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可愛い弟子……

 ロマン・フラメシュの城がネオ・アーデンの私の空き地に滞りなく移転してきたことを確認した私は、読んで字のごとく、ガーディアン・ビルに飛んで帰った。

 これでグラーニン一家も心配なくシェラザードを離れ、オスロニアでの新しい生活が始められるだろうと、やり遂げた感満載でいつもの60階へと戻ったのだ。



「ただいまー……?」

「もう戻ったのか?えらく早かったな」

 弟子が振り返って私を見る。

「ああ…私実はロマン・フラメシュを超える大魔女なのよね」

「……ボサボサ髪でよく言う。頭に鳥でも飼ってるのか」

 鳥……はっ!



「…超スピードで仕事したってのに人の気も知らないで……」

 清浄魔法を全身に重ねがけし、操作魔法をかけたブラシで髪をとかしながらブツクサ言う。

「自業自得だ」

 この男を可愛い弟子だと思ったのは、きっと雪夜が見せた幻だったのだろう。

 冷静になって考えてみれば、ゼインが可愛いはずがない。可愛いの定義からアレもコレもドレもソレも外れている。


 その可愛いはずもない弟子は、自席で何かを見つめながら60階でポルターガイストを起こしている。

 棚やら机やらをプカプカ宙に浮かべ、消したり形を変えたりと忙しない。

「あんたさぁ、人ん家で何やってんの?魔力制御の訓練ならよそでやってくんない?」

「どこが誰の家だ。ボケるのも大概にしろ」

 …けっ。顔ぐらいあげんか、このアホ弟子。だいたい私が住んでる場所は私の家に決まってんじゃない。そのうちここが偉大な大魔女が暮らした伝説の部屋になるんだからね!

 ……などと考えてハッとする。

 無い。

「ベッドが無いっっ!!お姫様のベッドが……無いっっ!!」


 大声で叫べば、ゼインが机から顔を上げ溜息をついた。

「……お前は本当にうるさいな。明日のグラーニン一家の受け入れに備えて間取りの変更をしているのが分からないのか」

 間取りの変更……?

 いや待て。その前だ、その前。

「ねぇ、何でグラーニン一家が来る日が一日延びたの?何かあった?」

 真っ当な質問をしただけなのに、今度はゼインが肩を落として盛大に溜息をついた。


「……そうだな、そうだった。千年単位で生きる魔女に日時管理など土台無理な話だった。私も大いに反省しよう。いいか、最初からグラーニン一家を迎えに行くのは明日の予定だ。今日の夜までにオスロニアに夫妻の住まいを、こちらに双子の住まいを準備する手筈となっている」

 ゼインがカレンダーを空中に拡大しながら何か言っている。

「一日増えたってことでしょ?」

「……お前は……時差をちゃんと理解しているのか?」

「昼か夜かってことでしょ。世界中転移してるんだから知ってるわよ」

「…………そうだな。あー…双子と一緒に学校行くか?」

「ええ?人間の学校の教師なんて無理よ」

「………………。」



 ゼインが額に血管を浮かべながら懇切丁寧に説明してくれたことには、このたび株式会社ガーディアンはオスロニア食品研究所との共同出資で会社を作ることになったらしい。

 …というところまでを何とか理解できた。

「んで、会社を作ることと部屋の模様替えは何の関係があんのよ」

「話し合う事がたくさん出て来る。人間には聞かせられない話もな。だから皆が集える場所が必要だ」

「ほほう…。集会所的な?」

 そう言えばゼインが顎に手を当てて何かを考える。

「名称は何でもいい。ダサい集会所以外ならば。だが機能としてはそういう事だ。双子の魔力訓練もしばらくはここで我々が交代で見ることになる。ロマン・フラメシュの城はそれ自体が貴重だ。事故があっては困るからな」

 ははあ……。

 とにかく一言余計で可愛いくはないが、本当に真面目な弟子だ。

 真面目ついでに自分の邸を提供すればいいのに。


「とりあえずなるほどね!じゃあ手伝うわよ。どんな配置にするの?」

「…ワークスペースを確保しつつ、大人数での会議ができるような間取り、そして妖精と竜の飼育場所の確保と魔法の訓練ができる配置…だな」

「ふむふむ」

 ……ん?

「ちょっと待って。私の寝るところは?」

「……床でいいのでは無いか?30時間ほど床の上でピクリともせずに寝ていたではないか」

「はあっ!?あれは事故でしょ!事故!だいたい何で私を床に放ったらかしてんのよ!ショーンは何してたわけ!?」

「逆だ、馬鹿者。お前がショーンを置いてフラフラとここに帰って来たのだ」

「……あんた、それを黙って見てたわけ……?」

「まさか。ちゃんとニールとギリアムと3人で静かに見守った」

 ……3人には地獄に帰りたくなるような修行をつけよう。



「ふんっだ!いいもんね!私だけ城に住むから!」

「ああ、そうしろ。ほら鍵だ。毎日掃除と書物の維持管理を欠かすなよ」

 ポンッと手に乗せられた水晶の鍵。

「〜〜ッッッ!!ゼインの馬鹿!!馬鹿弟子!!」

「馬鹿でけっこう。どう考えても合理的な案だ。それに……」

 ゼインがプカプカ浮かべた棚やら机やらを一度床に下ろして、ジトッとした目で私を見る。

「なによ」

「…教育上良くない」

「は?どういう意味?」

「とにかく教育に良くない。さっきはああ言ったが、酔って床で寝るなどもってのほかだ。そもそも男が出入りする場所でスヤスヤ寝るな」

「……あんたそれ………今さら言う?」

「…………言わせてもらう」


 

 何となく釈然としない気分で60階の模様替えを終えた私は、釈然としない気持ちのまま水晶の城へとやって来た。

 そしてなぜか逆らえないゼインの言葉通りにだだっ広い城の掃除をし、図書館の邪魔くさい妖精を秘蔵の魔木コレクションに移したりした。

 そして図書館の本に一冊一冊保護魔法をかける途中で体力が尽きて、結局床の上で寝た。

 本当にほんとーに少しだけ眠ったはずだったのに、次に目が覚めて会社に行った時には全てが滞りなく終わっていて、マカール夫婦にはアレクシアプロデュースのファンシーな一軒家が、双子にはギリアムのアパートの下の階が与えられたと報告を受けた。

 ……この扱いの差。



 その日からしばらく私は、図書館の最上階で見つけたロマン・フラメシュの手記を片手に、夜な夜なぶどうジュースで献杯を上げながら過ごすこととなる。

 美しいフラメシュの美しい文字から飛び出す文章は、私の心を締め付けてやまなかった。


『弟子が私に内緒でパーティーを開いていた』『あの二人が恋人同士である事を私だけ知らなかった』『弟子の印である羽根飾りがダサいと言われた』『若い魔女に隣に並ばないでくれと泣かれた』『弟子は可愛いが、私が弟子だった頃はもっと素直で可愛いかった』


 …なんかもう本当に、涙無しには読めなかった。

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