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偉大な魔法使い

 灯す光によって煌めきが変化する美しい水晶の城。

 その城の中にあえて設けられた薄暗い部屋。

 そこに置かれたベッドの上には、一人の偉大な魔法使いが眠っている。

 枕元にはその魔法使いをひたすら見つめる銀色の魔女。

 私は二人を少し遠目に見ながら、部屋の隅に置かれたソファで巻き紙を読んでいた。


 ディアナはおそらく正しい方法で封印を解かなかった。

 …きっと正しい方法など無かったのだと思う。

 正しい方法があったのならば、未来を見たはずのリオネルが、自分だけが封印され続けるような魔法を残すはずが無い。

 そして未来を……いや時間の流れをその身で受けた彼だからこそ、あの封印魔法が作れたのだ。

 彼にしか解けない、あの魔法が。

 


 普段の姿からは想像し難いほど詳細に記録された石の変化。

 二つを守り石と確定し、それに対するディアナの考察が走り書きされている。

 500年前、ディアナは聖魔法で弟子を討ったあと〝死にかけた〟と言っていた。ドレスの着替えで極度の混乱状態だったが、話はちゃんと覚えている。

 ディアナの守り石の発動記録は〝回帰〟。

 走り書きには、『魔力を失ったことに対する反対魔法……?』と書いてある。

 国中の魔力を消し去ったのだから、もちろん自分自身にも効果が及んだはずだ。

 なのに、リオネルは自身を犠牲にしてまでディアナの〝魔力の受け皿〟となった。

 それだけではなく、死にかけたディアナを封印までしなければならなかった。

 ここから導かれること。

 ディアナには……

 


「……何か興味が湧くことでも書いてあった?」

 リオネルの側に座っていたディアナが部屋の隅へと近づいてくる。

「…お前は私にちゃんと話して無い事があるな?リオネルはなぜ何百年もかけてお前の魔力の受け皿を用意しなければならなかった。この期に及んで隠し事は無しだ。ちゃんと話せ」

 ディアナが右手でそっと、何も無い耳に触れる。そして一つ溜息をついた後、隣に座った。


「…ニールが読み上げた名前はね、その時々の弟子の中で一番魔力が強かった子たちなの」

「魔力が…」

「そう。ゼイン、前に私を送ってくれるって言ったでしょ?正確に言うとね、私はただ送られればこの世から消えてしまえるわけじゃないの」

「……は?」

「自分の血液から生まれる魔力以外に、遥か昔から連綿と続く…そうね、あんたの言葉を借りるなら、先人たちの〝叡智〟を預かっている」

 

 ──叡智  

 

 そう、私が知りたかったもの。

 書物にも文献にも無いけれど、確かに魔法使いの中に受け継がれている〝何か〟。

 魔法が使えるだけでは駄目なのだ。

 何かが決定的に足りないのだ。


「魔法使いの〝叡智〟…それは魔法使いがこの世に存在した事の証。記憶であり、彼らの魔力そのもの。つまり究極の魔力の塊」

 ディアナが銀色の瞳で私を見る。

「それを預かる……その意味が分かる?」

  

 強い眼差しに意識が吸い込まれそうになる。

 知りたくてたまらないのに、続きを聞くのが少し怖い。


「……預かった先人たちの魔力をね、自分の魔力で溶かしていくの。何百年もかけて、少しずつ少しずつ……。そしてそれが完全に自分の魔力と一つになった時、彼らから新しい叡智を授かる」

 叡智は……魔力に刻まれた…記憶……?

「ディアナ、お前の魔力が凄まじく強いのは……」

 ディアナが意地悪気に、だが少し寂し気に口端を上げる。

「……元々超強かったんだけどね、何度も何度も繰り返すうちにどうしようもないくらい強くなっちゃったわけよ。だからね……」

「………死ねないのか」

 そう言えば、頷きながらディアナが目を伏せた。


 何人もの魔法使いの最後を見た。

 彼らは等しく魔力の塵となり、煌めきながら空へと消えて行った。

 だが恐らくディアナは違うのだろう。

 濃縮された魔力の塊とも言えるものを持ったまま肉体が滅べば……

 その単語を頭に浮かべただけで、途端に胸が苦しくなる。

 そしてベッドの上のリオネルへと視線をやる。

 ……彼は、どうしてもそれを阻止したかった。



 ディアナが真剣な目をする。

「ゼイン、あんたはどんな魔法使いになりたい?」

「……どんな?」

「そう。前にも言ったかもしれないけど、あんたはそれなりに完成された魔法使いなの。〝魔法〟の分野においては数いた弟子の中でも相当出来上がってる」

 ディアナの質問の意味が今一つ理解出来ない。

 完成された…の箇所には大いに疑問があるし、魔法の分野について…の下りはさらに分からない。

「……盗む段階は終わったということか?」

 ディアナが口端を上げる。

「まあ、そうとも言うわね。……アーデンブルクの魔法学校の話はしたことあったっけ?」

 私は首を横に振る。

 ……だが、魔法学校があった事は知っている。知っているどころか、私は100年間そこにいたのだ。

 誰にも話せていないが。


「……魔法学校ではね、魔法使いとして身に付けるべき呪文と魔法陣を学ぶの。基礎、応用、実践、発展……それらを一通り修めたあと、さらに高みを目指すなら望んだ師匠の元に弟子入りする」

