合成魔法陣
「いやーマカールさん、今夜の接待も良かったですよ。やっぱり社長はちょっとお腹が出てるくらいが貫禄ありますねー」
「いやはやお恥ずかしい…。息を吸っても腹が出る年頃でして……」
「父さんの魔力ってお腹に溜まってんじゃないの?」
「なるほど、さすがダニール!父さんお腹引っ込めてみてよ。口から火が出るんじゃない?」
「それは見ものっすね。俺でも口からは流石に……」
「…皆さま、あまり主人に飲ませないで下さいな。火どころかイビキばかりが出て困ります」
「「あっはっはっは!」」
……やかましい。
あっはっは!じゃないっつーの!!
何でみんなここで酒盛りしてんのよ!!
私が一世一代の大魔法作ってんのが見えないわけ!?
私はゼインから教わった時間魔法の陣に、もう一つややこしい魔法陣を組み合わせるという超緻密な作業をしている。
いやその前がある。
ゼインがいつぞや発見した〝考えたことが文字化する魔法〟の術式を分解し、それを魔法陣に起こすという作業から始めたのだ。
時間魔法の陣が止まる時に、自動で術式が浮かび上がるというステキ魔法を作ろうと思い立ったわけだが、これがなかなかにしんどかった。さすがに専門職用の魔法である。かれこれ数日は不眠不休で魔法陣を描いた。
そして今夜こそはと、試作を重ねた合成魔法陣の実証実験に取り掛かっているのだ。
お気楽魔法使いどもに集中力を削がれながら。
「ディアナさん、さっきの失敗の原因分かりました。五連の外周円のところ、おそらく火属性魔法が重複してると思います」
「えっ!嘘!?1、2、3…あ、ほんとだわ。それで石の種類が変わっちゃったわけね……」
「ディアナ、属性陣の調整はこれでどうだ。水をもう少し小さく描くべきだろうか」
「うーむ……文字化…記憶に関する魔法は水を主体に考えるんだけどねぇ。上手くいかない理由は相手が宝石だからなのか……」
「よく考えたら宝石ってこの星が産み出した自然界由来のものなんですよね。4大属性の象徴みたいで面白いですね」
「そのとーり!ショーンは錬金術もイケそうね!」
応接室のカーペットを引っぺがし、水晶の床に簡易的に赤いチョークで陣を描いては実験し、ああでもない、こうでもないと試行錯誤する生真面目組の私、ゼイン、ショーン。
「あんたらちゃんと次の宝石割ってるんでしょうね!?」
「やってるやってるー!!世界遺産級の宝石ゴリゴリ割ってる!!」
「…マジで酔わなきゃやってらんねっす」
そしてゼインに持って来させた宝箱からジャラジャラと出した宝石を、酔って手元が狂わないととてもじゃないが壊せないとグズグズしているニールとギリアム。
「魔法ってすげえ。宝石素手で割るとか半端ない」
「なー。練習しようぜ、ザハール」
「や、やめなさい!!これ一つで我が家が人生5回ぐらい送れるのよ!!」
役立たずのグラーニン一家。
「おぬしら、もう少し小さく砕かぬか。これではドレスに縫い付けられぬ」
……プラス我が道を行くアレクシア。
「………はぁ〜〜。ったく、お馬鹿組はほっといて次の実験やろうかしらね」
「わかった。何を使う?ええとエメラルド、ルビー………」
「割れてるもの順番に。大した代物じゃ無いんだし、こういう時のための材料なんだから」
「材料……。ディアナさん、スケールが大きい……」
赤いチョークの上を木炭でなぞり、ニールが真っ二つにした拳の大きさのエメラルドを陣の真ん中に置く。
「…行くわよっと!」
魔法陣の外周上、闇魔法の属性陣に魔力を流す。
キラキラとした青白い光を放ちながら浮かび上がる魔法陣。
「…魔力は流れてるな」
ゼインの呟きに一つ頷く。
「ここまでは毎回問題無いのよね」
真ん中に置いた石に魔力が届いた時、初めての変化が起こった。
「初めて止まりましたね。あ、何か文字が浮かんで来ました!」
