いや、こっちの話よ。悪いわね、ショーン。送り迎えなんて面倒でしょ?私歩く修行もするわよ?」

 そう言えば車がキキーッと止まる。

「だ、駄目です!ディアナさんを歩かせたなんてゼインさんに知られたら僕10年ぐらい外出禁止になっちゃいます!!」

「なんでよ。最初は電車で通勤しろって言ってたくせに」

「……事情が変わったんです。外見も変わったでしょ?」

「ふーん?美少女なら歩いて通勤してもいいってこと?世知辛いわねぇ……」

「………………。」


 何にしても人間の暮らしに慣れるのは面倒だ。

 壁はすり抜けてはいけないし、移動は徒歩か乗り物。出かける場所に応じて服を替え、街中に溢れる矢印に従って行動する。

 ……アホくさ……とは思うが、実際問題、弟子のリオネルに問われた質問に答えられないとかあり得ない。

 それにゼインの説く親の道理もその通りだ。


「ディアナさん、修行の内容……理解できてますか?」

 どこかしらで車を停めたショーンが心配そうに私の方を振り向く。

「はー?バッチリグーに決まってんじゃない。〝つうはん〟の中身を習得すんのよ。この修行をやり遂げれば現代人の仲間入りできるんだって。やっぱ若いし?そろそろ入っとく?みたいなー」

「あー……なるほど。全く分かってないんですね……」

「え、なんて?」

 ショーンが気まずげに微笑んでいる。

「ディアナさん、頑張って下さいね。1000時間ほどで固定資産税分が賄えるはずですから」

 ……は?



 ショーンと別れた先にあったのは、どこかの人工島にある巨大な……工場か倉庫。多分倉庫。飛行機が入ってた建物に形が似ている。

 ゼインに持たされた、反転重力魔法陣が描かれた『必携・人間修行〜世間知らず編〜』の分厚い指南書を、これまたアレクシアに持たされたトートバッグとかいう鞄から取り出す。

「…修行その一、センター長に会いに行く」

 センター長……?

 ふうむ。大体において〝長〟と名の付く人物は一番高い所にいるものだ。

 とりあえず屋上に登ろうと動き出す……前に、学習能力高めの私は、一応、念のため、指南書の続きを読んでみる。

「……そのニ、名前を名乗る。その三、よろしくお願いしますと言う。その四、頭を下げる……」

 ………………アイツ、シメる。




「ようこそ、アーデンさん。センター長のサミュエル・デンバーです。こちらこそよろしくお願いします」

「……う……はい」

 常識的魔女である私は知恵を絞り、屋上で暮らす人間などいないという判断をした。

 そしてそのまま車を降りた場所に立ち尽くしているところを出勤してくる人間に連れられて、見事にセンター長に会うという偉業を成し遂げたわけである。

 

「社長から粗方のご事情は聞いております。何でも()()サラスワで長いこと過ごされていたそうですね。この物流センターがネオ・アーデンの暮らしの根幹を理解する一助になれば良いのですが……」

「え……はい」

 少しお腹が出ているが、多分そこそこ頭がいい感じのセンター長には悪いが、もう少し簡単な言葉で喋って欲しい。

「では早速ですが、初日は安全講習からです。ご案内しましょう。ささ、こちらへ」

「あ……はい」

 センター長の背中を見ながら大急ぎで指南書をめくれば、そこにはその四までとは打って変わって何とも適当なことが書かれていた。

 …『その五、これ以降は現場の人間の指示に従う』

 なるほど分かった。それでこそ修行だ。

 なー……んて考えるわけ無いでしょ!!

 ばーかばーか!馬鹿弟子!!


 脳内で性格極悪な弟子を痛め付けながら受けた講習の結果、私は『ヒヤリハット』以外の単語を記憶できなかった。


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