謎解き
「さて、次は謎解きっすね」
ギリアムが言う。
「謎解き……とな」
「そっすよ。リオネルさんの封印の仕組みは何となく分かったっす。でも最初の疑問は解けてないっすよね」
この発言に皆が思い出したような顔をした。
「ワシの封印は失敗したのか……」
リオネルに続ける。
「成功していたとして、誰がディアナの封印を解いたか…だな」
ギリアムが頷き返す。
しばらくの沈黙ののち、ニールが口を開いた。
「あー…あのさ、こんな時になんだけど、ディアナちゃんて…本当は何歳なの?」
「ニール、いきなりどうした」
「うーん……封印について考える前に、ディアナちゃんと初めて会った時のことを思い出してたんだけど、僕さ、いまだかつて女の子の年齢間違ったこと無いわけ」
「は?」
「モテる男の基礎スキルだし。僕はディアナ〝ちゃん〟だと思ったんだけどなー……」
ニールの言葉にリオネルが目を見開いた。
「ニール、おぬしは何歳なんじゃ?師匠が女の子に見えるほど長生きしとるようには……」
「え?ああ……多分400歳ちょっと…かな?同世代だと勘違いしてディアナちゃんに失礼な態度取っちゃって……」
そう言って頭を掻くニールの姿を、リオネルが口をポカンと開けて見ている。
……多分、私も似たような顔をしているに違いない。
私とリオネルの混乱などどこ吹く風で、こういう場面で先陣を切るのはショーンだ。
だんだん分かってきた。
「リオネルさん、この4つの石を使った封印はディアナさんの魔力をリオネルさんに移すものですよね?」
「…そ、そうじゃ。師匠クラスの魔法使いは簡単には死ねん。肉体が滅びようとする時に、普段は自らの魔力で抑え込んでいる〝隠された魔力〟が暴れ出すんじゃ」
……ディアナが言っていた、〝預かった魔力〟のことだろうか。
未消化の状態の魔力が暴れ出す……本当にそれだけか?だとしたらディアナはもはや死に際の心配などする必要は無いはずなのだが。
「…僕は、リオネルさんの封印魔法は正しく発動したと思います」
ショーンが静かに述べる。
「…ほう?」
「〝隠された魔力〟の正体は分かりませんが、それが現れたということは、ディアナさんの肉体はやはり一度滅んだ……というか、それに近い状態になったんです。この記述を見て下さい。守り石の方です」
ディアナが書き起こした巻き紙を見たリオネルが呟く。
「回帰…?」
回帰……ディアナもそこに何かの疑問を抱いていた。
「僕は〝隠された魔力〟はリオネルさんにきちんと移ったんだと思います。数か月前、ディアナさんは聖魔法を使った事があるんです。その時……」
ショーンの言葉に、私、ニール、ギリアムがハッとする。
そしてリオネルは全てを見抜いたという顔をした。
「……死にかけたのに、魔力が放出されなかったんじゃな」
「ええ。ですから500年前ディアナさんは…」
「………回帰した」
ショーンの言葉に続ける。
「おそらく。文字通り原点回帰したんだとしたら、今のディアナさんの魔力って、純粋なご本人の魔力なんじゃないですか?ニールさんのいう〝ディアナちゃん〟の意味もわかるというか……」
「…なるほどそっか。今の魔力の状態は長くとも4〜500年てことになるのか」
リオネルがぼんやりとした顔をする。
「……ワシ、あんなに澄んだ魔力をした師匠を見たのは初めてじゃった。お前さんらは想像できんじゃろうが、アーデンブルクのディアナ・アーデンには並の魔法使いは近づけんかったんじゃ」
「…あー…位が高すぎて…とかすか?」
「違う。身に纏う魔力が複雑で、どのぐらい強いのか、どのぐらい生きているのか、そういった事が全く読み取れん……正真正銘の大魔女じゃったからじゃ」
ディアナの魔力の色……。
煌めく銀色の粒子が頭によぎる。
「回帰……」
呟きながらリオネルが静かに目を伏せた……かと思いきや、両頬を膨らませて拗ね出した。
「ふんっじゃ!おぬしらのような若造に魔法の考察で負けるなんざ、ワシのプライドはズタボロじゃ!」
腕を組んで不貞腐れながら、床に描かれた魔法陣を空中にトレースし、ディアナが苦心の末に合成した時間魔法と文字化の陣をあっという間に二つに分けた。
「……いやいや、ズタボロなのはこっちの方なんすけど……」
「それね」
ニールとギリアムが小さく呟く。
「目醒めたら新生リオネルとしてデビューして、未来の魔法使い相手に威張り散らそうと思っとったが…」