「…卒業後……」

「そう。あんたには……弟子入りの前に卒業証書を渡さなきゃならなかったのよね」

「!!」

「……そして大事なことを聞かなきゃいけなかった」

 ディアナの質問の意味がようやく胸に収まる。

 ……『どんな魔法使いになりたい』か。

 胸に収まりはしたが、私にはとても難しい問いである。

 私の中には誰もいない。

 そう、一人を除いて。

 


「……お前のような魔法使いになりたい、では駄目なのか?」

 ディアナがポカンとする。

「ええ…と、いや、確かに私は大魔女なんだけど、あんたからの尊敬の念みたいなものはちーっとも……」

 当たり前だ。日常の姿を鏡に映してよく眺めろ。

「……私はこれまでの人生において、()()()()()のディアナ・アーデン以外には尊敬の念など抱いたことは無い。だから……例え何百人の師匠候補がいたとしても、私はお前の元に弟子入りした。断られても、何度も足を運んで頼み込んだ」

 銀色の瞳が大きく見開かれる。

「……土下座した?」

「ふざけるな。土下座はしない。……気色悪い筋肉男を貢ぐくらいだ」

「え……あ、あほ!」

 ……少し悩んだな。アホが。

 

 

 唇を尖らせながらも、ディアナがどことなく嬉しそうな顔をする。

「おっけー。あんたが高みを目指す気なら……そうね、私やシエラ、この城を作ったロマン・フラメシュの世界を目指す気なら、育ててあげないこともないわ」

 育ててあげないことも無い……か。

「……そうしろ。リオネルよりも優れた魔法を生み出して、お前をきっちり死なせてやる」

 そう言えば、ディアナが今度こそ気絶しそうなほど目を見開いて……ポロポロと涙を流し出した。

「ちょ、ちょっと待て。なぜ泣く!」

「…なによ、あんた全部分かってんじゃないのよ。私が遠慮して遠回しに話してんのに!」

 ……一連の流れを考えれば分かるだろうが。

 こいつは私を本当に馬鹿だと思っているのか?

「お前の頭に遠慮なんて言葉が入っているわけ無いだろうが。回りくどい事をせずにいつものように偉そうに命令しろ。……育てさせてやらないこともない」


 今度はディアナが醜い泣き顔を晒してしがみついて来る。

「ありがどうゼイン!ほんどありがど〜!!わ、私がピチピチの内に、修行、終わるように、するから〜!」

「わ、わか…りたくないが、わかった。というか泣くな!城が壊れる!!」

 肩を掴んで引き剥がそうとする手が、ディアナ次の台詞でピタリと止まる。

「ぐすっぐすっ、し、新時代の、運命の弟子に、なるのよ?約束だからね!」

 ……ちょっと待て、どさくさに紛れて何か重要そうな単語が飛び出さなかったか?

「ふえ〜ん!!」


 ……はあ。

 泣き止まないディアナの背を撫でながら思う。

 この魔女にとって、己の死に方こそが最大の懸念事項だったのだな、と。

 そして水晶の城を遺したロマン・フラメシュと、ピアスの封印を作ったリオネルを思う。

 ……偉大な魔法使いだと。

 古の魔女が唯一恐れるものを、不安を、拭ってやれるだけの力が彼らにはあったのだと。

 …追いつけるだろうか。彼ら偉大な魔法使いに……。

 



 そんな私の内心を知ってか知らずか、突然耳にポソポソと囁くような声が届いた。


「…相変わらずブッサイクじゃのう……」

 ベッドを見たディアナの目が皿のようになる。

 私の目もおそらく同じようになっている。

「…の割には随分と若いの捕まえたんじゃな。師匠、なかなかやりおるな」


 偉大な……魔法使い?

 この部屋には私たち以外には偉大な魔法使いしかいないはず。

 布団から顔だけ出して口元をニヤッとさせているアレが、偉大な魔法使いのはずが無い。絶対に違う。


 だがこれが私とリオネルの初顔合わせだった。

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