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アレクシア・クラーレット

 城で一番広い場所、それは大広間。

 昔は何かしらの催しが行われていたのだろうが、当然ながら今はポッカリと空いた、だだっ広い空間だ。

「…しばらくはここがあんたの居場所よ。あとちょっとだけ待っててね」

 そう声をかけながら、広間の中心に描いた保護結界の中へリオネルを据える。

 そして私は、長年彼の耳を飾っていた黒いダイヤの耳飾りを外した。

 そして私も…本当に何百年とともに過ごした黒いダイヤのピアスを自分の耳から外した。


 ピアスの重さ以上に軽く感じる両耳がやけに寂しかったが、感傷に浸っている場合では無い。

 最後にもう一度だけ、すっかり若返ってしまったリオネルを見つめ、大広間を後にする。

 …培った知恵と魔法の知識で弟子に遅れを取るわけにはいかない。

 例えオリジナル魔法であろうと、それを明らかにするのもまた魔法使いの実力のうちだ。

 手の中には4つのダイヤ。

 やる事は決まっている。

 大広間を後にし、自分の部屋へと転移しようとした時だった。


「ディアナさま〜!すっかり遅くなってしまって申し訳ございませんでしたわ〜!」

 …嘘でしょ。このタイミングで来る?私今かなり真面目な大魔女モードなんだけど?

 こちらの都合もお構いなく、大広間を目がけてアレクシアが飛んでくる。

「…ア…レクシア……久しぶりね」

「ええ。想定よりもリリアナ・プロイスラーに手を焼いてしまいまして……。あの我儘娘、何度ガマ蛙に変えてやろうかと思いましたわ」

「リリアナ……ああ、もしかして……」

「ええ!…この通り!」


 アレクシアがにっこり微笑んで空中からドレスを取り出す。

「…シエラの最盛期のドレスですわ!」

 年代もののアンティークの真っ黒なドレス……。

「あんた…これ、ほどく気?」

「当然ですわ。……まぁ、全てをドレスに作り替える予定でしたけど、あの微生物どもが本当に指先で潰れそうなほど弱くて苛々するものですから、ローブにするのも……はっ!」

 アレクシア、やっぱり少し大人になった気がする。

「…さすが私の友だちね。久しぶりにお茶でも一緒にどう?」

「ディ…ディアナさま……!!」

 …ま、私も人の事言えないわね。前の私ならアレクシアとテーブルを囲みたいとは思えなかったでしょうよ。



「アレクシア、あんた…リオネルのこと覚えてる?」

 広すぎる応接ではなく、私室で簡単な菓子を囲みながら、あまり豊富ではない世間話のついでにリオネルの話題など振ってみる。

「…リオネル………」

 手に持ったティーカップを見つめながらアレクシアが呟く。

「あんたは私の弟子じゃないし、紹介した事は無かったかもしれないけど……」

「…いえ、覚えておりますわ。ディアナ様の行動はつぶさに観察しておりましたもの。……お気づきに…なられたのですね…」

 アレクシアが何かを覚悟したように下唇を噛む。

「気づいた…って何が?」

「……ディアナ様、500年前のこと…お気づきになったのでしょう?」

 アレクシアの言葉に一瞬思考が途切れる。


「………あんた…何か…隠してる…の?」

 瞳が熱を持つ。

 ゆっくりと魔力が高まるのを感じる。

「…私はオスロニアの地より、毎日アーデンブルクのディアナ様のご様子を覗き見ておりましたわ。…今日もご健勝でいらっしゃる、また徹夜されたのね…些細なことでございます。ですから、500年前のあの日のことも……」

 そう、そうだ。私は何で今まで思いつきもしなかったのだろう。

 私の魔力が消えた時に、この女が平静を保っていたはずが無かったことに。


「…ディアナ様、私は……間に合わなかったのでございます。全ては終わっていたのでございます。エルヴィラの……消えゆくあの魔女の亡骸を抱えて……う、動かなくなった…ディアナさまから…魔力が…噴き出して……」

