孤独な魔女
みんなの魔力が大広間に集まった事を感じる。
リオネルの事だからきっと『検証じゃ!検証!』的なことを言い出したのだろう。
リオネル……。
大きな目をギョロギョロさせながら、いつもカーテンの陰に隠れて周りの大人を観察していた男の子。
弟子に取るつもりは無かった。あの子は魔力が多くはなくて、私が課す修行に着いて行くには相当苦労するだろうと思ったから。
けれど孤児院を訪れるたびに、あの子はカーテンの陰から色紙で作った花を…子どもの作品とは思えないほど精巧な紙の花を差し出して来た。
白紙に手塗りで色を付けた花。
ある時は赤色、ある時は青色、ある時は黄色…。
姿を見せないリオネルに、花の色には意味があるのか聞いたっけ。
『……本当は銀色が足りん。銀の紙はどうやって作る?』
その言葉にハッとした。単色だと思っていた花の下には、ピタリ重ねられた白紙。花は毎回毎回2種の紙を重ねて折られていた。
水色の花をもらったその日、私は彼を引き取った。
古い友人が一人、死んだ夜だった。
あれから何人もの同胞を見送った。
〝古の〟の冠を持つ同胞を、何人も何人も見送った。
魂に残った最後の魔力を預かって来た。
「…うっすい魔力……か」
ヤギの乳って他に言い方ってもんがあるでしょ!とは思うが、リオネルを責めるのはお門違いだ。
謝るべきは私。
500年前に預かっていた魔力を…叡智を、引き継ぎ終わることなく消してしまった私だ。
「入るぞ」
部屋のソファで物思いに耽っている私の元にゼインが現れる。
「…あんたねぇ、『入るぞ』は入る前に言う言葉だって知らないの?」
「声が遅れて聞こえただけだろう」
「あほ」
勝手に私の隣に座り、部屋をしげしげと眺めるゼイン。そして一言呟く。
「家具……」
「…ああ、あんたに教えてもらったお店に頼んでくれたの。ニールが」
「ニールが?そんな機会あったか?」
「あんた以外の3人は、何くれとなく世話焼いてくれんのよ。リオネルの部屋だってギリアムがわざわざ窓ガラスを曇ったものに変えてくれたりしてねぇ……」
ゼインが少し驚いた顔をする。
「ふふ。あの子たち私が魔女だっていう意識が低いのかしらね。何でも魔法で解決して来た私とは生きていく上での物差しが違うみたい」
そう言ってゼインを見れば、何か言いたげな顔をしている。
「どうしたの?何かあった?」
「…お前が変な顔をするからだろう」
「…変な……はぁ?あんたまで私をブサイク呼ばわりする気?それは十分にわかってるわよ!言ってんでしょ、私はこの顔が嫌いなのよ!」
両頬を膨らませて軽くゼインを睨めば、軽く横に首を振る。
「違う」
「…何が」
「ショーンがいつも言っている。『ディアナさんは寂しそうですね』と。リオネルもきっと同じ事を言っているのだと思う」
…寂しそう……?
