夜遊び
「あっはっはっは!それでゼインはそんなにブーたれてんの!?あっはっはっは!あーおかしっ!」
「笑いごとでは無い!あの馬鹿魔女……なぜあんなに脳の回路が混線してるんだ!何のために私が……!!」
「あっはっはっはっは!〝大事な人〟の言いつけ通り、キレイに遊べばいいんじゃない?くくく……」
「お前が台詞を用意したんだろうが……!!」
……疲れた。とにかく疲れた。
レセプションパーティーが行われているメインホールを抜け、別室で待機していたニールに合流した私は、途方もなく長く感じた一連の事件を頭に浮かべていた。
魔女の行く先にトラブルあり。
だが、今回はどの道シェラザードに行く事になっていたに違いなかった。
ニールが調べ上げた〝黒いドレス〟の入手経路。
オークションへの出品者はもちろん、今回の件で発見した魔法使い一家の主…と言っていいものか、マカール・グラーニンである。
そしてドレスを落札し孫娘に着せたのが、プロイスラーグループの会長。今回の情報戦の仕掛人。
そもそもの事の発端は、弟子の指輪の件で人間たちの間でまことしやかに囁かれていた〝ガーディアン代表の婚約〟問題にまで遡る。
下らないと放っておいたのが仇となった。
虎視眈々とガーディアンの中枢を狙っていたプロイスラーが孫娘を使って仕掛けて来たのだ。
ギリアムの調査により、私の社用車の運転手を買収しディアナの情報を集めていたことも分かっている。
似た色味を持つ孫娘をディアナに成り代わらせようと謀ったのだろう。
だからプロイスラーはシエラ・ザードの遺品に手を出さざるを得なかった。
そう、ディアナが身に付ける服は現代社会では手に入らないからだ。まさに歩く骨董品。
奴の性格はどうあれ、目利きの力は大したものだと言っておく。
だが、相手にしたものが悪かった。
「プロイスラー会長、相当参ってるらしいよ。そりゃまぁ孫娘がどんどんおかしくなっていったら焦るよね…」
一緒に人間が魔物化する様を見ただけに、ニールの言葉に感情がこもる。
「……大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ま、後のことは任せて。クラーレットさんと一緒にドレス回収してくるから。……彼女の魔力吸収の技術も勉強してくるよ。ああいう人間を出さずに済むように、しっかり勉強してくる」
「…そうか。強くなったな」
ニールの成長は喜ばしい。私と真反対に育っているところはやや気になるが。
正直私はリリアナ・プロイスラーなどどうでも良かった。プロイスラーグループとの提携は有り得ない、そう決めた瞬間からどうでも良かった。
ただ私も島を預かる身。
プロイスラーとやり合っても得られるものが少ない上に、ネオ・アーデンの人間たちへの食糧供給の問題もある。
今回の件を波風立てずに収めるには、あの会長に少しばかり痛い目に合ってもらい、恩を売るのが最良だと判断した。
……結果、それがクラーレットの望みと合致しただけのこと。
「とりあえず目先の問題は何とかなりそうだね。…の割には浮かない顔しちゃって」
ニールの目が、例の如く、もはや見慣れた半月状に変わる。
「ディアナちゃん綺麗だったよねぇ…?人間の目に触れさせるにはちょーっと問題あったかなぁ?」
ニールの言葉に、ディアナの最後の捨て台詞が蘇る。
コイツは何も分かっていない。ディアナの人間離れした容姿などどうでもいいのだ。
問題はそこではない。
中身だ!!
魔力も無しに夜の街をうろつくなど2秒考えれば分かるだろう!危険だと!
あの隙だらけで無防備な振る舞いを勘違いした男に襲われでもしたら……
「…やれやれ。ゼインが心配するだろうと思ってね、ちゃんと付けてるから」
「……付けてる?」
「そ。最近運転できるようになった可愛いコ!」
運転…可愛い……
「ショーン!!はあっ!?夜遊びだと!?許さん!!」
「はいはい、少しは子離れしようね。ショーンはもう大人だよ?」
わかってはいるが、嫌なものは……嫌だ!!