言いながら今度は4つの石…ピアスと耳飾りを手の平に取り寄せ、それをじいっと見ながらこちらを向いた。
……ものすごく、嫌な感じの薄ら笑いを浮かべて。
「…ぬっふっふっふ……見つけたぞい」
薄ら笑いを浮かべたまま、リオネルがショーンの頭上を漂う。
「ショーン、おぬしの考察には穴がある。ワシは師匠の〝隠された魔力〟を受けたにも関わらず、ちっとも魔力量が増えとらんではないか!」
私のショーンを指差すな。
「あー……ゼインさん、リオネルさんに鏡を渡してもらってもいいですか?」
ショーンが申し訳なさそうな顔をして私を見る。
「鏡?……そう言えばそうだったな」
鏡を取り寄せリオネルに放れば、覗き込んだ彼が叫び声をあげる。
「だ、誰じゃ!この凄まじい色男はっっ!?」
「……………そうでもないと思うっすけど」
「言ってみただけじゃ。いやはや、こりゃ成人したばかりぐらいの頃かのぉ……」
「えー?どう見ても思春期のガキんちょだよ。そのモサモサした髪の毛切ってあげようか?」
皆のリオネルの扱いが雑になっている。
しかしそうか……。
ショーンの清浄魔法でリオネルを若返らせた事によって、溜まっていた魔力の消化がすすんだのだ。
だから正しい方法で封印を解かずとも彼は目醒めた……。
ディアナがここまでのことを読んでいたのだとすると、やはり偉大な魔法使いを育てた、偉大な魔女なのだ。あれでも。
「……最後の謎も解けたな」
ふとディアナの思い詰めた顔を思い出し、一つ息を吐く。
「ほんとっすか?」
「ああ。『誰がディアナの封印を解いたか』だが、リオネルが使ったのが魔力吸収という点と、ディアナの純粋な魔力で合点がいった」
ニールがなるほど、という顔をする。
「ディアナの魔力回復速度は恐ろしく早い。発動したその場から回復し出す。つまり…」
「吸収されるスピードより、回復スピードの方が早かったって事だね」
「ああ。だがそれでも封印を解除するだけの魔力の回復には100年を要したのだろう。…途方もない時間だ。それほどリオネルの魔法は優れていた」
リオネルが額に手をやり、天を仰ぐ。
「師匠は自分で封印を解いたんか……。なんちゅう魔力なんじゃ。ワシは師匠を舐めとったわい。…色々謝らにゃならんのう」
「……どうだろう」
ポツリと言えば、リオネルが宙で動きを止める。
「ディアナが出て行ったのは、言葉が見つからないからだと思う。この500年でディアナの弟子が見つかったのは初めてのことなのだ。アーデンブルクが消えたことも、他の仲間が見つからないことも、どう伝えればいいのか分からないのだろう。ディアナは……言葉足らずで、無駄に優しいだろう?」
そう言えば彼の瞳が潤み出す。
「そうなんじゃ!師匠は2割鬼婆で8割優しくて、いっつもワシらのために飛び回ってヘトヘトで……」
宙に浮かんだまま泣き出してしまったリオネルを、皆が柔らかい眼差しで見ている。
……本当に彼はディアナを原始魔法で守ったのだな。
さて、おおよその封印の謎は解けた。
そしてリオネルにもあらかたの事は伝え終えた。
「さあ、ディアナを呼びに……」
行こう、と声を出そうとした瞬間だった。
リオネルがパッと目の前に現れる。
「よいか、ゼイン。兄弟子として指輪の弟子のおぬしに一つだけ言うておく」
リオネルの左手小指にはまった指輪に目を留める。
……兄弟子………まあ……確かに。
「なんだ」
「ワシら選ばれた指輪の弟子の最終目標はただ一つ!」
最終……目的……?
ゴクリと喉が鳴る。
ニールたち3人の視線がリオネルに注がれる。
「それは……」
「それは……?」
「師匠の一番になることじゃ!」
………………は?
「よいか、ワシが目醒めた以上おぬしは二番手じゃ。師匠と飯を食うのも、師匠にぎゅーしてもらうのもおぬしは最後!それが弟弟子の嗜みっちゅーもん……で……はっ!?目が…真っ金金!?」
「……なるほど?兄弟子に敬意を払う……というわけだな?だがもう一つの序列をお忘れのようだ」
「こ、こっわ!!弟弟子こっわ!!」
「……怖い?ニール、ギリアム、ショーン、私がいかに善良な魔法使いなのか、元年長者であるこちらの生意気な年下に聞かせてやるといい」
「ははは…」「まかせるっす」「も、もちろんです」
滅多に出さない微笑みを顔に貼り付けて、さっそく一番乗りになるべく、私は超速でディアナの元に転移した。