私は魔女として何でも持っている。
出来ないことはほとんど無いし、時々一人だったけど、今はゼイン達がいる。
「寂しくないわよ?みんな賑やかで楽しいわ」
ゼインが溜息をつく。
「…まあいい。それよりも質問がある」
「は?質問?」
相変わらずマイペースの塊である。
「リオネルから話は聞いた。ついでにこの500年間についても伝えて来た」
「…え?」
「リオネルはちゃんと理解したし、お前に謝る的なことを言っていた」
謝る……。
「まあそれは勝手にやってくれればいい」
「…………………。」
コイツの手元の書物からは、情緒という単語だけ黒塗りされているのだろう。
「ディアナ、お前は以前『魔力について学べ』と言っていたな。私はそれを聞いて魔力には種類があるのだと理解した。理解はしたが、疑問に思うことがある」
……真面目だ。空気読めない真面目さだ。
「あんたねぇ、私まだ修行の内容組み立ててないんだけど?」
言えばゼインが横目で私を見る。
「やはりそうか。卒業証書をもらうべき段階で扱う魔力と、叡智を授かる段階での魔力は異なるのだな?」
……とにかく扱いにくい弟子だ。
大きく息を吐き、ゼインの金色の瞳を見つめる。
「……おっけーゼイン、今からあんたに新しい修行に移る前の基礎講義をしてあげる」
そう言えば、ゼインの瞳が見開かれる。
「ビビってんの?」
「あ、アホか。意外だっただけだ。どうせ誤魔化すのだろうと……」
聞きに来ておいてよく言う。
「誤魔化したいんだっつーの。でもリオネルの口からペラペラと喋られんのは困る。何事にも順序ってもんがあんのよ」
「……順序」
私もゼインに負けずにソファにふんぞり返る。
「あんたはそれなりに女っていう生き物に詳しいんでしょ?」
ゼインが一瞬怯んだ顔をする。
「要はそういうことよ」
「そ、そういう…いや、そうでは無くて、きちんと学問的な話をだな、」
「はあ?私の口から学問的な話以外出るわけないでしょ!」
「…………………。」
ゼインをソファから浮かべ、私の目の前にプカプカ浮かべる。
「……すごく嫌な感じなのだが」
「お黙り。魔力には種類がある。それはその通り。よく気づきました。正確には二種類の魔力があって、叡智に関わる魔力の方は、魔法使いの成人の儀式で最初に教えることになってるの」
「成人……?」
「要は、子どもを作る、作らないの話」
「!!」
パチンと指を鳴らし、二人の魔女の映像を空中に展開する。
「…クラーレットと……カリーナ?」
ゼインが呟く。
「そう。…見本として使わせてもらって悪いんだけど、彼女たちほど分かりやすい例はない」
ゼインの戸惑った顔を見据える。
「あんたも気づいてるでしょう?カリーナの消えそうな魔力に」
言えばゼインがハッとする。
「……カリーナの魔力は……先天的なものではない?」
ゼインの言葉にこくりと頷く。
「……そう、魔力には二つある。体内で生まれる血液に宿る魔力と、生命力の源である〝魂の魔力〟」
「魂の……」
「そうよ。カリーナは双子を産み、自分の魂の魔力を子に分けた」
「分けた……」
指を振り、ゼインを隣の席に戻す。
「魔女はね、子どもを産むと少なからず魔力を失う。だから世界にはいつだって魔女の方が少ない。いつの間にか〝元魔女〟だらけになってしまう。だけど…魔女の方が圧倒的に潜在魔力…魂が持つ魔力量が多いの。子どもに分け与えられる分、男の魔法使いよりも遥かに」
ゼインが二人の映像をじいっと眺めて、ゆっくりと口を開く。
「…ディアナ、お前が受け継いで来た魔力というのは……」
ご名答、と言うように肩をすくめて見せる。
「……最期まで〝古の魔女〟だった……同朋ね。私たちは子を産まない代わりに弟子を取り、魔力を次代に託す。魔力とともに記憶、叡智を……。だから弟子が何よりも大事」
グッと拳を握り込み、リオネルが突き付けた現実を思う。
「…けれどね、弟子に巡り会えない魔女もいる。それこそアレクシアみたいなのもいる。そういう古い友人から手紙が届くのよ。見送りに来て欲しいって。……もう、二度と届かないんだけど」
消えてしまったのは弟子だけでは無い。
古い古い友人も、強かった魔法使いも消えてしまった。
だから今はただ祈ることしかできない。
せめて……彼らの死が穏やかだったことを。
「魔女の接吻……?」
ゼインが呟く。
「……叡智を受け継ぐ儀式の一つということか……?」
平常運転でブツブツと何か言っている。
「…いや待て、だがそれだと主語が魔女なのだから魔法使いでは駄目なのでは……」
はいはい、そこね。
「ディア……」
「まだ教えないわよーだ」
「!?」
「あんたには真っさらな状態で新時代の継承魔法を作ってもらうんだから」
「……運命の弟子とかいうやつだな」
物分かりのいい弟子の頭をポンポンしながら、本気でそうなる事を祈った。
預かった叡智を消してしまうような、愚かで救いようのない魔女が二度と現れないように。
……一人彷徨い歩く、そんな魔女がいなくなるように。




