想定外
「……リオネル?これがですの?」
「色々あって……若返ったの」
アレクシアと私は再び大広間に来ていた。
思いがけず500年前の封印に立ち会った当事者である彼女には何も隠すべきでは無いし、むしろ協力を仰ぎたい。
「リオネル……髭もじゃの老人だった記憶しかありませんわ」
「その記憶であってる。私もこの青年姿のリオネル見ると違和感あるもの。でも確かに頑張って修行してた頃はこんな顔だったわねぇ……」
寝癖だらけの灰色の髪をそのままに、好奇心に溢れた緑色の瞳を輝かせていた少年の頃のリオネルを思い浮かべる。
「ディアナ様、そこは大した問題ではありませんわ」
アレクシアが眉根を寄せて私を見ている。
「は?どういうこと?」
「姿を見せぬと思うておったら、リオネルの封印は解けておらぬではないですか!」
「え、ああ……まぁ、そう…」
「ああまあそう…では無いでしょう!!これは大問題ですわよ!?」
アレクシアが私の前では滅多に見せない赤ら顔になっている。
「封印は正しい順序で解かねばどんな後遺症があるか分かったものではありませんわ!ディアナ様、頭は!?体は!?おかしなところはございませんの!?」
「そう言えば頭……悪くなったかも……」
「何ですってーーーっっっ!!」
冗談を返したつもりが、両肩をむんずと掴まれて、前後左右に揺さぶられる。
「一大事!!一大事ですわ!!全知全能万物の頂点に立つディアナ様の、あ、頭がっっ!!」
「い゛や゛、ごめ、うぞガババババ……」
「こうしてはいられませんわ!ディアナ様、リオネルの封印の〝鍵〟を探しに行きますわよ!ネオ・アーデンを灰燼に帰してサックリと……」
クルッと背を向けたアレクシアの腕を掴む。
「ま…待ち…なさいっ!おえっっ!う〜……鍵!あるから!ほら!」
左手に乗せた4つの石を差し出せば、アレクシアが振り向く。
「あら?さすがディアナ様ですわ。そう言えば頭は元々そんな感じでいらっしゃいましたわね」
「………………。」
さっきの感動を返して欲しい。
そして二度とアレクシアをまともな魔女だと思うのはやめよう。
改めてリオネル像の前で事の顛末を語って聞かせる。
「……事情は分かりましたわ。ディアナ様のピアスと残り二つは何ですの?」
「…リオネルの耳飾りよ。リオネルがいつからこんな事を考えていたかは分からない。…だけど、いつまでも運命の弟子を見つけられない私を危ぶんでいたんだろうとは思う」
アレクシアがリオネルをじっと見て呟く。
「運命の弟子……この者は自分の魔力ではそれが適わない事も理解していたのですね」
「…リオネル、頭は抜群にいいんだけどね。魔力は……特別多いわけじゃないから」
アレクシアが私の方を振り向く。
「ディアナ様、差し出がましい事を申しますが、リオネルの封印を解く際には、虫ケラ……ゼイン・エヴァンズを伴うことをおすすめしますわ」
「ゼインを?」
アレクシアの口から出てくるとは思わない名前に少し驚く。
「ゼイン・エヴァンズはディアナ様の魂に残った魔力を受け継ぐ……運命の弟子になる可能性がある」
「あんた……」
「……私は自分の死期など恐れた事はございません。必ずディアナ様が側にいて下さると信じておりますから。ですが……ディアナ様やシエラはただ送られればいいというものでは無い」
言いながら私を見るアレクシアの瞳に浮かぶのは、憐れみ……なのか。
「……さすが古の魔女ね。そうよ、その通り。私は一度後継選びに失敗した。それどころか……命を奪った。だからゼインに出会えたのはラッキーなんだけど……」
正直言って、悩んでいる。
記憶を溶かすためにやった修行の時、ゼインは私の想像を超える潜在魔力量と強さを見せたのだ。
最後は卑怯さ……いや、圧倒的経験値の差で私が勝ったが、死ぬ時は魔物になって彼に討伐される方が手っ取り早い気がするレベルでゼインは強かった。
そしてまだまだ強くなる。
……アイツは引き継ぐ系の魔法使いじゃない。
自分の系譜を作り上げる、始まりの魔法使いになるべき男だ。
だからエルヴィラと同じ目に合わせる予感が拭えない。
ゼインの生意気そうな顔を頭に浮かべていると、隣でアレクシアが歯軋りするような顔をしている。
「……気に入らぬ。フラメシュに圧倒的に見劣りするではないか……!そうか、豆ムシと顔を交換して……」
「何ブツブツ言ってんの?」
「は!ディ、ディアナ様、とにかく、リオネルの封印を解く際にはゼイン・エヴァンズを伴うのです!」
「だから何でよ!」
「当然、想定外だからですわ」
「想定外?」
アレクシアが溜息をつく。
「ディアナ様、なぜあなた様はここにいらっしゃるのです。誰が封印を解いたのです?なぜリオネルの封印は同時に解けなかったのです。理由が分からないでしょう?」
……自分の封印を解いたのは自分だと思うけど、確かに不確実なことが多い。
「…ディアナ様、あの男…ゼイン・エヴァンズの真の価値は、恐ろしいほどの計算高さです」
「頭がいいってこと?」
「…チッ…忌々しい。あやつは臨機応変に動いているように見えて、ほとんどの事を前もって想定しているという嫌な男なのですわ。そしてそれを着実に遂行する強かさがある。…この状態でリオネルの封印を解くならば、あやつを利用すべきです」
利用……うーむ、それすらもバレるような気が……。
「わ、わかった。とりあえず頼んでみる」
「た…のむですって!?『命令する』でしょう!!なぜディアナ様はあのゼイン…虫ケラ!にそのようにへり下っておられるのです!!」
いやさ、強いんだって。魔力以上に性格がつよつよなんだって。
「…さてと、リオネルのことは置いておき……」
どうやら既にリオネルの事に飽きたらしいアレクシアが、勝手に話題を変えようとする。
「ディアナ様、お召し替えの時間ですわ」
「…は?」
「虫ケラから送られて来た週間予定表によると、ディアナ様は今日は夜勤ですわね」
「…夜勤」
そういや私は夜勤専門だが、ここ数日仕事の依頼は受けていない。だから堂々とサボっている。
「今夜はパーティーですわ。19時から迎賓館で」
「パーティー……?は?また?」
「ええ。今ネオ・アーデンにはオスロニアから正式に使節が来ています。今日は二国間の親善を深めるためのパーティーですわ」
「………正式にも何も、あんたいつもフラッと来てるじゃない」
アレクシアが両手を肩まで上げ、やれやれという顔をしている。
「政治的な事はどうでもいいのです。ストーリー上大切なのは、鎖国状態のオスロニアとネオ・アーデンを結びつけた立役者の存在ですわ」
「う…うん…?」
駄目だ、このあたりからサッパリ理解が及ばなくなる。
「私とディアナ様は……大学時代の…ルームメイト…なのですわ」
ポッと頬を染めるアレクシア。
全く意味がわからない私。
「さあさあ今日はアレクシアコレクションNo.41〝青い春は青いままで〟ですわ!!」
「ま、待ってアレクシア!!私魔法が使えないのは困る!今から大魔法を……!」
「ホホホ!ディアナ様の魔力を吸収したドレスが増えていきますわ!秘宝続々誕生ですわ!」
「や、やめ……ギャ──ッッ!!」
そうだった。愛が重たいだけじゃなかった。
この魔女は……ド変態だったんだ。