 アレクシアの瞳からとめどなく涙がこぼれる。

「……私…魔に……堕ちた……?」

 アレクシアが唇を噛む。

「…私……あの日……死んだんだ………」

 500年を経て明かされる真実に、頭が真っ白になる。


「違いますっっ!!」

 アレクシアがガチャンッとカップをソーサーに叩きつけ叫ぶ。

「死んでなどいらっしゃいません!!さすがの私も死者を蘇らせる事など出来ませんわ!そう…リオネルです!リオネルと名乗る弟子がノソノソとやって来て、こう言ったのです!」

 アレクシアが遠い日のことを瞼の裏に描くように目を閉じる。




『おー、師匠のストーカー魔女。魔力はあるか?』

『な、何者だ!私は男と話している時間など無い!向こうへ行け!』

『ワシな、師匠に守りの石を持たせとったんじゃ。ほれ、師匠生きとるじゃろ?でも想定外じゃった。このままじゃ大魔獣……世界の厄災の誕生じゃわい』

『わかっておるわ…!ディアナ様、私がお命頂戴いたします。すぐに後を追います…わ……いたっ!髪を引っ張るな!気色悪い男め!!』

『やめんか。お前さんが死んでもワシは送ってやれんぞ。魔力が無い。お前さんもたいがい中ボス程度にはなろうよ。……封印する。それしか無い。魔力を貸せ』



 アレクシアの瞳にゆらゆらと魔力が宿る。

「…ディアナ様……わたくし……後にも先にも……あの男だけですわ!!私が唇を許したのは、あの男だけなのです!!」

 は……?そこ?

 まさかその下らない理由で私に今まで黙ってたとか……?

「そ、その…隠し事をするつもりは……。ただディアナ様に合わせる顔が無くて……」

 やっぱそこかーい!!

 何なの!?何でみんな『魔女の接吻(キス)』を隠そうとするわけ!?

 話がややこしくなるでしょうが!!


 アレクシアが鼻をクシュクシュ鳴らしながら言葉を出す。

「リ…リオネルが、ディアナ様を人間の目から隠し通せと偉そうな事を……」

 ははあ、100年間ゼインに見つからなかった理由はアレクシアが噛んでたからか……。

「一生分の涙を流しながら月の神殿を建設してお祀りを……」

 はい、そこー!!余計なことしてんじゃ無いわよ!!勝手に人の黒歴史を……

「って、神殿……?祠じゃなくて、神殿……?」

 アレクシアが頷く。

「昔のように海辺に神殿を建設しましたの。そして多重隠蔽魔法を施して魔法鞄と一緒にディアナ様をお隠ししましたわ。……ですが、いつの間にかあの辺り島が出来ておりますわね」

 ……死体処理じゃん。

 完っ壁に隠蔽できる死体処理じゃん。

「え、ああ…鞄もあんたが?」

「ええ。だってあのトランクは私がプレゼントしたものでしょう?お目覚めになったら一番最初に会いに来てくださ……らなかったですわね」

 ……記憶抹消してたから。すまんね。



 茶飲み話の間に自分が眠りについていた100年間の謎が解けるとは思わなかったが、えてして謎とはそういうものなのかもしれない。

「……アレクシア、あんたがリオネルも助けてくれたんでしょ?あの子の魔法だけで事態が何とかなったとは思えないのよね」

 そう言えばアレクシアがふぅっと息をつく。

「リオネルは……私でも理解が及ばない魔法でディアナ様を封印しました。ディアナ様のお目覚めのためにはあの者が必要だっただけの事。……薄れゆくあの者の思念を読んだのです。どこそこの屋敷に置いてくれと。……どれだけ時が流れても、そこにいれば迷わないから、と……」

 

 私は立ち上がり、そして永遠にも近い年月で初めてアレクシアを抱き締めた。

 受け入れるのはなかなか難しいけれど、彼女からの〝愛〟が胸に迫って、私の瞳からは幾筋も涙が流れた。

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