「あんた上手く化けたわねぇ…?魔封じ状態とは言え、全く気づかなかったわ」
「ニールさんに魔法かけてもらったんです。ディアナさんも雰囲気変わりましたね!行きに乗せた時誰だか分からなかったですよ」
「まあ……返り血ドレスだしね」
なぜか私はおじさん姿のショーンとともに、ネオ・アーデン随一の繁華街といわれるエリアを歩いていた。
街の様子を一言で言うなら『ギッラギラ』である。私の返り血ドレスもショーンの怪しい髭面も全く目立たないほど、通りをすれ違う人間は派手である。
「アーデンブルクにも夜の街ってあったんですか?」
ショーンが街をキョロキョロしながら聞いてくる。
「あったわよー、何でもありの怪しい街が」
「何でも……例えば?」
「そうねぇ、私が禁止してたのは人身売買と魔法を使った私闘だけだったから、それ以外は何でもあり」
「じ……人身売買」
「…そうよね、あんたにとっては遠い世界よね」
「ああ…いえ、知識としては…知ってます」
煽情的な服装で角に立つ女をチラッと見る。
「私が若い頃はね、売り買いすらされずに産まれた瞬間から奴隷になる事が決まってる人間が大勢いた。その後の人間が人間に値段をつける時代はけっこう長かったかしらね。魔法使いもね、そりゃ…褒められたことじゃないけど、そういう人間を買って、実験材料にしたり…まぁ色々」
ショーンが俯く。
「……シェラザードで、同じような光景を見ました」
ああ…そうだったわね。最後は葬送魔法陣で送ったって……。
「…何が正しいとか、何が間違ってるとか一概に言えるほど人間の歴史も浅くないわ。でも私は何となく嫌だったから、アーデンブルクでは禁止にしたの」
「……国の統治って難しいですね」
シェラザードでは、ショーンも色々と経験したのだろう。
あの国は20年前に出た魔獣の一部を捕獲して、軍の施設で人体実験をしていたらしい。
……という内容を、ゼインの記憶から流れた涙で見た。
物憂げな表情をするショーンの脇腹を膝でこづく。
「国の事まで気にしてるんだ?なぁるほど。あんたはいつかネオ・アーデンをゼインから引き継ぐってわけね」
「……え?」
ショーンが目をパチパチする。
おじさん姿なのに可愛い。
「ショーンはどんな魔法使いになりたい?ネオ・アーデンは魔法使いが治める国でしょ?」
ショーンが目をパチパチしたあと、小首を傾げて考える素振りを見せる。
「ええと……僕が知ってる魔法使いは、ゼインさん、ニールさん、ギリアムさん、それからこの度出会ったグラーニンのご一家だけです。…あとディアナさんとクラーレットさん」
「そうね」
「…強くなりたいな、って思いました」
「強く?」
ショーンが頷く。
「嫌なことは嫌だと、許せないことは許せないと、思うだけじゃなくて……貫けるように」
貫けるように……。
「…ショーン、魔法は経験と想像よ。たくさん経験しなさい。過保護なゼインの手から抜け出して、危ないことも、間違ったこともたくさん経験するの。痛い目にあって、時に自分に絶望したりもするでしょうけど、そうね、その貫きたいことが一つでもあれば何度だって立ち上がれるわ」
「だったら僕、すごく強くならなきゃいけないですね。人生……長そうですし」
困ったように微笑むショーンの背中に右手を回す。
「それじゃあいっちょショーンの決起会でもやろうかしらね!」
「決起……え?」
「今の私はほぼ人間!こんな機会滅多に無いわ!飲むわよ〜!!」
「あー……大丈夫ですか?僕そちらはすでに滅法強いんですけど……」
「は?」
さて、私はその日どうやって帰ったのやら。