「え!?ショーン、メモして!」
「はい!」
再び魔力を流すと、石がカタカタと揺れ、少しずつ大きくなっていく。
「すっげー……元に戻った……」
いつの間にか魔法陣を見に来ていたダニールが呟く。
彼の呟き通り、真っ二つだったエメラルドは、割れる前と同じように美しい細長の多面体へと変化していた。
「ショーン、メモした内容見せて」
「はい!」
ショーンのメモを3人で覗き込む。
「術式…水の刃だな」
ゼインが呟く。
「ニール、あんたこの石、水刃で切った?」
「せいかーい!」
ニールに問いかければすぐに返事が返ってくる。
「「「………成功?」」」
3人で呟いていると、「ぎゃーっっ!!」という叫び声が聞こえた。
バッと声の方を振り向くと、ダニールが真っ青な顔をして尻餅をついている。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!!宝石が……汚い形になった!!」
魔法陣の真ん中をみれば、エメラルドが歪な形に変化している。
「ダニール、魔法陣触った?」
「ご、ごめんなさい!!」
騒ぎを聞きつけたマカールが飛んで来て、滑り込み土下座をする。
「も、申し訳ございませんっっ!!うちの馬鹿息子が…もーうしわけ…ございませっっんっっ!!」
その謝り慣れた姿にゼインと目を見合わせる。
「マカール、お前も魔法陣に触れてみろ」
ゼインの物言いに、マカールが半べそをかく。
「は…はい…。どんな罰でも甘んじてお受けします……」
「いや、そうでは……」
マカールが魔法陣に触れてしばらく、ガタガタと動いたエメラルドが、より歪な形へと変化した。
「ディアナさん、浮かんだ術式は多分…風…回転する風…です!」
「……研磨だな。こんなに細かく止まるのか……」
ゼインがしげしげと魔法陣を眺めている。
「………ダニール、マカール、よくやったわ!ありがとう!!」
「「…え?」」
ポカンとする二人に駆け寄ってぎゅっと抱きしめる。
「ほぼ人間のマカールが陣を発動させたって事は、理論が正しいのよ!!大手柄よ!!」
「はあ……」
マカールの呟きに、ダニールが言う。
「いやさ、ディアナ。父さんはお腹に魔力溜めてるかもしれないだろ?」
お腹に魔力……んなアホな……。
ゼインが振り向く。
「ディアナ、検証しよう。サンプルは多ければ多いほどいい」
ショーンも言う。
「そうですね。ピアスに何かあったら取り返しがつきません。検証して確定させましょう」
なるほど。天才親子が言うならば、ここは従うのみ。
応接中に響き渡るように声を張り上げる!
「そこのあんたたち!全員この魔法陣を写しなさい!上手く出来たら増えた宝石持って帰っていいわ!!」
「「えっっ!?」」
「さあさあやるのよ!レッツトライよ!」
バタバタと魔法陣の周りに集まる皆を見ながら、私の頭の中は期待でいっぱいだった。
リオネル、もうすぐよ。
あんたが大好きだった実験を、後輩たちが手伝ってくれてるわ。
……早く帰っておいで。
胸いっぱいの私に、隣で弟子がつまらないことを言う。
「ディアナ、宝石を増やしたら価値が下がるだろう。あまり褒められたことでは……」
「あんた魔法使いなんじゃないの?」
「……そうだが」
「魔力との親和性以外の石の価値って何よ」
「…無いな。それ以外の価値など無い」
「でしょ?リオネルが戻ったらみんなの守り石に加工してもらうの。個別に特殊効果なんかも付けたりして」
「なるほど。じゃあ私はこの中で一番価値の高いアレキサンドライトをもらう」
「夜にアレクシアの色を纏う勇気があるならどうぞ」
「………………。」
そっと石を床に置く弟子のつむじを見て閃いた。
ゼインの守り石には、今度こそ〝可愛げ〟の効果を付けてもらう。




