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原点

 ゼインから手渡された島の地図。

 筒状に丸められたその結び目を紐解けば、手足が切り取られた昔のままの島の形が現れる。


「……ありがとう。しばらく借りるわ」

「ああ。…ディアナ、何か手伝えることはあるか?」

 ゼインが尋ねてくる。

 正直言って、今はその双子の世話をしてくれるのが一番ありがたいのだが……。

「うーん…特に無いわね。あ、あんたんちにリオネル引き取りに行ってもいい?」

「あ、ああ」

「ありがと。んじゃまた」

「………………。」

 ゼインが何かを言いたそうにしているが、無理矢理手を振って3人を見送った。

 

 別に隠し事をするつもりはサラサラない。

 が、リオネルの封印の鍵を探す作業は、一人で行うべきだと思う。

 誰かに知恵を借りなければ見つけられない〝愛〟では、封印された彼に失礼だと思うからだ。


「………やるわよ」

 私は地図を小脇に抱えると、城の3階に陣取った自分の部屋へと転移した。



 部屋の床に大きな地図を広げる。

 隙間なく建物で埋め尽くされたネオ・アーデンの地図。

 ……のような写真。

 私はその真ん中、首都中央駅が描かれた場所に、ミニチュアの魔法学校を据えた。

 …ゼインの邸のどこかにしまわれたミニチュアを取り寄せ呪文で出しながら。


「…首都中央駅は魔法学校のあった場所で間違いない。まぁこれはなんとなく分かってた。となるとガーディアン・ビルのある場所は……そっか、物理魔法研究所……」

 かつての記憶通りにミニチュアを置きながら、しばし考え込む。

 物理魔法研究所は、表向き研究所という名の、国の防衛拠点だった場所だ。

 魔物も魔獣も当たり前にいた時代。世界はひたすら平和だったわけではない。

 人間や他国の魔法使いとの小競り合いだってあった。


 魔法学校を中心として、島全体が魔法使いの修行場であり研究施設であったアーデンブルクにおいて、物理魔法研究所は異例の場所だった。

 特殊な訓練を受けた、アーデンブルクでも最強の〝戦う魔法使い〟たちが、業務の傍らで人間が生み出す発明品を研究する場だったのだ。

 つまり、ゼインがニールにも隠しているもの。それはおそらく魔法兵器の(たぐい)だろう。

 兵器など必要としない魔法使いが、人間の発明品を改良して生み出した、隠された研究産物。


 500年前、私が魔力を消し去ったこの国に何が起きたのか、想像することを何度も拒否したが本当は分かりきっている。

 ここは豊かな土地だった。少なくとも飢餓や疫病は遠い国の出来事だった。

 …人間が、喉から手が出るほど欲しがっていたのも知っていた。

 きっと激しい争いがあったに違いない。

 使ったらシバくと言いつけていた兵器だって、間違いなく使われただろう。

 そしてゼインはきっとその場にいた。

 彼は、魂の魔力が無属性に馴染んでしまうほどの長い時間を機械と過ごしたのだ。 


「ガーディアン……守護者……か」

 ここは…この島は、間違いなくアーデンブルクだ。

 私が消えたあとも、この島を守ろうとしてくれた者たちがいる。

 育てるだけ育てて、自ら壊したこの国を、現代(いま)に繋げてくれた者がいる。

 

 喉元まで込み上げる熱いものを飲み込みながら、魔法学校から放射状にミニチュアを配置する。

 空から見たネオ・アーデンの風景と、塔から見たアーデンブルクを重ね合わせて行く。

 どのくらいの時間こうしていたか、おそらくは郊外と呼ばれる位置に視線が移った時、ミニチュアを持つ手がわずかに震えた。

 私の指が摘むもの、そしてそれを置くべき場所、私が今いるこの場所は……


「あんたと出会った……孤児院………」



 愛……原始魔法。

 何より強く、そして脆い。

 私は沢山の愛を見て来た。人が愛だと思い込んでいるものを見てきた。

 時に憎しみに変わり、呪いにすげ変わる愛を見て来た。

 だけどこれだけは確信できる。

 リオネルからの愛は間違いなく本物だ。そして私は正しくそれを受け取らないといけない。

 カリーナの愛を、双子が正しく受け止めたように。


「リオネルからはお母さんって呼ばれたこと無かったわねぇ……」

 ポツリと呟き、瞬間的に自分が口走った言葉に戦慄する。

「いや、私何言っちゃってんの!?当たり前だっつーの!恋人すらまともに出来たこと無いのに母とか無いっつーの!!」

 でもリオネル、あんたの封印…ちゃんと解いてあげる。



 久しぶりに玄関扉を開け、空間魔法の外に出る。

 リオネルとの思い出、原点があったはずの空き地を見る。

 ふと顔を上げれば目線の先には夕焼けに染まる眩しいビル群。

 …少し離れて見る大都会は、あの頃のアーデンブルクに負けず劣らず綺麗だった。

 ふぅっと一つ息を吐き、体に魔力を纏わせる。

「…さてと、お迎えの時間ね」

 私は静かに、城の中からゼインの邸へと転移した。







「あ!ディアナさん二日酔い…じゃなくて二十日酔い治ったんですか!?」


 ゼインの邸に着いて早々、私の魔力を感知したショーンがどこかから飛んで来た。

 ノスタルジーの欠片もない台詞とともに。


「はつか……酔い?」

「そうですよ!ディアナさんが魔物化する寸前だったってゼインさんに凄く怒られたんです!」

「………は?」

「…僕、ディアナさんのこと泣かせちゃって……。そしたら急激に魔力が増えて、窓ガラスがパリンパリンって…。魔封じ状態じゃなかったんですか?」

「…あー………」

 記憶無し。

 カケラも無し。


 私の顔を見てショーンが眉根を寄せる。

「…でもあれはディアナさんが悪いんですよ?知らない男の人に着いて行っちゃダメでしょう?ああいう輩はみんなに『可愛いね』って言うんです。僕が止めたら『春が〜!人生の春が〜!』ってオイオイ泣き出しちゃって……」

 記憶は無い。

 無いが、穴を掘るべき場面な気がする。

 

「…という話をゼインさんにしましたところ、なぜか僕が謹慎処分を受けました」

「なんで!?」

 ショーンがあからさまにマゴマゴし出す。

 超嫌な予感がする。

「実はあの夜、ディアナさんを慰めようと思って………」

「な、なぐさめようと思って!?」

「その……何というか………」

「ひ、ひい〜〜!!聞きたくない!!聞きたくない!!」

「あ、そうですか?よかったー!ディアナさんにお似合いの人見つけてあげますって言ったんですけど、全然いなくて!びっくりするぐらい候補がいなくて!!」

「…………………。」  

 親の顔殴らせろ。


 まぁ酔った勢いで坊やに手を出すところまで堕ちてなくて良かった。

 愛だの何だの言ってる場合ではなくなる。

「……おっけい、心配してくれてありがと。とりあえずそっちの愛はしばらくお預けにするから」

「え?お預け?」

「そーよ。今日からリオネルと暮らすから、見知らぬ男なんかと遊んでる場合じゃないのよ」 

「え!?」

  


 ポカンとした顔をするショーンに背を向けながら、少しだけ思った。

 私は心のどこかで、青春とは縁遠かった若かりし日々を後悔しているのだろうか。

 でも、今数千年前に戻れたとしても、私はきっと同じ道を歩む。

 弟子と暮らし、彼らを育てる道を選ぶ。 

 ゼインの邸で丁重に保護されていたリオネルの像を抱き締めて、また静かに城へと転移した。

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